34.森林都市アテナイ
森林都市バラスの有力者を集めたお披露目の場で、俺は自らの出自を明かし、盾と七王を披露した。
幸いにもお披露目は大成功で、俺は友好的な雰囲気で迎えられた。
一部の者が興奮して、ちょっと騒々しかったが、それもやがて治まる。
その後、お茶を飲みながら、今後の方針を話し合った。
「それで、我々は今後、どのように動けばよいのでしょう?」
バラスの官僚を束ねるリカルドが方針を問うと、師匠がそれに答える。
「殿下は今後、アテナイとオリンポスでもお披露目をするので、その間に準備を進めてください。具体的には自警団の増強、精霊術師候補の選抜、そして食料の備蓄ですね」
「待ってください。一般の民には、殿下のお披露目をしないのですか?」
ここで自警団長のサイードが異議を唱える。
ジブスに絡んでいた、あの暑苦しい男だ。
「まだ全体の足並みが揃わない段階でのお披露目は、時期尚早でしょう。どこに帝国のスパイがいないとも限りませんし」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「焦るな、サイード。ガルドラ様のおっしゃるとおりじゃ。今はまだ密かに行動し、足元を固める時であろう」
なおも食い下がろうとするサイードを、ジブスがたしなめた。
「ジブスの言うとおりです。今は静かに足元を固めましょう。それと精霊術師候補の選抜ですが、精霊との親和性が高い者の他に、魔力量の多い者も探してください」
「それはどういうことでしょうか? 魔力量の多寡など、今まではさほど問題にされていませんでしたが」
この都市で精霊術師をまとめるグウィンが、怪訝な顔をする。
従来は精霊と交信できるかどうかが重要だったので、魔力量など気にされていなかったのだ。
「実はこちらにいるレーネさんのおかげで、”精霊魔術”という新魔法が開発されました。これは精霊界への経路接続のみを精霊に頼り、その後の魔法は術者が行使するというものです。これは精霊術よりも短期間で習得できる可能性が高いのですが、より多くの魔力を必要とします。逆に言えば、精霊との交信能力が低くても、魔力さえあれば新たな魔法戦力になり得る、ということです。そのため今後は、精霊魔術の使い手を重点的に育成したいと考えています」
「なんと、新たな魔法を開発されたのですか? しかもハーフエルフの少女が?」
レーネの耳はエルフより短いので、簡単にその素性は察せられる。
そして多くのエルフにとって、ハーフエルフは侮蔑の対象だ。
そんなグウィンの言葉を、師匠がたしなめる。
「ハーフエルフだからこそ、精霊魔術に適合できたのです。今後はハーフエルフの魔法使いが増えるでしょうから、差別するような発言は控えてください」
「ハ、失礼を致しました……しかし、魔法戦力が増えるというのは、喜ばしいことですな。ところで魔力量は、どのように判断すればよいので?」
「とりあえず体の大きな者や、小魔術を多く使える者を選抜してください。最終的な適正は、光王様が判断してくれます」
「心得ました」
その後も昼食を挟んで細かい内容を詰めたり、都市の状況を確認しているうちに夕刻となり、会議はお開きになった。
その晩は要人と夕食を共にし、親睦を深めた。
俺は七王の盾を解放するまでの苦労を語り、バラスの人々は14年前の敗走から都市を築き上げるまでの苦難を語った。
互いにエウレンディア再興に向けて努力することを誓い、バラスの夜は終わる。
翌日は森林都市アテナイへ向けて旅立った。
アテナイはバラスよりも大魔境に近いため、魔物の密度はさらに上がる。
常に魔物の脅威にさらされている関係で、アテナイには屈強な獣人種が多く住んでいた。
そのため特に尚武の気風が強く、市長を務めるアーネストを始め、ガチガチの武人が揃っているらしい。
そんな話に少し嫌な予感を感じつつも、俺たちは4日目の昼にアテナイの門をくぐり、市長の邸宅に案内された。
「これはこれは、賢者ガルドラ。引き籠るのが大好きな貴殿が、わざわざこのアテナイまで足を伸ばすとは珍しいな」
そう言って俺たちの前に現れたのは、俺より頭ふたつはでかい獅子人族の男だった。
茶色の髪に青い瞳を持つ壮年の男で、顔の造りは悪くない。
屈強な筋肉に覆われた体はいかにも武人らしく、学者肌の師匠を小馬鹿にした態度を、隠そうともしていなかった。
「久しぶりですね、アーネスト。お察しのように重要な話がありますので、人払いをお願いできますか」
「またぞろ、陰謀でも企んでおいでかな? まあいい、サルディナ以外は席を外せ」
彼がそう命じると、怜悧な印象の狐人族の女性を除き、全てが退室した。
「それで、一体どういう話だ?」
「あなたには伝えていませんでしたが、実はエウレンディア王家には生き残られた方がいます」
「なん、だと? 貴様、14年前に王家の直系は途絶えたから、傍流を探して王に据えると言っておったではないか!」
青筋を立てて怒るアレスが、ばかでかい声で師匠に詰め寄る。
今にも殴り掛かりそうな勢いだが、師匠は平然とそれを受け流した。
「あの時はそう言いましたが、実は近衛戦士長のアハルドが、ヴィレルハイト王の継嗣を王城から救出していたのです」
「ふざけるな、貴様っ! それが本当なら、すぐにでも王国を再興できたではないかっ!」
「そんなことができるはず、ないではありませんか。あなたがそんなだから、知らせずにおいたのです」
「きっさま~、この俺を愚弄するか? 事と次第によっては、生かして返さんぞ!」
とうとうアーネストが剣を抜いた。
なんて血の気の多い男だろうか。
そりゃあ、師匠が知らせたくなかったのもよく分かる。
「落ち着いてください、アーネスト。これでは殿下を紹介できません」
「ぐぬぬぬぬっ。覚えておれよ。まずは殿下を紹介しろ」
「はい。それでは改めて、こちらがワルデバルド殿下になります」
師匠に紹介されたので、一歩前に出て挨拶する。
「始めましてアーネスト市長。私がワルデバルド・アル・エウレンディアです」
「むっ、お初にお目に掛かる。しかし王たる者、無闇に頭を下げるものではありませんな」
俺の態度が気に入らなかったのか、いきなり叱られた。
「しかし私はあくまで王家の末裔というだけで、あなたと主従の関係を結んでいるわけでもありません。現状では、こんなものでしょう」
「何を情けない。栄光あるエウレンディアの王族であれば、全てを従えさせるくらいの気概を持たずして、なんとします!」
アーネストが拳を握り、つばをまき散らしながら主張する。
うわ~、こいつ、面倒臭い奴だな。
そう思っていたら、師匠が助け舟を出した。
「落ち着きなさい、アーネスト。殿下が自身の出自を知ってから、まだひと月程度なのですよ」
「何だと、ガルドラ! 貴様、殿下に王としての教育をしておらんのかっ?」
「公に王として育てようものなら、あなたのような人に担ぎ出されてしまうではありませんか。もちろん、王族にふさわしい知識や見識は、ある程度身に着けてもらっていますよ」
「フンッ、それにしては、あまりにも貧弱に見えるがな」
鼻を鳴らして感想を述べるが、とても王族を前にして言うような言葉ではない。
どうやら彼は、俺のことが気に入らないらしい。
「相変わらず上辺だけで判断するのは、あなたの悪い癖ですよ。それならば一度、殿下と立ち会ってごらんなさい」
「ちょっ、師匠、いきなり何言ってんの?」
「ほほう、殿下は見かけにはよらんと言うのか? よかろう、そのお力、見せていただこうではないか」
師匠の挑発に、アーネストが嬉々として応じる。
あかん、完全にスイッチが入ってしまった。
こんな、ケンカ大好きな筋肉ダルマを挑発するなんて、何ちゅうことをしてくれるんだ。
そんな俺の抗議もむなしく、裏庭でアーネストと立ち会いをすることになった。
しかも刃をつぶしてあるとはいえ、実剣での勝負だ。
さっそく筋肉ダルマが、凄い勢いで大きな剣を振り回している。
「師匠っ! 俺を殺す気かよ?」
「ワルドの実力なら大丈夫ですよ。何も剣だけで勝負する必要はないのですから、がんばってください」
あまりにも無責任な言葉で送り出され、俺はアーネストと対峙する。
「それでは今からアーネストと殿下の立ち合いを始めます。ルールは魔法を含めて何でもありですが、命を奪うことのないように」
ひどく適当なルール説明の後、立ち合いが始まった。
開始の合図と共に、鋭くアーネストが斬り込んでくる。
唸りを上げて迫る剣を横に飛んでかわすと、すかさず剣が切り返される。
俺はそれをかろうじて剣で受け流し、いきなりの窮地を脱した。
あっぶねえ~。
マジで命取りにきてんじゃねえか、こいつ?
王族を相手にしてることすら、忘れてんじゃないだろうか。
その後も容赦ない猛攻をしのぎながら、俺は逃げ回った。
一撃でも食らえば骨折を免れないような攻撃を、必死に回避する。
するとアーネストは疲れも見せず、むしろムキになって斬りかかってきた。
そんな、必死の攻防を繰り返しているうち、ふいに不思議な感覚を覚えた。
アーネストの剣筋はとても鋭く、一瞬の気の緩みも許されないのは事実だ。
しかしそんな中で俺は、徐々に余裕を取り戻しつつあった。
これほどの剣士を相手にしながら、なぜそんなことが可能なのかと考えていて、ふと思い当たる。
そうか、アーネストの剣は、普段俺が相手にしているじっちゃんよりも素直なのだ。
じっちゃんは元近衛戦士長であり、歴戦の勇士だ。
その剣は豪快なだけでなく、変幻で自由自在。
それに比べればアーネストの剣は、力任せで意外性に欠けた。
やがて疲労して勢いが鈍ったところで風弾を叩きつけると、アーネストが吹き飛ぶ。
すかさずそれを追って首元に剣を突きつけると、こう言ってやった。
「これで少しは、認める気になった?」