41.動きだした人々
アテナイ周辺の首長を集めた会議で、俺は帝国に叛旗をひるがえすことを宣言した。
その気持ちに嘘偽りはないし、王国を再興できる可能性もかなり高いとは思う。
しかしこの宣言は、想像以上に急激に周りを動かすことになった。
まず俺が提案した偵察部隊の編制と、魔法戦力を含む部隊を前線へ派遣することが、全会一致で決定した。
これによって森林地帯の安全を確保して、他国へ逃れた人々を呼び戻す準備を整えるのだ。
「問題は、急激に増える人口をどうやって養うか、ですね」
「それならば、ヴィッタイトや同盟から、食料を輸入すればよいのではありませんか? 精霊術を使えば、道を造るのも比較的容易でしょう」
ある官僚の提案に、師匠は首を横に振った。
「たしかに道は造れますが、時間が掛かります。それに食料を買う資金も足りませんし、何より我々の計画が察知される恐れがあります」
「それはたしかにそうですが、他に手が……」
皆が考え込む中で、アフィが案を出した。
「それだったら、一時的に樹妖精に力を貸してもらったらどう? 私が仲介するわよ」
「ドリアードって、植物系の妖精だよな。協力してくれたら嬉しいけど、そうするとどうなるんだ?」
「ソライモみたいに、食用になる植物の成長を速めてもらうの。もちろんそれだけだと大地が痩せるから、別にお世話は必要よ。肥料をあげるとか、日当たりを良くするみたいに、植物の喜ぶことをしてあげればいいわ」
「なるほど。ついでに森の中の道も整備するか。そうすれば広範囲で収穫できて、生産能力が上がる」
「そうそう、さすがワルド。いい思いつきよ」
そんな俺たちのやり取りに、師匠が苦笑する。
「まったく、あなたたちには敵いませんね。しかしアフィさんと殿下の提案には、見るべきものがあります。まあ、それも七王あっての発想ですけどね」
「精霊の祝福を受けられるというのは、とてもすばらしいことなのですね」
結局、アフィと俺の提案は受け入れられ、官僚団が細部を詰めることになった。
さらに俺は各集落の意思統一と士気向上のため、主な集落を訪問して回った。
まだ王族であることは隠しつつも、戦士たちに名を売って一体感を高めるのが狙いだ。
最初に訪れたのは、グイード率いる熊人族の集落だ。
この集落はだいたい千人くらいの人口があり、アテナイの近くでは一般的な規模らしい。
この集落で5人ほどの要人と会い、俺が王族であることを明かした。
最初、疑わしそうな顔をしていたので七王を見せてやったら、すぐに認められる。
しかしその後、話が変な方向へ飛んだ。
「今後、肩を並べて戦うというのなら、一緒に狩りに出て、その戦い方を見せてもらおうか」
グイードの部下で副村長格の男、ベリアムがそう主張したのだ。
見上げるような大男が、挑発するように俺を見てくる。
意見を求めてグイードに目をやると、彼が困った顔をしつつも、こう言った。
「あ~……まあ、面倒かもしれんが、受けてくれないか? 必ずしも王が戦う必要はないと思うが、我々にとって力とは重要な判断要素だ。それにあんたなら、大丈夫だろう?」
「まったく……そんなに血の気が多いから、アテナイを出ることになるんですよ」
「ちげえねえ」
結局、俺は申し出を受けることになり、彼らと共に狩りに参加した。
ちなみに今回は、師匠やアニーたちは来ていない。
彼らはバラスで、新たな精霊術師の養成に勤しんでいるからだ。
しばらく森の中を探索していると、ベリアムが獲物の臭いを嗅ぎつけた。
臭いの元を求めて進めば、やがて巨大な四目熊が現れた。
立ち上がれば俺の倍はありそうな巨体に、4つの目と鋭い爪、牙を持つ凶暴な魔物だ。
するとベリアムの野郎、俺のお手並み拝見と、すっかり傍観者を決め込みやがった。
手荒い歓迎に溜息をつきつつも、俺は前に出る。
「グルルルオオオオッー!」
立ち上がって盛大に威嚇してくる熊に対し、俺は無造作に近づいた。
その手に握るのは魔剣フェアリークローだ。
すでに石飛礫を仕込んである。
威嚇しても全く脅えない俺を見て、敵が襲いかかってきた。
10歩ほどの距離に迫ると魔剣を振るい、無数の石つぶてを敵に叩きつけてやる。
しかしその程度では大したダメージにもならず、少しひるませたぐらいだ。
熊の野郎はさらに怒り狂って、俺に向かってきた。
俺は敵の攻撃をかわしざま、今度は石飛槍をお見舞いしてやった。
石槍は見事に敵の肩に突き刺さり、そこから大量の血がほとばしる。
まだ致命傷というほどではないが、敵の動きが少し鈍った。
それでもなお、俺をその爪に掛けようと迫る熊を、ヒョイとかわしながら剣で斬りつけた。
さすが魔剣と呼ばれるだけあって、フェアリークローの切れ味は抜群だ。
その刃を受けるたびに、どんどん敵に傷が増えていく。
そうやってほぼ一方的に攻撃してたら、やがて熊が致命的な隙を見せた。
息切れしてがら空きになった左胸に、再びストーンジャベリンを叩き込む。
さすがにこの一撃には耐えきれず、フォースベアが地響きを立てて崩れ落ちた。
「フウッ、いい運動になったな」
汗をぬぐいながら剣を収めると、周囲から歓声が沸き上がった。
同行している狩人たちが口々に称賛する中、ベリアムが寄ってくる。
「多少はやると思ったが、これほどとはな。さすが、アハルドに鍛えられただけはある」
「じっちゃんを知ってるんだ? お察しのとおり、ずいぶんと鍛えられたってわけさ。それで、試験の結果はどうだった? 肩を並べて戦うには、値するかい?」
「フッ、それ以上だ。大将が必ずしも強い必要はないが、あんたの言うことになら従ってもいい」
「それは良かった。今後はよろしく」
その晩はグイードの家で歓待を受けた。
すると一緒に狩りをした野郎どもも集まってきて、大宴会が始まる。
大柄でがさつな野郎ばかりだが、気持ちのいい連中だった。
その後も猫人族、狼人族、虎人族、獅子人族の順に集落を回り、顔と名前を売って歩いた。
そして最後に立ち寄ったのが、狐人族の集落だ。
首長会議でやりあった、シーリンのいる村だ。
「よく来たね、ワルド。こっちがあたしの旦那のクラムだよ」
「シーリンさん、久しぶり。初めまして、クラムさん」
「おう、おめえがシーリンとやり合ったってお人かい。話は聞いてるぜ。まあ、ここじゃあなんだ。中に入れよ」
すぐにクラムの自宅に招かれ、家の中でテーブルに着くと、急にクラムが土下座を始めた。
「すんません、殿下っ! うちの奴が、失礼いたしやした。命ばかりはお助けをっ!」
「ちょ、いきなりどうしたんだよ」
訳が分からずにシーリンを見ると、彼女が苦笑いしていた。
「悪いね、殿下。馬鹿な亭主で。この間の会議のことを話したら、あたしが処刑されてもおかしくないって言って、聞かないんだよ」
「あ~、そういうこと? 別に彼女のことは誰もとがめてないから、安心してよ。むしろ彼女が粘ってくれたおかげで、議論が深まって良かったと思ってるぐらいだ」
そんな俺を、クラムが恐る恐る見る。
「ほ、本当にそうなんですかい? いつものようにこいつが、キツイ言い方したんじゃありやせんか?」
「ん~、ちょっときつかったけど、言ってることはまっとうだったよ。だから安心して。決して彼女を罪に問いはしないから」
なおも半信半疑ながら、少し落ち着いたようだ。
体を起こして、俺と向かい合う。
「そ、それじゃあ、いつもどおりでいいですかい? あまりお上品な対応はできねえですけど」
「まあ、いずれは形式を整えることもあるだろうけど、今はまだいいよ。内と外で対応を変えたりしてると、ボロが出るからね。今は気楽に喋ってよ」
「ほら、言ったとおりだろ? やっぱり殿下は話が分かる」
そう言いながら、シーリンがクラムの背中を叩いた。
するとクラムが、まだおどおどした様子で応じる。
「それならまあ、いつもの調子でやらせてもらいやすね。それで、集落回りは順調でしたかい?」
「ああ、ここで最後だから、明日にはバラスへ戻るよ」
その後も世間話を交わしていたら、やがて戦争の話になり、シーリンが悲しそうな顔をした。
「やっぱりシーリンさんは戦争に反対?」
「ああ、14年前の戦争で、たくさん死んだからねえ。あたしやこいつも、避難するときのドサクサで両親を亡くしたんだ。ガルドラ様のおかげで、なんとか生き残れはしたけど、生活は楽じゃなかった。それでもこうやって安定してるのを、わざわざ壊さなくてもいいんじゃないかって、思うんだ」
しみじみとした声で言う彼女に、クラムも賛同する。
「俺はやっぱ男だから、戦うってんなら参加するぜ。だけどこいつの言うことも分かるんだ。こう言っちゃなんだが、寝た子を起こす必要があるのかってね。ねえ、殿下、俺たちは本当に帝国に勝てるのかい?」
「それはもちろん、やってみなければ分からない部分はあるよ。だけどこの七王の盾に新魔法、そして賢者ガルドラの頭脳があれば、勝てない方がおかしいね」
「その新魔法ってのは何だい?」
シーリンが新魔法という言葉に反応したので、精霊魔術について説明する。
「精霊術と魔術を組み合わせた魔法で、精霊魔術っていうんだ。従来の精霊術に比べて、精霊との交信能力が低くても、使えるようになる可能性が高い魔法だよ。だから魔法使いの数を、何倍にも底上げできるはずだ」
「魔法使いの数が数倍に? そいつは頼もしい話だね。おまけにガルドラ様が指揮を執るってんなら、たしかに期待できるのかねえ」
「それはそうだよ。師匠はああ見えて、もの凄く怒ってるんだ。14年前に騙し討ちをした帝国に対してね。たぶん、相当えげつないこと考えてるよ、あの人」
俺が冗談めかして言うと、シーリンの顔が少し明るくなった。
「アハハハハハッ。そいつは怖いねえ。うかうかしてたら、こっちにまでとばっちりが来そうだ」
「当然。下手に手抜きすれば、確実に吊し上げられるね。そうならないためにも、偵察部隊の編制と訓練を急いで欲しいんだ」
「もうやってるよ。第1陣を選抜してあるから、明日にでも見てやっておくれ」
ようやく彼女たちも動きはじめた。
いよいよ王国の再興も、夢物語じゃなくなってきたな。