28.ダリウスという男
見事に火王アグニを解放した俺たちは、地上へ戻ってじっちゃんに報告をする。
「じっちゃん、やったよ。解放に成功したんだ」
それを聞いたじっちゃんが、涙を流しながらひざまずいた。
「オオッ、おめでとうございます、殿下。これでもう、名実ともにエウレンディアの代表者ですな……ウウッ」
「や、やめてよ、じっちゃん、急にそんな真似。いずれそういうのも必要だろうけど、今はまだ俺たち、家族なんだから」
「フグッ、ありがとう、ございます。グスッ、このような、武骨者に」
「あ~、もう。そういう湿っぽいの、なしなし。めでたい日なんだから、また町へ繰り出そうよ」
「ああ、そうだな……よし、今日は盛大に祝おう」
涙をぬぐうじっちゃんを急かして、俺たちは町へ繰り出した。
そして適当な酒場に入って祝杯を交わす。
「それじゃあ、攻略完了に乾杯っ!」
「「「乾杯!」」」
俺、じっちゃん、アニー、レーネが一気にエールをあおる。
困難な使命を達成したあとの酒は、また格別だ。
「プハーッ……勝利の酒が美味い!」
「本当ね。こんなに美味しいと思ったの、初めて」
「わ、私はお酒、初めてなんだけど、美味しいわ。フウッ」
レーネはまだ成人してないが、保護者がいるから大丈夫。
まあ、それほど飲ませるつもりはないけどな。
「それにしても、本当にこの日が来るとはな……」
じっちゃんが杯を見つめながら、感慨深そうにつぶやく。
「本当だね。だけどまだ盾を解放しただけなんだ。本当の苦労は、これからさ」
「うむ、そうだな。とりあえず、すぐに里へ戻るのか?」
「うん、それも大事なんだけど、例の奴隷商を訪ねてみようかと思ってる」
「ああ、ダリウスか。そうだな、町に協力者がいると、先がずいぶんと楽になる。だが逆に、密告でもされたら厄介だぞ」
するとアフィが盾から出てきた。
「それなら私に任せて。私には相手の言葉が嘘かどうか、分かるのよ」
「本当か? そういえば、妖精は人の嘘を見分けるって、聞いたことがあるな」
「そ。相手の考えが全て分かるわけじゃないけど、嘘をついたら一発よ。だからストレートにぶつかってみなさいよ」
「ああ、そうしてみるか」
その晩はたっぷりと酒と料理を楽しみ、拠点へ戻った。
そして翌日、さっそく例の奴隷商を訪れる。
「いらっしゃいませ……これはお客様。ひょっとしてそちらの奴隷について、何かございましたか?」
「いえ、彼女はよくやってくれてますよ。今日は彼女のような奴隷が他に手に入らないか、話を聞きにきたんです。よければ別室で話を聞かせてもらえませんか?」
「……かしこまりました。こちらへどうぞ」
俺の申し出を警戒しつつも、応接間へ通してくれた。
使用人がお茶を出して下がると、ダリウスが話を促す。
「それで、どのような情報をお求めで?」
「実は、14年前の敗戦で捕らえられたエウレンディアの民を探しているんです。このレーネは、奴隷に落とされたエウレンディアの民から産まれたと聞きました。そしてこちらのお店では良くしてもらった、とも聞いています。ダリウスさんもエルフですから、その辺の事情にはお詳しいんじゃないかと思いまして」
「そうですね。たしかに同胞には良くしてやりたいと思っています。しかしそれはあくまでも、商売が成り立ったうえで、です」
よほど警戒しているのか、慎重な受け答えをする。
しかしここで、じっちゃんが口を開いた。
「たしかその方、ダリウス・コルベント、と言ったかな。エウレンディアでも屈指の豪商だったと記憶している」
するとダリウスの表情が消え、剣呑な雰囲気が漂いはじめた。
「ほう、ずいぶん古いことを覚えておられますな。そういうあなた様は、どなたでしょうか?」
「アハルド・マルグレイブと言えば、分かるかな?」
「なっ! それは王国戦士長の……まさか、本当にアハルド様ですか?」
「フッ、無様に生き長らえて、こうして生き恥を晒しているがな」
じっちゃんが苦笑しながら、事情を語った。
14年前に彼は、とある貴人を逃がすため、特命を受けたのだと。
「そうだったのですか。ところでその貴人とは、どのようなお方で?」
「うむ、それよりもダリウス。おぬしはまだ、エウレンディアの民だと思ってもよいのか?」
「も、もちろんですとも。帝国の陰謀に気づかず、むしろ手を貸すようなことをしていたことを恥じ、1人でも多くの同胞を救いたいと考えております。そのための、この商売でございます」
別にダリウスが帝国に加担していたわけではないのだが、当時の交易促進政策を支持していたダリウスは、それを後悔しているそうだ。
そのため、帝国がエウレンディア領から引きあげるのを見て、彼はこの町へ舞い戻った。
そして私財を投じて冒険者ギルドに働きかけるなどして、町を発展させるよう努力しているのだと言う。
さらに帝国に囚われた同胞の情報を得るため、こうして奴隷商を営んでいるのだとも。
「そうか、本当にそのようなことがあるのだな……ところでダリウス。おぬし、エウレンディアの王族がまだ生きていると言ったら、信じるか?」
「は? エウレンディアの王族は、帝国に皆殺しにされたとうかがっております。あれから14年、全く話が出ないのが、その証拠でありましょう」
「違うのだ。当時、儂が城外へ連れ出したのはヴィルムハイト王の嫡子、ワルデバルド王子だった。しかし七王の盾を失っていた今までは、それを表沙汰にできなかった」
じっちゃんの言わんとすることを察したダリウスが、血相を変える。
「今までは、ということは、まさか取り返したとおっしゃるのですか? そしてそちらにおられる方が、ワルデバルド王子?」
じっちゃんがコクンとうなずき、俺の方を見る。
「殿下、ダリウスに盾を見せてやってください」
「了解」
盾に向かって念ずると、ガシャッと音を立てて七王の盾が展開した。
それまではくすんだ鉛色だった盾が、黄金色に輝く。
さらに盾の中から、アフィがヒュンと飛び出してきた。
「久しぶりね、ダリウス・コルベント」
「こ、光王様?」
アフィを見たダリウスの目が、さらに見開かれる。
「アフィはダリウスを知ってたの?」
「ええ、アハルドに言われるまで気がつかなかったけど、王城で会ったことがあるわ」
そんな話をしているうちに、ダリウスが硬直から復帰する。
そしてボロボロと涙を流しながら、大きな声を上げた。
「おお、まさか、まさか再び、エウレンディア王家と七王の盾を見ることが叶おうとは……このダリウス・コルベント、今まで生きてきて、これほど嬉しいことはございません。よくぞ、よくぞ生き残られました、殿下」
感極まったダリウスの声が、部屋の中に響き渡る。
それは俺たちの困難な挑戦に、新たな仲間が加わった瞬間だった。