44.旧王都、再び
南北の森林地帯でやれることをやった俺は、再び旧王都へ舞い戻った。
またアニーとレーネを連れて防壁の外まで飛び、徒歩で王都へ入る。
そして仲間の待つ家へ帰宅すると――
「ただいま」
「ワルドさん! お帰りなさい」
声を聞きつけたリムルが、真っ先に出迎えてくれた。
彼女のはしばみ色の瞳が、嬉しそうに輝いている。
「久しぶりね、リムルちゃん。元気だった?」
「はい、アニーさん。アハルドさんと一緒に、いっぱい仕事してました」
隣にいるアニーの質問にも、朗らかに答える。
やはり同年代の女の子がいると、嬉しいのだろう。
今日はたまたま休息日だったらしく、家にはじっちゃんもいた。
俺はリムルにお願いして、ダリウスを呼んでもらう。
そして彼の到着に合せて、リムルの母親のルーザも呼び、全員を居間に集めた。
「あの、ワルドさん? 私たちにお話とは、なんでしょうか?」
最後に入ってきたルーザが、不安そうに聞いてきた。
何か悪いことでも言われるのではないかと、オドオドしている。
「そんなに怖がらないでください。俺たちの今後について、相談しようと思いましてね」
「今後のこと、ですか?」
ますます不安そうになる彼女をよそに、俺はまずじっちゃんに確認した。
「それよりも、じっちゃん。彼女たちは信頼に値する人だと思って、いいんだよね?」
「うむ、2人とも心根の優しい善人だ。それに冒険者としての腕も悪くないから、頼りになるだろう」
じっちゃんは力強く、彼女たちの人格を請け負った。
俺たちが隠れ里へ帰っている間、その辺を確かめておいてくれるよう、頼んでおいたのだ。
「うん、予想どおりだね。ところでルーザさん。もしエウレンディアの王族が生き残っているとしたら、どうします?」
「はぁ? エウレンディアの王族、ですか?……そのような方々は14年前に、命を落とされたとうかがっています。しかしもし生き残っているのでしたら…………そのう、何かして差し上げたいとは、思います……」
ルーザがためらいがちに言う隣で、リムルもうんうんとうなずいている。
「そうですか。では協力してください。俺がその、王族の生き残りですから」
そう言いながら盾を展開させ、アフィを呼び出した。
黄金色に輝く盾から、さっそうとアフィが飛び出し、テーブルの上に舞い降りる。
「えっ、ワルドさんが、王族?」
「ええ~っ、何これ、何これ~?」
ルーザとリムルが、盛大に驚く。
予想外の展開に、すぐにはついてこれないようだ。
そんな彼女たちを見たダリウスが、笑いながら助け舟を出す。
「ハハハハ、殿下もお人が悪い。もう少し言いようがあるでしょう。しかしルーザさん、ワルドさんの言うことは本当ですよ。正確には、ワルデバルド殿下のね?」
「ワルデバルド、殿下?」
そこからダリウスが細かい事情を話すと、ルーザたちもようやく納得した。
しかし彼女たちの表情は、まだ狐につままれたかのようだ。
「なるほど。とにかくワルドさんは、正真正銘の王族だったのですね。私は七王の盾をじかに見たことはありませんが、これだけの証拠を見せられれば、信じないわけにはいきません」
念のためシヴァも召喚してみせると、さすがに信じてくれた。
「それで、殿下の素性を明かしていただいたからには、我々にも協力できることがあるのですよね?」
「もちろんです。実は森林地帯に避難した旧国民にも、俺の存在を知らせて協力を仰いでいます。詳細を知っているのはまだ一部ですが、エウレンディア再興に向けて動きだすことが決まりました」
「おおっ、いよいよですな」
「ええ。とはいえ、まだまだ準備が必要だけど」
嬉々として反応したダリウスに、森林地帯での計画を聞かせる。
魔法戦力の増強、国外にいる旧国民を呼び戻すための食料増産、住居の建築などを話すと、実に楽しそうになる。
「ふーむ、さすが殿下ですな。これだけの短時間に、早くも魔法戦力を戦前に戻すとは」
「いや、とりあえず人数が増えただけで、訓練はこれからだよ。それに白兵戦力の増強とか、やることは山積みなんだ」
「いいえ、エウレンディアの魔法部隊が復活すると聞いただけで、どれほど同志が勇気づけられ、味方が集まることか……見ておれよ、帝国の豚どもめ。目にもの見せてくれるわ、クックック……」
興奮して闇のオーラを発散するダリウスに、リムルがドン引きしている。
ここでじっちゃんが、話を元に戻した。
「ゴホン……して、殿下。今後の計画はいかに? 何かこちらでもやることがあるのですよね?」
「あ、ああ、もちろんだよ。まずは平野部の各都市に、拠点を作りたい。そこで同志を募って、住民の受け入れ準備を進めたいんだ」
その言葉に、ダリウスが即座に反応する。
「それでしたら私にお任せください、殿下。すでに各都市で信用できる者に、組織作りを指示してあります」
「ええっ、もう? 早いね」
さすが敏腕商人、やることが早い。
元々この平野部は冒険者ギルドを中心に自治状態にあり、その要人はほとんどエウレンディアの出身らしい。
さすがに王国再興までは考えていなかったが、旧国民が少しでも暮らしやすくなるよう、ダリウスたちは動いてきた。
その結果、それなりに機能する人脈と情報網が、すでにでき上がっているとのことだ。
「ふむ、たしかにそれは心強いが、完全に一枚岩ではあるまい。帝国への情報洩れには、十分に注意が必要だぞ」
「それはもちろんでございます。いかに自治色が強いといっても、帝国の目は光っておりますからな。なのであくまで、受け入れ準備までしかできませんな。本格的に住民を受け入れるのは、それなりに武力が整ってからでしょう」
「そうだね。戦力を森の中で整えたうえで、”竜の咢”を制圧してから、になるかな」
「そうですな。我々はそれまでに住居の確保や、食料の備蓄に励むとしましょう」
ここでふと思い出した。
「そういえば、ハーフエルフって、集められないかな? さっき言った精霊魔術の術者にしたいんだけど」
「ハーフエルフ、ですか……この町でもたまに見かけますが、ほとんどは帝国にいるのではないですかな?」
ハーフエルフなど、どうでもいいといった顔だ。
ダリウスほどの人間でも、ハーフエルフを蔑む風潮からは逃れられないようだ。
今後が思いやられる話だ。
すると、リムルがためらいがちに言った。
「あのう……この町にも、けっこういますよ、ハーフエルフの人」
「へー、そうなんだ。どこにいるの?」
「以前、私たちが住んでいたスラム街に住んでます。帝国から移住を強制されたって、言ってました」
「ああ、帝国が送り込んできた貧民がいましたか。それならあり得ますな」
リムルとダリウスの話を合わせると、事情が見えてきた。
そもそもハーフエルフは、エウレンディア王国と帝国が親密だった時期に、多く産まれたらしい。
それはおよそ25年前から14年前の間で、その間にエルフとヒュマナスの婚姻が増えたからだ。
しかし帝国がエウレンディアを滅ぼすと、その多くが破たんした。
結果、後ろ盾のないハーフエルフは奴隷になるか、そうでなくとも底辺での生活を強いられた。
そんな行き場のない人々が、この旧王都へ優先的に送り込まれているらしいのだ。
「ふむ、それはある意味、好都合だな。問題はどうやって森林地帯に送り込むかだけど」
するとダリウスが、何かを思いついたようだ。
「殿下、術師を養成するなら、どこかに囲い込めばいいのではありませんか? 実は都合のいい場所があるのです」