36.猛禽の宴1
アーネストから魔剣”妖精の爪”を譲り受けた翌日、俺はアテナイの要人と顔を合わせた。
10人ほどの出席者が揃ったところで、アーネストが俺の素性を告げる。
「喜べ諸君、根絶されたはずのエウレンディア王家に、生存者が見つかった。こちらが亡きヴィレルハイト王の継嗣、ワルデバルド殿下だ」
いろいろとすっ飛ばしたアーネストの説明に、要人の1人が困惑気味に言葉を返す。
「……いきなり王族が見つかったと言われても、わけが分からないのですが」
「む、だからこちらにおわすお方が、唯一の王族ということだ」
相変わらず言葉が足りず、なおも出席者が混乱していると、師匠が助け舟を出した。
「少し私から補足させてもらいましょう。実は王都が陥落した14年前、ワルデバルド殿下は近衛戦士長のアハルドに救出され、隠れ里に避難していました」
「……それならばなぜ、今まで隠されていたのでしょうか?」
「皆さんが不審に思うのも当然ですが、当時の殿下はなんの力もないただの赤子。抗戦派に担ぎ出されでもして、帝国にその存在を知られれば、本当に王族の血は絶えていたでしょう。そこで我々は、殿下をただの戦災孤児として育てることにしたのです。そして殿下は成人して七王の盾を手に入れ、さらに盾の力も解放したため、このようにお披露目をしている次第です」
「なんと、七王の盾を取り返したのですか?」
「王国の守護神が再び我らの手に……」
その場の人々が、それぞれに喜びを露わにする。
ここで師匠が目配せしてきたので、俺が前に出た。
「皆さん、私がワルデバルド・アル・エウレンディアです。残念ながら私に王国の記憶はありませんが、このように七王の盾を手に入れることができました」
一旦言葉を切って盾を展開し、さらに七王を召喚した。
眩い光と共に現れた七王たちの姿に、会場がどよめく。
「しかし七王の盾を取り戻したというだけで、王国を再興することは叶いません。そのためにもぜひ、皆さんの力を貸して欲しいのです」
するとその場の全てが次々と臣下の礼を取り、アーネストが高らかに声を上げた。
「我らエウレンディアの民、心より殿下のご帰還を喜び、王国再興に全力を尽くす所存です。ワルド殿下万歳」
「「ワルド殿下万歳!」」
全面的な支持を取りつけた後は、彼らと今後の方針を話し合ったり、親睦を深めたりした。
そして翌朝はオリンポスに旅立つ予定だったのだが、朝食の間に何やらアーネストの周辺が騒がしくなった。
「なんだと? ゴルドーたちが戻っていない? すぐに捜索隊を編成しろ。私も出る」
「ハッ、ただちに」
アーネストの部下が、足早に去っていく。
「何かトラブルでもあったの?」
「ええ、昨日、狩りに出た者が、いまだに戻っていないとの報告がありました。なに、すぐ見つかるでしょう」
しかし、そう言うアーネストの表情には余裕がない。
そこで俺は、思いきって提案してみた。
「それなら俺も捜索に協力しようか? 七王の力を借りれば、捜索も楽になるはずだ」
「い、いえ、殿下にそんなことをしていただくわけにはまいりません。予定どおり、オリンポスへお向かいください」
「別に2,3日遅れても平気だよね? 師匠」
「ええ、問題ありませんよ。アーネスト、ここに殿下が居合わせたのも何かの縁です。人命を優先するためにも、殿下の力をお借りしなさい」
それでもアーネストは迷っていたが、言い合いをしている時間が惜しかったのだろう。
渋々とそれを受け入れた。
「分かりました。お手数ですが殿下、力をお貸しください」
「任せてよ。譲ってもらった剣の借りぐらいは返すから」
その後、アニーとレーネは町に残し、俺と師匠は10人ほどの捜索隊と共に出発した。
行方不明の狩人たちが向かったと思われる狩場に向かいながら、事情を聞く。
ゴルドーという人はアーネストの弟で、アテナイでも屈指の狩人らしい。
その彼と4人の仲間が昨日から行方が知れず、今朝になってようやく情報が上がってきたそうだ。
まあ、アーネストは俺を接待中だったし、下手に情報を伝えれば夜中でも出ていきかねない男なので、その判断は正しいだろう。
半刻ほどで目当ての狩場に着くと、俺はインドラとソーマに周辺を探らせた。
インドラはその鼻と耳で周囲を探り、ソーマは地下に潜って地上の気配を探る。
しばらくは手がかりも見つからなかったが、やがてインドラが血の臭いを嗅ぎつけた。
臭いを頼りに捜索を進めると、無残な遺体が見つかった。
すでに散々食い散らかされたようで、ほとんど骨と衣服の残骸しか残っていない。
「少なくとも1人はここでやられたようだな。それにしても、見たことのない足跡だ」
「そうだね。ちょっと巨足鳥に似てるけど、同じじゃない」
足跡からすると、ビッグフットのように2本足で歩く魔物のようだ。
さらにインドラの案内で血の臭いをたどっていると、彼から念話が入った。
(どうやらこの先に、生存者がいるようだニャ。ただし得体の知れない魔物もその場にいるニャ)
その情報をアーネストに伝える。
「どうやらこの先に、生存者がいるらしい」
「なんですと! すぐに救出に向かいましょう」
「待って、どうやら魔物に囲まれてるみたいだ。このまま進むのは危険だから、アフィは様子を見てきてくれないか?」
「いいわよ。ちょっと偵察してくるわね~」
気配を断ったアフィが、魔物の方へ飛んでいく。
やがて彼女が戻ってきて、状況を教えてくれた。
「インドラの言うように、2人のエルフが木に登ってたわ。2人とも魔物に追い詰められて、木の上で夜を越したみたい」
「そうか、ゴルドーは生きていたか……」
それを聞いたアーネストが、ホッと息をつく。
「よかったな、アーネスト。それでアフィ、魔物はどんなのだった?」
「えっとね、たしか殺戮小竜って呼ばれる魔物で、2本足で歩くトカゲみたいなやつ。背丈はワルドぐらいだけど、鋭い爪と牙を持ってるわよ」
「キラーラプトルとは、かなり厄介な魔物ですね」
「師匠、知ってるの?」
「ええ、昔、軍にいた時に見たことがあります。狂暴なわりに知能も高く、非常に危険な魔物です。何匹いましたか? アフィさん」
「10匹くらいはいたわ」
そんなのが10匹もいるなんて、大変な話だ。
これは油断してられないな。
「アーネスト、キラーラプトルがいると分かった以上、肉弾戦は危険だ。なので前に出るのは七王だけにして、俺たちの護衛に当たって欲しい。俺と師匠は魔法で攻撃をするから」
「はい、この身に代えてでも、殿下をお守りいたします」
「頼むよ。それじゃあ、前進しよう。アフィは先行して情報をくれ。インドラは周辺を警戒」
周囲を警戒しながら前進すると、やがて少し開けた場所に出た。
少し先に大きな木が立っていて、樹上に2人のエルフが見える。
その木の周囲には、10匹ほどの魔物もいた。
後ろ足で立って歩くトカゲのようなやつで、あれがキラーラプトルなのだろう。
すでにこちらの存在に気づき、警戒を強めている。
「インドラ、ラプトルは全部で何匹いる?」
(見えるのとは別に、さらに10匹以上いるニャ。まるで我らを待ち受けていたみたいだニャ)
「なんてこった。見えない範囲で、さらに10匹もいるらしい。正直、かなりヤバいと思うけど、どうする?」
「ゴルドーたちを見捨てるわけにはまいりません。私が先頭に立って、突っ込みます」
するとアーネストは剣を抜き、止める間もなく駆けだした。
仕方ないので、残りの者も彼に続いて突っ込んだ。
するとラプトルが引き下がったので、俺たちはあっさりとゴルドーたちの下までたどり着く。
「ゴルドー、俺だ。迎えに来たぞ」
「あ、兄貴。わざわざ来てくれたのか。助かった……今下りていく」
すぐに2人の男が、滑り落ちるように下りてきた。
「無事だったか、ゴルドー、クライン。他の奴らは?」
「……面目ねえ、兄貴。逃げるのに必死で、はぐれちまった。たぶんやられてるだろう……」
そう言ってうなだれるゴルドーは、アーネストによく似たライアスの男だった。
しかしよほど怖い思いをしたのか、ひどく憔悴している。
無事に彼らと合流できたことに安堵していたら、師匠から凶報がもたらされた。
「皆さん、どうやら我々はすっかり囲まれてしまったようですよ……ずいぶんと狩りに慣れた魔物ですね」
インドラに確認すると、たしかに囲まれていた。
ひょっとして俺たちは、まんまと誘い込まれたのか?
どうやら奴らを殲滅する以外、生き残る道はなさそうだ。