45.ナリム村再建1
ハーフエルフを森林地帯に連れていきたいと言ったら、それよりもいい場所がある、とダリウスが言いだした。
「都合のいい場所って、どこ?」
「前々から南の方にひとつ、拠点を増やしたいという話がありましてな、計画が進んでいるのですよ。ナリム村と呼ばれていた廃村がその候補で、これから移住者を募ろうかと思っておったのです」
「なるほどね。つまりそこにハーフエルフを集めて、養成すればいいってことか。でも、ちゃんと情報を管理できるのかな?」
平野部でハーフエルフを集めて魔法の訓練なんかしてたら、あっという間に帝国にばれそうだ。
しかしダリウスには考えがあるようで、自信ありげな顔をしている。
「それについては信頼のできる者を集めるので、大丈夫でしょう。小さな村ですから、少なくともこの町よりは、よほど情報は統制しやすいですぞ」
「うーん……どういう名目でハーフエルフを集めるの?」
「儂がギルドに提案します。金を出すと言えば反対せんでしょうし、おそらくハーフエルフは仕事のない者が多いでしょう。人材の有効活用だと言えば、名目は立つのではありませんかな?」
彼の提案は、それなりに筋が通っているように見える。
意見を求めてじっちゃんに目をやると、彼もうなずいた。
「うむ、情報の隠蔽についてはまた考えねばならんが、良い話ではないか? それに南森林との間に拠点を持つのは、今後のためにもなるだろう」
「それもそうだね。でも本当にハーフエルフの人たちが、集まってくれるか分からないから、まずは様子を見にいこうよ」
「当然だな。リムルさん、案内してもらえるか?」
「はい、喜んで」
それからリムルの案内で、スラム街へ出向いた。
ハーフエルフがよく集まるという場所へ行くと、ひどく粗末な身なりをした人々がそこかしこに見える。
そのほとんどがハーフエルフで、彼らは一様にやせ細って表情に生気もなかった。
「なるほど、けっこういるね」
「これほどのハーフエルフがいたとは、儂も知りませなんだ。これも帝国の棄民政策の影響ですかな」
「たぶんそうなんだろうね。だけど俺たちにとっては好都合だ。リムルちゃん、君の知り合いを紹介してくれるかな?」
「はい、こちらです」
リムルに導かれて、ほとんど廃墟のような建物に入る。
そして彼女の紹介で、カイルというハーフエルフと面会した。
彼は金髪に青い瞳を持った、優しそうな青年だ。
「初めまして、カイルさん。俺はワルドと言います。あなたがこの辺のハーフエルフを、まとめていると聞いたんですが?」
「まあ、そうですね。一応まとめ役の1人ではあります。今日はどういったお話ですか?」
緊張した面持ちで、カイルが応じる。
何か面倒事を押しつけられるのではないか、と警戒しているようだ。
「実はこちらのダリウスさんが、新しい拠点造りに出資したいという話があるんです。そこの住人として、あなた方に来てもらいたいと思っているんですよ」
「はあ、それは良いお話ですが、なぜ我々にそのようなお話を? 普通は獣人種を誘いますよね?」
こちらの意図が掴めず、カイルが戸惑った顔で問う。
「普通はそうなんですが、どこも戦力に余裕があるわけじゃありません。その点、失礼ですがハーフエルフの方は、あまり戦力として期待されてないので、応じてもらいやすいと思ったんです」
「なるほど……しかし本当にいいのですか? 自分で言うのもなんですが、我々はあまり役に立ちませんよ」
「俺たちが鍛え上げますから、大丈夫ですよ。少々、訓練は厳しいですけど」
「は、はあ……」
なおも戸惑うカイルに、肝心なことを尋ねる。
「この町のハーフエルフは、どれぐらいいるんですか?」
「そうですね。女子供も含めれば、200人はいます。しかし、まともに戦えるのはその3分の1もいないでしょう」
「うーん、そうなると戦力に不安があるかな。他に引き抜けそうな人たちって、いないですかね?」
「まあ、この辺にいる獣人種にも仕事にあぶれてる人は多いですから、誘えば応じるかもしれません」
「ふむ、どうですか? ダリウスさん」
横で話を聞いていたダリウスに振ると、彼も賛同する。
「仕事のない人間なら、引き抜いても文句は出ないでしょう。ギルドとは儂が話をつけますわい」
「よろしくお願いします。それじゃあさっそく人を集めたいけど、ただ募集してもなかなか集まらないよね。せっかくだから、炊き出しでもしますか?」
「炊き出し、ですか?」
「そう、カイルさんたちも手伝ってください」
戸惑うカイルを強引に引っ張り出し、炊き出し用の準備を整えた。
まずダリウスにでかい鍋と調理道具を用意してもらい、俺たちは食材を買い込む。
そしてそれをスラム街に持っていって、人の集まりそうな広場で料理を始めた。
中身は肉やら野菜やらを煮込んだ、簡単な汁物だ。
しかしそれでも美味しそうな匂いが立ち昇り始めると、住民がぼちぼちと集まってきた。
「みんな~、聞いてくれ~。今度、南の方の村を再建することになった。それで今日は、そこで働いてくれる人を探しにきたんだ。今から食事を配るから、食いながら考えてくれないか? 自分だけで判断できない人は、家族と相談してくればいい。明日の朝また来るから、それまでに考えておいてくれ。それじゃあ配るぞ~!」
最初、疑わしそうに見ていた住人たちも、実際に汁物が配られると、一斉に群がってきた。
老若男女入り乱れているが、誰もが薄汚れ、やせ細っている印象だ。
ハーフエルフが多いが、獣人種もけっこう混じっていた。
「ハグハグ……さっき言ってたことって、本当なのか?」
「ああ、ナリム村ってとこを、再建するんだ。当面の食料は俺たちが持つから、心配しなくていいぞ。多分ここにいるよりは、美味い飯が食える」
「ガツガツ……ほ、本当か? あんたら一体、何者なんだい?」
「今回の件は、こちらのダリウスさんが出資者だ。彼は南に拠点を作るついでに、人助けをしようとしている。俺たちは彼に雇われてるだけだ」
さらに別の奴が、恐る恐る聞いてきた。
「モグモグ……か、家族は連れていけないのか?」
「うーん、最初は男性だけで行って準備を整えるけど、その後なら呼んでもいいぞ」
「ハフハフ……よ~し、その話乗った!」
「今ここで決めなくてもいいからな~。また明日の朝、ここに集まってくれ」
けっこうな量の汁物を振る舞うことで、かなりの人が集まった。
その間にダリウスはギルドに話を通してくれて、ナリム村の再建話に許可が出る。
これで大手を振って、拠点を作れるようになった。
翌朝、食事を配った広場に行くと百人ほど集まっていた。
全て成人かそれに近い男性で、ハーフエルフが獣人の倍ぐらいいる感じだ。
「みんなよく集まってくれた~。これから受付けをするから、希望者はここに3列で並んでくれ~」
そう指示を出すと希望者が3列に並び、アニー、レーネ、リムルの3人が名簿を作成しはじめる。
登録の終わった者には翌日の集合場所と時間を教え、前金として大銀貨を1枚渡した。
少ないが、それでも家族をいくらか食わせてやれるだろう。
そしてさらに翌日の朝、南門の前で待っていると、どんどん人が集まってきた。
中には家族が見送りにきている人もいて、かなりにぎやかだ。
「ホッホッ、みんないきいきとしていますな」
「ああ、そうだね。これもダリウスさんのおかげだよ。ずいぶんと出費させて悪いね」
そう言いながら俺は、背後の荷車を見回す。
再建のために準備した道具や資材が、何台もの荷車に山積みになっていた。
これも全て、ダリウスに揃えてもらったものだ。
「とんでもない。これも商売ですからな。それにこれが、王国再興への1歩だと思えば、安いものです」
「まあそうなんだけど、まだまだ先は長いよ。まずは村を再建してから、この人たちを鍛えないといけないからね」
「そうですな。しかしなんというか、儂も胸がワクワクしますわい」
「ああ、俺もワクワクしてきた。これからもよろしくね」
「はい、殿下」
こうして平野部での拠点造りが、始まったのだ。