42.北の狼煙
アテナイ周辺の集落を歴訪してから、バラスへ戻ってきた。
数週間ぶりにバラスに入ると、何か以前と違う雰囲気を感じる。
なんというか、道行く人々の顔が明るく、活気があるような気がしたのだ。
「視察旅行はどうでしたか? ワルド」
「いろいろと見てこれたよ。ところで、町の雰囲気が変わったように感じるのは、気のせいかな?」
すると師匠がクスッと笑いながら、事情を教えてくれた。
「王族が見つかったという噂が、広まってきたのですよ。精霊術師も増えているので、いろいろと変化を感じているのではないですか」
そう言う師匠はたくさんの書類に囲まれて、とても忙しそうだ。
しかしけっこう機嫌は良いように見える。
「なるほどね。俺の方はあちこちで顔を売ってきたよ。一緒に狩りをしたりしてね」
「ええ、すでに謎の魔法剣士として、有名になってるようですよ」
「へ~、そんな噂になってるんだ。それと狐人族なんかの集落では、偵察部隊の編制が進んでる。のんびりやってたら、師匠に睨まれるって、言っといたよ」
「当然です。それぐらいの緊張感を持ってもらわねば、困りますからね」
危険な笑顔を浮かべた師匠が、さらりと肯定する。
うん、にらまれるどころじゃ済まないな。
もっと多くの関係者に、忠告してあげた方がいいかも。
「ところでワルド、次は北へ行ってくれませんか?」
仕事が一段落したのか、師匠が手紙と地図を取り出した。
「えーっ、ちょっとくらい休ませてよ」
「ひと晩眠れば十分でしょう。1日でも早く王国を取り戻すため、今は寸暇を惜しむ時ですよ。私の腹心が北の隠れ里にいるので、この手紙を持っていってください」
「鬼ぃ……」
そんな俺の抗議も、殺人的な仕事量をこなす師匠に届くはずはない。
軽く鼻で笑われてしまった。
悔しいので話題を変える。
「ところで術師の養成は順調なの?」
「ええ、アフィさんの協力で、どんどん増えています。アニーさんやレーネさんも、よくやってくれてますよ」
「それは良かった」
俺が視察に行っている間、アフィは術師の選別と精霊紹介に大活躍だったそうだ。
精霊術だけではせいぜい2割程度の候補者が、精霊魔術を入れて倍に膨れ上がっているらしい。
まだまだ選別には時間が掛かるので、今回もアフィは置いていく。
長期間離れるのは寂しいが、魔法戦力の拡充は重要な仕事なので、がんばってもらおう。
ひと晩だけ休んで、北森林に向けて旅立った。
今回は俺1人なので、ガルダでひとっ飛びだ。
と言っても初めての土地なので、里にたどり着いたのはその日の夕暮れだった。
里の入り口らしき所で目印の木を叩き、合図を送る。
するとどこからともなく、闇森人族の門番が現れた。
北森林では森人族でなく、ダークエルフが主体となっているのだ。
「何者だ?」
「南の隠れ里から来たワルドと言います。ガルドラ様の指示で、スウェイン様にお手紙を持ってきました」
そう言って取り出した手紙を渡すと、彼が確認する。
「たしかにガルドラ様の印だ。よし、入れ」
彼についていくと、やがて結界を踏み越えた感覚があり、里への道が現れた。
そのまま里長の家まで案内してもらい、扉を叩く。
少し待つと、年配の女性が現れた。
「どちら様ですか?」
「南の隠れ里からきたワルドと言います。ガルドラ様の手紙をお持ちしました」
「まあ、それはご苦労様です。どうぞお入りください」
すぐに居間に通され、しばらく待っていると、長身の男性が現れた。
長い銀髪を後ろで束ね、青い瞳に眼鏡を掛けた、落ち着いた感じの人だ。
「私がこの里の長を務めるスウェインです。ガルドラ様のお手紙を、お持ちいただいたそうですが」
「はい、俺はワルドと言います。これを預かってきました」
その場で手紙を開いて読みはじめたスウェインが、すぐに顔色を変えて手紙をテーブルに叩きつけた。
「あなたが前王の遺児だというのは、本当ですか?」
彼が血相を変えて俺に詰め寄る。
大方、目の前の男が王子だとでも書いてあるのだろう。
「はい、俺の本当の名はワルデバルド・アル・エウレンディア。14年前、近衛戦士長のアハルドの手で、南の隠れ里に逃がされたそうです」
「た、たしかに王族の1人を保護したという噂はうかがっていましたが、南の里におられたとは……いや、ガルドラ様の手元で育てられるのが、最も確実か……」
「そうですね。もっとも、俺もついこの間までそれを知らなくて、ただの戦災孤児のつもりだったんですけど」
「そうですか……しかし殿下がなぜこの時期に、しかもお独りで手紙をお持ちになったんですか?」
「最後まで読んでいただければ分かりますが、簡単に言うと、祖国奪還に立ち上がるためですね」
ついでに俺は、その場にガルダを召喚した。
「ウオッ、これはグリフォン。いや、七王の1体ですか……すると殿下は、すでに七王の盾を手に入れたのですね?」
「ええ、ひと月ほど前に解放も完了しています」
「なんと……それならば帝国にも立ち向かえる」
スウェインは再び手紙を手に取り、むさぼるように読みはじめた。
手紙には簡単な経緯と、すでに南森林では王国再興に向けて動き出したことが書いてある。
彼は時折、唸り声を上げながら読み進み、最後には涙を浮かべていた。
ちょうどその時、扉が開いて先ほどの女性が現れた。
「キャッ、こんなとこに魔物が!」
出しっ放しのガルダを見て、彼女が悲鳴を上げる。
「マーサ、慌てるな。これはこの方の召喚獣だ。殿下、とりあえず隠してもらえますか」
「ええ、驚かせてすみません」
すぐにガルダを送還すると、マーサが恐る恐る部屋に入ってくる。
「マーサ、こちらは亡きヴィレルハイト王の遺児、ワルデバルド様だ。殿下は七王の盾を取り戻し、先ほどのグリフォンを召喚していたのだ」
「そうだったのですか……しかし王族の方は、帝国に滅ぼされたのではなかったのですか?」
「密かにガルドラ様が、保護されていたようだ。今後、失礼のないようにな」
「そんなに気を遣わなくてもいいですよ。変にかしこまられるより、普通にしてもらった方が気楽です」
「ハハハッ、殿下がそうおっしゃられるのなら、お言葉に甘えさせてもらいます。どの道、大したおもてなしもできませんが」
その後、夕食を挟んでいろいろと話し合った。
俺は盾を手に入れてから今までやってきたことや、南森林で進行していることを話した。
「そうですか。南ではすでにいろいろと準備が進んでいるのですね?」
「ええ、各集落で要人へのお披露目を済ませて、水面下で進めている形ですけどね」
「なるほど。私も及ばずながら、お手伝いさせていただきます」
「よろしくお願いします。それで、こちらの状況をもう少し詳しく教えてもらえますか」
彼に聞いた北森林の状態は、あまり良くなかった。
元々こちらは、南ほど十分な準備ができないうちに戦争が始まったため、あまり難民を受け入れる余地も大きくなかった。
それでも14年前には10万人ほどが避難してきて、大混乱だったそうだ
それをなんとかやりくりし、ヴィッタイト王国などへの移住を進めた。
ようやく3万人ほどになって、人口は安定したそうだ。
内訳はダークエルフが2万人で、その他が合わせて1万人ぐらいだとか。
マラカンという都市を中心に、小規模な村が点在しているそうだ。
幸いなことに魔物は南ほど多くなかったのだが、最近は被害が増えていると言う。
「やはりこちらでも魔物が増えていましたか。早急に対策が必要ですね」
「はい、見たこともない魔物が現れたりして、住民は戦々恐々としております」
「それについては魔法戦力の強化と、警戒態勢の構築で対処できるでしょう。スウェインさん、早急に各種族の代表を集めた首長会議を、開いてもらえませんか?」
「分かりました。マラカンで会議を開くよう、手配します」
翌日早々にスウェインと共に隠れ里を発ち、3日でマラカンへ到着した。
到着してすぐ市長と面会し、俺の素性を明かして協力を取りつける。
しかしこの北森林には広く集落が分散しているので、会議を開くには2週間は掛かると言われた。
仕方ないのでその間、マラカンの住民と狩りをしていたら、こちらでも謎の魔法剣士として有名になったのは別の話。
そしていよいよ首長会議の日、マラカンに30人を超える要人が集まった。
多彩な出席者が集まる中、俺は上座に着いてすぐに七王を召喚した。
眩い光とともに七王が登場すると、場内にどよめきが広がる。
「皆さん、初めまして。俺が今回の招集を依頼した、ワルデバルド・アル・エウレンディアです!」
それを聞いた出席者たちが、首を傾げる。
「……ワルデバルド・アル・エウレンディア? たしかアルって、男性王族に付ける称号じゃなかったか?」
「しかしそんな名前、聞いたことがないぞ。というよりもエウレンディアの王族は、帝国に根絶やしにされたんだろ?」
「いや、それよりもあそこにいるのは、七王ではないのか?」
「七王だと? ということはあの左手にあるのが七王の盾! ならばあのお方は、王家の生き残りだというのか……」
ようやく理解が浸透したところで、再び発言する。
「そのとおりです、皆さん。俺は前王ヴィレルハイトと、サリアリーア王女の忘れ形見。14年前に南の隠れ里に保護され、王族とは知らされないまま育ちました。そしてひと月ほど前に自身の素性を知り、七王の盾も取り戻したのです。この偉大な力をもって俺は、仇敵アルデリア帝国を撃退し、祖国を再興します!」
それを聞いた出席者が、口々に騒ぎはじめる。
ここでスウェインが前に出て、俺の言葉を補足した。
「みんな、七王の盾は王族にしか扱えないことは、周知の事実だ。つまりこのお方は正真正銘、エウレンディア王家の末裔。14年前に国を滅ぼされた我らに、再び指導者が現れたのだ。それも殿下は、かつてないほど強大な力を持っておられる。我らも殿下に続いて、王国の奪還に立ち上がろうではないかっ!」
彼が拳を振り上げると、全ての出席者が立ち上がって拳を突き上げた。
するとスウェインが、俺を称える言葉を唱えはじめる。
「ワルデバルド・アル・エウレンディア、神に愛されし我らが王よ。御身の叡智と力もて、この地上に神の恵みを施したまえ」
これは南の隠れ里で、群集が唱えた言葉だ。
おそらく師匠が手紙で教えたんだろう。
全員が斉唱するその言葉が、部屋の中に満ちる。
こんな風に称えられるのはこそばゆいのだが、俺は黙ってそれを受け入れた。
やがて俺が左腕の盾を掲げると、会場が歓声に包まれた。
この日、北部の森林地帯でも、王国再興への狼煙が上がったのだ。