40.首長会議2
「へえ~。あたしらみたいなハンパ者を頼ろうだなんて、よっぽど困ってるんだねぇ」
首長会議で偵察隊の編制を提案したアーネストに、狐人族のシーリンが噛みついた。
「いや、別にハンパだなどとは思っていないが」
「よく言うよ。今まで散々、馬鹿にしてきたくせに。あたしらが困っていても、全然支援してくれなかったじゃないか」
「アテナイだって、さほど余裕があるわけではないのだ。それに諍いを起こして出ていったのは、そっちではないか」
「ハンッ、だったらこっちも勝手にやらせてもらうさ」
2人の言い合いが止まらない。
師匠にその訳を聞くと、どうやら種族ごとの諍いがあったようだ。
14年前に避難してきた難民は当初、アテナイやバラスで互いに助け合って暮らしていた。
そうしなければ、生きていけなかったからだ。
しかし他国への移住が進んで余裕が出てくると、種族間の対立が目立ちはじめる。
やはり種族ごとの価値観の違いとか、待遇への不満などが爆発し、都市を飛び出していく者が続出した。
もちろんアーネストたちも、何もしなかったわけではない。
それなりに物資の援助などもしたのだが、望むままに与えられるはずもない。
そんな話を聞いたうえで、俺は口を挟んだ。
「いいかげんに愚痴を垂れ流すのは、それくらいにしてくれないか。これからはいかに国を再興するか、それを話し合いたいんだ」
「なんだい、王子様だからって、偉そうに口出しして欲しくないね。これはあたしらの問題だよ」
「いいや、エウレンディアの民同士の話なんだから、俺にとって無関係じゃない。それにこれからは、状況が大きく変わるんだ」
「一体、何が変わるって言うのさ?」
相変わらず攻撃的なシーリンに、噛んで含めるように聞かせる。
「これからはみんな、ただの難民ではなくなるんだ。エウレンディアを再興することで、また国民になるんだから。たしかに俺はまだ若造で経験もないけど、こうして七王を取り戻した。さらに賢者ガルドラやアーネスト、ジブス市長だって支えてくれる。そのうえで皆が団結したら、領土を取り返すのも、夢じゃないと思わないか?」
するとベアラスの男が、おもしろそうに言う。
「なるほど。そうやって言われると、なんかできそうだな。14年前に俺たちは国を奪われ、必死で生きてきた。その過程で俺たちは、自身が何者なのか、見失っていたのかもしれない。しかし今は目の前に、エウレンディアの象徴だった七王がいる」
「つまり、エウレンディアの国民として団結しろって、言いたいのかい?」
「ああ、そうだ。幸いなことに七王を率いる殿下は、力に溺れるようなお方ではないようだ。これは支えがいがありそうじゃないか」
ベアラスの男がそう言うと、ティグラスの男もそれに続いた。
「ふむ、俺たちが集うべき旗を、殿下が与えてくれるってのか。たしかに七王は大地に恵みをもたらし、王国の盾となる力の象徴だったな」
「そうだ。そしてエウレンディアは、千年の長きにわたって”竜の咢”を塞ぎ、他国から尊敬を集める国だった」
「それをぶち壊したのが、アルデリア帝国のクソ野郎どもだ。友人づらして入り込んできて、裏切ったんだろ?」
「待ちなよ。それを許したのは、前のヴィレルハイト王じゃないか。あの愚王のおかげで、あたしらは塗炭の苦しみを味わったんだ。その息子を、そう簡単に信じるわけにはいかないよ」
せっかく良くなりかけた雰囲気に、シーリンが再び水を差した。
俺はため息をつきたいのをこらえて、彼らを説得する。
「シーリンさんの言うことも、理解はできる。俺自身、親父はなんて馬鹿なことをしでかしたんだって、恨めしく思っているよ。必要とあらば、親父の愚行を詫びもしよう。このとおりだ」
そう言って頭を下げると、みんな押し黙った。
俺は少し間を置いて、また続ける。
「でもいくら俺が詫びたって、失われたものは戻ってこないんだ。それに当時1歳の赤子に責任を問うなんて、あんたらだって本意じゃないだろう? それぐらいだったら俺は、再び国を興すことで詫びの代わりとしたい。失われたものは戻らないけど、よりよい未来は築くことができるはずだ」
するとベアラスの男が、鼻をすすりながら言う。
「ヘヘヘッ、殿下の言うとおりだ。失われたものは戻ってこねえし、赤ん坊に責を問うなんて恥ずかしいこと、するつもりもねえよ。そのうえで改めて問いてえ。俺たちは帝国に勝てるんですかい?」
その男のとび色の瞳が、まっすぐに俺を見据えた。
その真摯な目が、訴えている。
帝国に勝てると言ってくれ、と。
「もちろん勝てるさ。ただ、それにはみんなの協力が必要だし、それなりの準備もいるけどね」
その言葉に多くの者が色めき立つ。
未来への期待が、皆の気持ちを沸き立たせるのだろう。
しかし、なおもシーリンは抵抗してきた。
「なんだい、あんた! そうやってあたしたちを、戦争に駆りだす気かい?」
「もちろん戦いたくない者の意志は尊重するさ。しかし国を取り返すために戦いたい、という人も多いだろ?」
そう言い返すと、しばらくにらみ合いになった。
そこにベアラスの男が割り込む。
「シーリン、落ち着けよ。それなりに勝ち目があるってんなら、俺は戦うぜ」
「馬鹿なことはおやめよ、グイード。帝国にはエウレンディアの何十倍も人がいるんだよ。14年前だって、数日で王都を落とされたそうじゃないか。そんなのとわざわざ戦争するなんて、正気の沙汰じゃないよ」
「シーリンさん、落ち着いて。帝国なんてそんな大したものじゃないんだ。魔物を封じ込められずに、エウレンディア領を放置してるような奴らなんだぜ」
「それはそうだけど……逆に言えば、あんたにだってできないんじゃないのかい?」
俺は首を横に振りながら反論する。
「とんでもない。そもそも”竜の咢”の封鎖は、七王の盾を持つエウレンディア王国だからこそ、できていた仕事なんだ」
「それはなぜだい?」
「さっきもアーネストが言っていたように、この盾には精霊を呼び寄せる効果がある。だからたくさんの精霊術師が生まれて、その豊富な魔法戦力のおかげで、王国は少数の軍隊でも魔物を退けていたんだ。たしか旧王国の魔境防衛隊は、3千人くらいだったよね? 師匠」
「そのとおりです。私も従軍したことがありますが、半分近くは精霊術師でしたね。そんなことができたのは、エウレンディア王国しかありませんでしたよ」
「じゃあ、なぜ帝国に負けたのさ?」
「それは帝国の策略に踊らされ、国境の警備をおろそかにしたからです。さらに警戒が緩むタイミングを狙って、”帝国の7剣”を引き込み、短時間で陥落させました。よほど周到に準備していたのでしょう」
「あの時は油断していたから負けたけど、今度は大丈夫ってかい? 他人を戦争に駆り出すには、無責任な言い方じゃないかね?」
シーリンはなおも反対する。
たしかに大勢が死ぬ可能性のある戦争を避けたいってのは、理解できなくもない。
「そうだね。シーリンさんの言うことはもっともだ」
「殿下?」
ここでシーリンに賛同する俺に、師匠が首をかしげる。
「そうだろ? 今こうして生活できてるんだし、ちょっと工夫すれば生活もよくなるってんなら、無理に戦争する必要なんか、ないじゃないか?」
すかさずシーリンが、その流れに乗ろうとした。
しかし、それではいけないのだ。
「いや、自分たちさえよければいいっていう話には、賛成できないな」
「な……他に誰がいるってんだい? まさか、他の国を助けようってんじゃないだろうね?」
「そうじゃない。他国へ落ち延びた何十万人もの国民や、帝国で奴隷にされてる同胞がまだ、いるじゃないか」
「そ、それはたしかにそうだけど、下手に戦争をして死人を出すのも、おかしな話だろう?」
彼女なりに、真剣に考えているのだろう。
おれはそんな彼女の目を見据え、自分の想いを語った。
「あなたの言うことも分かるよ。無謀な戦いに仲間を駆り出して、無駄に死なせるなんてこと、やっちゃいけない」
「そ、そうだろ? だからさ……」
「だけど俺たちは再び、七王の盾を手に入れたんだ。これは古より伝わるエウレンディアの秘宝、伝説の神器だ。つまり俺たちは今、神の祝福を手にしていることになる」
ここで俺が七王の盾を掲げると、多くの者がうなずいた。
「神の祝福を得た俺たちが何もしないなんて、許されるはずがない。もしそれを知った同胞は、どう思う? その不甲斐なさを嘆き、悲しむだろうよ……そして何よりも、大魔境の番人として尊敬を集めていた我が国を、帝国は騙し、踏みにじり、奪い去ったんだ。俺たちの名誉は、尊厳は、踏みにじられたままだ。そんな帝国を、俺は許しはしない。我らの同胞を、奴らの自由にはさせない。だからみんな、俺に力を貸してくれ! 帝国を故郷から追い出し、同胞を救い出すために! 俺たちの子孫に、より良い未来をもたらすために!」
そこまで一気に言いきると、しばしの静寂が訪れた。
誰も、身じろぎひとつしない。
――パンッパンッパン
どこからともなく拍手の音が上がり、歓声と共に会場中に広がる。
出席者全員が立ち上がり、俺に向かって拍手を送っていた。
シーリンですら、ちょっと悔しそうに、手を叩いている。
そんな彼女の目には涙が浮かんでおり、よく見れば周りの者も泣いていた。
驚いたことに、師匠の目にも涙が浮かんでいた。
「ワルド、私はあなたを誇りに思いますよ。あなたはこれから、想像以上に偉大な王になるのかもしれません」
「ありがとう、師匠。だけどそれは気が早すぎるよ。今後もいろいろと教えて欲しい」
「もちろんです、我が王よ」
こうして俺たちは、本格的に王国再興へ向けて、動きだすことになったのだ。