32.精霊魔術の目覚め
隠れ里でのお披露目に伴い、アフィが住民の精霊契約を支援した。
その結果、新たに300人近い精霊術師が誕生することになる。
人口が千人程度のこの里には従来、10人ぐらいしかいなかったのだから、一気に30倍増だ。
魔法適正の高い者を集めていたという師匠の言葉も、あながち間違いではなかったらしい。
ところで、残りのエルフにはもう契約の見込みがないのかというと、そうでもない。
今回、アフィが使った光魔法は、精霊との交信能力に乏しい者には効果がなかった。
しかし彼女には、接触することで感覚を共有するという手段がある。
レーネが火精霊と契約した時に使った技だな。
この手を使えば、ほぼ誰にでも精霊を感じられるので、適性があれば契約できるはずだ。
なので今後は適性の高そうな者から順に、紹介していく形になる。
もっともアフィの体はひとつだし、一気に新人だけ増えても精霊術を教える手が足りない。
なのでまずは新人を育成しながら、徐々に契約者を増やしていこうって話になっている。
そんな状況で俺たちは、師匠の要望で魔法の実験をしようとしていた。
「なあ、師匠。俺たちはとりあえず魔法使えるから、他の新人を見た方がよくないか?」
「新人は他の術師に任せておけばいいのですよ。それよりも私は、ワルドとレーネさんの魔法が見たいのです。特にレーネさんは、今までにないタイプですからね」
期待の目を向けられたレーネが、自信なさ気に尋ねる。
「私の魔法って、そんなに変わってますか?」
「それはもう。魔術を身に着けたうえで精霊と契約できた方は、私の知る限りあなたが初めてですからね」
「へー、そうなんだ。たしかに魔術が使えれば、精霊術を新たに身に着けようとは思わないかな」
「いいえ、そもそも単人族が魔術を編み出したのは、精霊との交信能力が乏しくて、精霊術が使えなかったからなのです」
俺の思い違いを、師匠が訂正する。
「あ~、そういえばそうか。それなら逆に、精霊術師が魔術を習うことはないの?」
「実は以前、私も魔術を身に着けようとしたことがありました。しかしヒュマナスとは魔力の特性が異なるせいか、どうやっても自力で精霊界の経路を開けなかったのです」
精霊術にしろ魔術にしろ、魔法を行使するには、精霊界とのパスを開いて、そこから元素を引き出す必要がある。
そして精霊術は精霊にパス開放と魔法制御をお願いするのに対して、魔術はどちらも自分でやらねばならない。
おかげで精霊術は魔力の消費が少ない代わりに、精霊を介する分だけ行使スピードや精度に劣る傾向がある。
逆に魔術は魔力をバカ食いする代わりに、行使スピードや精度に優れる、というのが一般的な認識だ。
もっとも、精霊術は熟練するほどスピードや精度が高まるので、上級の精霊術師は魔術師を圧倒する傾向にあるとか。
「師匠にできないんだったら、たぶんエルフでは誰にもできないよね」
「それは分かりませんよ。現にレーネさんは精霊術と魔術を両立しているではありませんか。彼女の魔法から、何かヒントが得られるかもしれません。それではレーネさん、今度は精霊術を見せてもらえませんか?」
「分かりました。拙い技ですけど、やってみます」
そう言ってレーネが、精神集中に入る。
『我は、火精に、願う、いと猛き、炎よ、我が拳と、なりて、かの敵を、焼きつくし、たまえ。炎弾』
相変わらずたどたどしい呪文詠唱だが、無事に火の玉が生まれ、狙った岩に当たって砕ける。
「ふむ、ちゃんと発動はしましたが、無駄が多いようですね。今度は私の言うようにやってみてください」
それから師匠がいくつかレーネに指示を出し、精霊術の改良を試みていた。
しばらくするとそれなりに形になったらしいので、横から見物する。
『我は火精に願う、いと猛き炎よ、我が拳となりてかの敵を焼きつくしたまえ。炎弾』
呪文もスムーズになり、さっきより大きな火の玉が放たれる。
その魔法は初心者にしては立派なものだったが、レーネの消耗が激しいように見えた。
「なあ、アフィ。この間、レーネが精霊とうまく同調できてないって、言ってたよな?」
「ええ、今も精霊の動きに干渉して、無駄な魔力を使ってたわね」
それを聞きつけたレーネが、敏感に反応した。
「私、干渉してましたか? 全然そんなつもりないのに、どうすればいいんだろう……」
「なるほど、なまじ魔術の経験があるために、無意識に魔法を制御しようとして干渉が発生するのですね……これは時間を掛けて、意識を変えるしかないのか……いや、それではせっかくの魔術の才能を殺してしまう……」
予想外の障害発生に、師匠が顎に手を当てて考え込んでしまった。
レーネも落ち込んでいるようなので、思いついたことを口にしてみる。
「なあ、アフィ。無理に精霊に魔法を使わせるんじゃなくて、協力してやることはできないのかな?」
「それはちょっと難しいんじゃない? いかに自我のある中位の精霊といったって、それほど器用じゃないもの」
「う~ん……それなら、サラマンデルにはパスだけ開いてもらって、あとをレーネが引き継ぐってのはどうだ?」
何気なくアフィと交わしていた言葉に、師匠が食いついた。
「その手がありましたかっ! さすがワルド。魔法歴が浅いだけあって、発想が自由ですね」
「それって、微妙に貶してない?」
「そんなことはありませんよ。レーネさん、パスの開放だけサラマンデルにお願いして、そのあとは自分で魔術を行使できませんか?」
「えっ、そんなのどうやってやるんですか?」
「パスを開くだけなら、『開扉』と唱えればいいはずです」
師匠の指示に従い、レーネがサラマンデルと同調しつつ、古代エルフ語の呪文を唱える。
『開扉』
しかし何も変化は起こらず、師匠が落胆の色を見せる。
「むう、これではダメですか?」
「ちょっとちょっと、ガルドラ、そんな前例の無いこと、精霊に理解できるはずないじゃない。とりあえず私が通訳してあげるから、どうしたいのか教えなさいよ」
「それもそうですね。それではアフィさん、お願いします」
その後、師匠とレーネの考える魔法のイメージを、アフィがサラマンデルに伝えた。
そして何回か試行錯誤した末に、とうとう新しい魔法が実現する。
「『開扉』……我が意志に従いて、かの敵を打て。炎弾!」
それは普段、レーネが使う魔術と遜色ない威力の炎弾に見えた。
「やったな、レーネ。ただの思いつきを実現させるなんて、大したもんだよ」
「そ、そんなことないよ……アフィやガルドラさんに、助けてもらったから」
まだどこか自信なさげなレーネを、師匠が絶賛する。
「いえいえ、こんなに短時間でものにするなんて、大したものですよ。やはりレーネさんには才能があるのでしょう。それで、魔力の消費はどれくらいでしたか?」
「あ、ありがとうございます。魔力はなんとなくですけど、普通の魔術の半分くらいで済んでる感じです」
「それはすばらしい。魔術はパスを開くのに大きな魔力を使いますからね。半分で済むなら単純に火力が2倍になったようなものです。行使スピードや精度はもっと上げられると思いますから、今後はそこに主眼を置いて練習を続けてください」
「はい、分かりました!」
新たな力を得たことに、レーネが顔を輝かせていた。
彼女はさらに術に磨きをかけようと、練習を続ける。
そんな光景を微笑ましくみていたら、師匠が話しかけてきた。
「ふう、予想以上に上手くいきましたね。やはりレーネさんの才能には、目を瞠るものがあります」
「うん、大したもんだね。ところで師匠は、この魔法を使って何か狙ってるんじゃない?」
その問いに、師匠が嬉しそうに答える。
「分かりますか?……この魔法、とりあえず”精霊魔術”としておきますが、これを魔法戦力の底上げに使おうと思っています」
「それはハーフエルフに精霊魔術を使わせるってこと?」
「それもありますが、純粋なエルフの中にも、精霊魔術に向いた者がいるのではないか、と考えています」
「あー、なるほど。精霊術を使いこなすほどの交信能力がなくても、パスさえ開けば魔法が使える人もいるかもしれないね」
精霊術を使いこなすには、やはりそれなりの交信能力がいる。
そのうえでしっかりと同調して、精霊にイメージを伝えなければいけないのだ。
しかし、そこに魔術の手法を絡めれば、より多くのエルフが魔法を使えるかもしれない。
あくまで仮定の話だが。
「フフフ、ワルドも魔法を使うようになって、ずいぶん理解が深まりましたね」
「アハハ、そうだね。実際に使うまでは分からなかったことが、今はいろいろと理解できてきてるかな」
以前から師匠には、魔法について勉強させられてきた。
生活魔法すら使えない時にはそれが嫌で仕方なかったのだが、ここに来てそれが役立っている。
今は自分で試せるので、日々知識が身になっている感じだ。
「当面は精霊術師の育成に力を注ぎますが、何人か精霊魔術向きの者を選んで訓練しましょう。その時は頼みますよ、アフィさん」
「まっかせといてよ。魔力は多いけど、交信能力が弱い人を選べばいいんでしょ。触れればなんとなく分かるから、教えてあげるわ」
「よろしくお願いします。ちなみにワルドは、味方にできそうなハーフエルフに心当たりがありませんか?」
「うーん……ハーフエルフは純血主義者に疎まれてるから、たぶん国外にいるよね。ダリウスさんに探してもらえば、見つかるかもしれないな」
ハーフエルフは純血を好むエルフから疎まれる一方で、ヒュマナスからも蔑まれている。
魔法も使えず体力も弱い傾向にある彼らは、社会の底辺での暮らしを余儀なくされ、困窮に喘いでいるって話だ。
「それはいいですね。ダリウスの商会を通して、帝国から移住者を募ってもらいましょう。14年前の敗戦後、ハーフエルフは増えているはずです。王国再興後に彼らの立場を強化するのにも、役立つでしょう」
「うん、相談してみるよ」
国を再興するのなら、使える人材は多いほどいいからな。