26.ハーフエルフの少女3
町で買い取った奴隷のレーネリアは、なんとエウレンディア貴族の血を引いていた。
しかも彼女の父親は、帝国の精鋭”帝国の7剣”の1人だとも。
そんな彼女の母親が帝国で奴隷にされて辛酸をなめたのは、エウレンディア王のせいだと俺はなじられた。
「小さい頃から父親に、エウレンディアの王がどれだけ間抜けだったか、たっぷり聞かされたわ。友好と平和を吹きこむだけで、どんどん国防をおろそかにしていった大ばか者だって。そのおかげで私の母さんは奴隷に落とされたのよ。他にも何十万の国民が路頭に迷ったんでしょ? なのになんであんただけ、のうのうと生きてるのよ! 死んで詫びなさいよっ!」
レーネの口から、痛烈な罵倒が吐き出される。
それは今まで、さんざん無能扱いされてきた俺にとっても、ひどく堪えるものだった。
正直、親がやったことを責められても困る。
しかし彼女の気持ちも分からないではないのだ。
どう言おうか迷っていたら、アニーが俺たちの間に割って入った。
「甘ったれないで!」
パシンッという音を立てて、アニーがレーネの頬を叩く。
「あなたとお母さんが辛い思いをしたのは分かるわ。それはとても、可哀想だとも思う。だけど、なぜワルドを責めるの? ワルドは赤ん坊だったんだし、何より悪いのは帝国じゃない。なのになぜ、ワルドだけを責めるの? おかしいじゃない」
するとレーネも涙を流しながら、反論する。
「そんなの、分かってるわよ。本当に悪いのは帝国や、父親の方だったって……だけど私はあいつらに文句も言えず虐げられ、挙句の果てに売り飛ばされたのよっ! 誰が正しいとかそんなの、もうどうでもいいのよ……殺してよ、もう……」
魂を絞り出すように悲痛な声で、彼女は殺してとつぶやいた。
それを聞いた瞬間、俺は間違ってると思った。
地面に座り込んで泣き続けるレーネの側により、彼女の肩を掴む。
そして彼女の顔をのぞき込みながら、話しかけた。
「レーネが王家を恨む気持ちも、分からないではない。君が望むのなら、王の息子として謝罪もしよう。だけどそれは、なんの解決にもならない。ただひと時の、慰めだ」
「ヒック……じゃあ、どうすればいいって言うのよ? ヒック」
「俺たちが協力して、七王を解放するんだ。そして帝国に戦争を仕掛けて、失われた国を取り戻すんだ。それこそが、虚しく散っていった同胞への、最大の供養になる」
それを聞いたレーネが、あっけにとられる。
何を言われたのか理解できない、といった表情だ。
俺は左腕の盾を掲げて、彼女に見せた。
「これがエウレンディア王家の秘法、七王の盾だ。これがあれば、王国の再建も夢じゃない。ただし全ての力を解放するには、迷宮で試練に打ち勝たねばならないんだ。すでに6つの試練のうち、5つまでは攻略してある」
そう言いながら召喚をすると、シヴァ、インドラ、ガルダ、ナーガ、ソーマが現れた。
ドラゴンのブレスで蒸発したシヴァたちも、しばしの休息で復活している。
ただし今回復活できたのは特例で、迷宮の外では本当に戻れなくなることもあるらしい。
急に現れた王を見て、レーネが驚く。
「な、何よこれ? 本当に七王だって言うの?」
「ああ、正真正銘、本物の七王だ。ただし火王はまだ解放できていない。そのためにはレーネ、君の力が必要なんだ。さっき君が見せたような火魔法がね」
「それって、どういうことよ?」
そこで俺たちは現状をかいつまんで話し、火魔法使いを探していたことを告げた。
「ただしこの迷宮には、普通にアフィを見れるような人しか入れないんだ。それはつまり、伝説のハイエルフに近い存在なんだって。それは俺とアニーの他にもう1人だけいるんだけど、あいにくと火魔法は使えない。だけど俺たちは今日、レーネと出会った。これが偶然であるはずがないよな。たぶん俺たちは、天空の神々に後押しされてるんだ。それなら憎い帝国を討ち倒し、王国を再興できると思わないか?」
「そんなの、あんたの妄想よ。強大なアルデリア帝国には、勝てるはずないわ」
レーネが俺を小馬鹿にするように、そう言った。
しかし俺は諦めない。
「もちろん簡単じゃないさ。だけど俺たちが不屈の意志を持って取り組めば、道は開けるはずだ。少なくとも王族を馬鹿にして腐ってるよりは、やりがいがあるだろ?」
「な、何よそれ。別に私、腐ってなんかないし……とりあえず今日はここまでにして。予想外のことばかりで、戸惑ってるの」
結局、レーネの希望どおりに今日はお開きにすることにした。
たしかにいろいろありすぎて、混乱しているだろう。
翌日、朝食を済ませてから、改めてレーネと向き合った。
ちなみに前髪を分けて、顔を洗った彼女の顔は、とてもきれいだった。
スミレ色の大きな瞳は見ていて吸い込まれそうだし、顔中にあったソバカスも消えている。
今まではスケベ野郎に目をつけられないよう、偽装していたんだそうだ。
「それで、考えはまとまったか?」
「……なんとなく納得がいかないけど、協力するわ。ただし、1人でも多くの同胞を救い出すよう努力するって、今ここで約束して」
「ああ、それはこっちも望むところだ。極力、旧国民は救い出したいと思っている。とはいえ、どれだけの人が生き残っているかさえ、今は分からないけどな」
するとじっちゃんが口を挟んできた。
「それなんだが、ワルド。レーネを売っていたあの奴隷商に見覚えがある」
「へー。面白い偶然だね」
「いや、偶然ではないと思う。あのダリウスは、エウレンディア王国でも屈指の豪商だった。そのような男が奴隷商をしているのだ。それに彼は、商品を大事に扱っているように見えた」
するとレーネも賛同する。
「あっ、それは分かります。あの人、躾は厳しいんですけど、私たちの衣食住には気を配ってくれるし、売り先も気に掛けてたみたいなんです。帝国での取り扱いがひどかったのに比べて、すごく大事にされたから不思議だったんです」
「ふむ、やはりな。あれほどの男がこのような辺境で、ただ奴隷商に甘んじているわけがない。何か思うところがあるのだろう。場合によっては、味方にできるかもしれん」
「思うところって、何?」
するとじっちゃんは首を横に振って言う。
「分からんな。それこそ1人でも多くの同胞を救いたいとでも、考えているのではないか?」
「なるほど。それなら味方になってくれるかもしれないな……」
ダリウスについては後日考えることにして、今度は七王の話に入る。
「それでアフィ、レーネを戦力化するには、どうすればいいんだ?」
「そうね。まずレーネは、どれくらい魔法が使えるの?」
すると彼女が戸惑いながら説明する。
「えっと、私は父親が帝国の大魔術師だったので、小さい頃から魔術を叩き込まれたの。だけど……私は体力がないから、せいぜい第2階梯の火魔法を数回使うと、へばっちゃうわ」
「へー、魔術には体力がいるんだ?」
「うん、魔術は自分で精霊界の扉を開いて、さらに術の行使までやるから、魔力がたくさんいるの。そのためにはより多くの体力が必要なんだって」
よく分からなかったので、アフィにも聞いてみた。
「そんなもんなのか?」
「必ずしもそうじゃないんだけど、考え方は間違ってないわ。器が大きければ、魔力も多く蓄えられるもの。でも実はレーネは、膨大な魔力を持っているわ。ただし単人族用に開発された魔術には向いてないだけ。とりあえずレーネにも、精霊と契約してもらいましょう」
そう言うとアフィがレーネの周りを飛び回り、何やら調べていた。
やがて納得できる結果が出たのか、説明を始める。
「レーネは火属性の痕跡が強いから、火精霊と契約できると思うわ。とりあえずサラマンデルを呼び出すために、火を熾してくれない?」
「了解。それじゃあ、かまどの火を使おう」
俺は調理用のかまどの所へ行って、まだ残っていた種火を大きくした。
そのままアフィと感覚を同調させてしばらく待っていると、炎のような薄衣をまとった女性型の精霊が現れる。
あれがサラマンデルなのだろう。
「うん、来たわね。彼女がレーネと契約してくれるか、聞いてみるわ」
しばしサラマンデルと話した後、彼女が満足気に振り向いた。
「うん、契約してもいいって。それじゃあ、今から見せるから契約を試してみて」
今度はアフィがレーネの肩に乗り、契約を促す。
これは精霊が見えないレーネにアフィが触れ合うことで、感覚を共有しているのだ。
俺の場合は盾でつながってるから、離れていても感覚を共有できるけどな。
やがてサラマンデルを認識したレーネが、契約を試みる。
最初は戸惑っていたようだが、やがて彼女の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
「契約できたのか?」
「うん、サラマンデルが契約してくれたよ。私が精霊と契約できるなんて、夢みたい。だけど、精霊術ってどうやればいいのかな?」
「それは私が教えてあげるわ。少し鍛えれば、火王を解放できるようになるでしょ」
その後、アフィの指導で、レーネが火属性の精霊術を練習する。
『我は、火精に、願う、いと猛き、炎よ、我が拳と、なりて、かの敵を、焼きつくし、たまえ。炎弾』
やがてたどたどしい呪文ながら、なんとか火魔法を実現できるまでになった。
しかし大した術でもなかったわりに、レーネはひどく消耗しているように見えた。
「なあ、アフィ。レーネがひどく消耗してるみたいだけど、何が悪いんだ?」
「うーん、魔術の要領でやろうとするから、精霊とうまく同調できてないんだと思う。それでよけいに魔力を使ってるのね」
「ふーん、そんなんで、火王を倒せるのか?」
「とりあえず火属性があれば、なんとかなると思うわよ」
「そうか。なら早く、解放したいもんだな」
これで火王の解放も、グッと現実的になったな。