31.隠れ里でのお披露目
すぐにもレーネの魔術を研究しようとする師匠をなだめ、とりあえず家の中へ戻った。
そして改めて、今後のことについて相談する。
「俺たちはこの後、ダリウスさんの伝手で情報収集をするつもりだけど、師匠はどう考えてるの?」
「とりあえず明日の朝、里の住民を集めて、ワルドの素性を公表したいと思っています」
「えっ、いきなり? 俺が王子だったなんて聞いたら、みんな驚くんじゃない?」
「当然でしょう。しかし七王の盾を解放したワルドなら、納得させるのも容易です」
他人事のように簡単に言われ、ちょっとムッとする。
それを見た師匠が、俺の心情を言い当てた。
「今まであなたを馬鹿にしてきた者たちの存在が、許せませんか?」
「……よく分からないけど、すぐには仲良くできないかな」
すると師匠が、ため息をつきながら言う。
「ハア……別に無理に仲良くする必要はありません。しかし今後、手足となって働く者は、多いほどいいのです。この里の住民すら納得させられなければ、王国の再興など夢のまた夢ですよ」
「……それはそうだけど、どんな顔してみんなの前に出ればいいのか、分からない。それにジョズみたいな奴らは、そう簡単に納得しないだろうし」
「フフフッ、同年代の者は特に辛く当たっていましたからね。しかしそこは、圧倒的な力の差を見せつけておやりなさい。そのうえで、慈悲を与えればいいのではないですか」
「そうは言われてもさ、そう簡単に許せるかどうか、自信がない。物心ついてからこっち、ずっと馬鹿にされ続けてきたんだから」
そこへアフィが能天気に割り込んできた。
「それならワルド、精霊との契約で選別したらどう?」
「それって、どういう意味だよ?」
「そのお披露目の場で、また私が精霊との契約を支援するの。だけどワルドに敬意を持たない人は、契約できないようにすればいいわ」
「そんなこと、できるのか?」
「ええ、”ワルドに忠誠を”って言葉を唱えさせて、実の伴わない人には、精霊が近寄らないようにすればいいのよ。私の方で指示を出すわ」
それを聞いた師匠も、大乗り気だ。
「それはいいですね。この里には魔法の才能がありそうな者が集まっていますから、いずれ精霊との契約を進めるつもりでした。そのついでにワルドへの忠誠が得られるなら、一石二鳥です」
「そんなにうまくいくかなぁ?」
「たぶん大丈夫よ。任せときなさい」
結局、アフィの案が取り入れられることになった。
まあ、俺を嫌ったり馬鹿にしてる奴らが困る話なので、俺にとって損はない。
あまりやりすぎると逆恨みされそうなので、うまいこと人気取りをする必要はありそうだが。
翌日、配給所前の広場に、住民が集められた。
そこへ師匠と共に俺が現れると、心ない奴らの声が聞こえてきた。
「なんか重大発表らしいけど、なんで能無しがあそこにいんの?」
「ププッ、能無しのくせに、ガルドラ様の威を借りてるところが痛いよね」
「でもアニーちゃん、相変わらずかわいいよな」
「あのダークエルフの子も、なかなかいいぜ、ハア、ハア」
「やめろよロリ○ン……」
なんか変態も混じってるようだが、こんなことを言ってるのは、だいたい俺をいじめてきた奴らだ
表面上は平静を装ったが、俺の感情が波立つ。
住民のほとんどが集まると、師匠が語りはじめた。
「朝早くから集まってもらい感謝します。しかし今日は、皆さんに朗報があるのです。実は最近、七王の盾が復活しました」
最初、その意味を即座に理解できなかった住民が、徐々にざわついていく。
やがて1人の男が、手を挙げた。
「ガルドラ様。七王の盾は、14年前に王族と共に失われたと聞いております。その情報に、何か間違いがあったのですか?」
「たしかに盾は失われましたが、王家の血統は途絶えていなかったのです」
その言葉に、大きなどよめきが湧き起こる。
そしてさっきの男が、続けて問いを放った。
「ガルドラ様、まさかそこにいるワルドが、王族だとおっしゃられるのですか?」
「そのとおりです」
その瞬間、群集の声が沸騰した。
「嘘だあっ! なんで能無しが王族なんだ~!」
「よりによって能無しが王族だなんて、ふざけんなあ!」
「ガルドラ様ともあろう方が、なんと程度の低い冗談を。悪ふざけも、いいかげんにしていただきたい!」
「!!!!!!」
「!!!!」
凄まじい罵声が、俺と師匠に浴びせられた。
ある程度予想はしていたものの、想像以上に反発が大きい。
それはまるで、俺を貶めることで保っていたアイデンティティを、取り戻そうとしているかのようだ。
いつまでも止まない罵声に、とうとう俺はキレる。
「うるせーっ! 静かにしやがれぇ!」
精一杯の大声と共に、風弾を足元の地面に叩きつける。
ズバンッ! という爆音に驚いた住民が、ようやく静かになった。
「いいか、てめえらぁ! 都合のいいことばっか言ってないで、これを見ろぉ! これが、七王の盾だっ!」
左手を掲げた瞬間、ガシャンという音を立てて盾が展開し、黄金色に輝きはじめる。
同時に七王が召喚され、俺の周囲に眩い召喚光があふれた。
そして俺の周囲に現れた七王の姿に、群衆が息を呑む。
アフィは俺の肩に座っており、シヴァは俺の斜め後ろで剣を地面に突き立て、周囲を睥睨していた。
その横ではガルダが大きな翼を広げ、ナーガは鎌首をもたげている。
さらにインドラとソーマ、アグニが低い唸り声を上げ、周囲を威嚇した。
「「「な、七王……」」」
七王を見たことのある年配のエルフたちが、驚愕の声を上げる。
やがて最前列の住民がひざまずいて頭を垂れると、その動きがどんどんと後列へ広がっていった。
訳の分からない子供たちも親に頭を押さえつけられ、全ての住民が俺に向かって拝跪する形になる。
そんな彼らに、師匠がおもむろに話しかけた。
「ワルドの素性を皆に隠していたことを、今ここに謝罪します。このお方こそが、亡きヴィレルハイト王とサリアリーア女王の遺児、ワルデバルド殿下なのです。エウレンディア王家にしか扱えない七王の盾を使いこなすことが、その何よりの証です」
それから師匠は、今までの経緯を説明した。
一度失われた七王の盾を得るには、俺が成人するまで待たなければならなかったこと。
七王の痕跡が血統に染みついている俺には精霊が近寄らないため、生活魔法すら使えなかったこと。
むやみに俺の出自を明らかにすると、無謀な反乱や七王の盾の獲得が懸念されたため、ごく一部の人間にしか知らされていなかったことなどが語られた。
そんな説明の最中、執拗に俺をいじめてきたジョズたちの、青い顔が見えた。
知らなかったとはいえ、王族をいじめていたのだ。
今後の報復を考えたら、明るい気分にはなれないだろう。
俺はみみっちい報復をするつもりもないが、精霊との契約で奴らは不利になる可能性が高い。
それは身から出た錆として、心を入れ替えて欲しいものだ。
状況説明がひととおり終わると、俺にもひと言、求められた。
「今、ガルドラから説明されたとおり、俺がワルデバルド・アル・エウレンディアだ。俺自身、ついひと月前までは出自を知らなかった。しかし今、俺はこうして七王の盾を手に入れている」
ひと息入れながら左手を掲げながら、群集の顔を見渡す。
するといまだに信じられない、といった表情が多く目に入ったので、言葉を続ける。
「この間まで生活魔法すら使えなかった俺が王族とは、いまだに信じられない者も多いだろう。しかし現実に今は、4属性の魔法が使えるようになっている」
俺は立て続けにその場で、風弾、火弾、水弾、石弾を披露した。
それを見た群集の顔が、再び驚愕に染まる。
「もちろん、これは七王の盾を得たからこその力だ。そしてこの盾は俺だけでなく、エルフ全体で精霊術師を増やす可能性を持っている。なぜなら七王の盾には、精霊を呼び寄せ、才ある者との契約を促す力があるからだ」
その言葉に、多くの聴衆が色めき立った。
魔法の才を持つ者が集められているはずのこの里でも、この14年間で精霊と契約できたのはアニーぐらいのものだ。
七王の盾の恩恵に気づいた者たちの目が、期待に輝くのも当然だろう。
「今からこの盾の能力をもって、精霊を皆の前に顕現させる。可能ならば、それらと契約を結べばいい。ただし俺に忠誠を誓えない者に、そのチャンスは無い。別に俺を好きになれとまでは言わないが、しかるべき敬意を払って欲しい」
ここで左手を前に出して盾を水平にすると、アフィがそこへ降り立った。
「私は光王アプサラス。今この広場にはすでに多くの精霊が集まっているから、それを一時的に見えるようにします。”ワルデバルド殿下に忠誠を”と唱えれば、才ある者は契約できるかもしれません。ただし殿下への敬意が足りない場合は、精霊が契約に応じないので、気をつけるように」
その言葉にジョズたちが顔を青くする。
よほど俺に敬意を払う自信がないんだろう。
やがてアフィが集中すると、彼女から不思議な光が広がった。
これは彼女の光魔法で、精霊の可視化を支援する術らしい。
精霊との交信能力に長ける者には、これで精霊が見えるようになる。
これを広範囲に及ぼすのはかなり魔力を消費するので、今は盾を介して俺から魔力を供給している。
一部の住民から、驚愕の声が上がり始めた。
急に精霊が見えるようになって、感激しているのだろう。
さらに”ワルデバルド殿下に忠誠を”と唱えて、契約に成功する者が出はじめた。
その割合は、全体の3割ほどにもなろうか。
しかし当然ながら、ジョスたちの集団は全く契約ができていない。
たとえ精霊が見えても、精霊が応じてくれないからだ。
ザマーミロ。
ひととおりの契約が終わったと見て、アフィが光魔法を打ち切った。
それを見て師匠が、厳かに語る。
「今ここに、多くの精霊術師の卵が誕生しました。その者たちは今後、各々の師について精霊術の腕を磨きなさい。そして残念ながら今日、契約に至らなかった者も、諦めるには尚早です。後日、再挑戦の場を設けるので今後も研鑽を積むように。そして我らを導くワルデバルド殿下と、七王の盾に感謝を」
締めの言葉に従って、俺を称える声が上がりはじめた。
「ワルデバルド・アル・エウレンディア、神に愛されし我らが王よ。御身の叡智と力もて、この地上に神の恵みを施したまえ」
その声は何度も繰り返され、広場中に響き渡る。
かつて向けられたことのない敬意と称賛の声に、俺は逃げだしたくなった。
しかしなんとか俺はそこに踏み止まり、王子役を演じ続けたのだ。