25.ハーフエルフの少女2
町で買い物をしていたら、アフィが奴隷商でハイエルフのような気配を感じると言いだした。
半信半疑で店に入ってみたら、本当にアフィを認識できるダークエルフの少女が見つかる。
しかも彼女は火魔法が使えるというのだ。
「それ本当? それなら購入を考えてもいいな。だけど、体が弱いんだっけ?」
「はい、たまに気分が悪くなったり、熱を出して寝込んだりします」
レーネリアは、大したことのないように言った。
自分を売り込むつもりなど全くなく、まるで買ってもらわなくてもいいとでも言いたげだ。
どうしようか迷っていると、アフィが再びささやいた。
「ワルド、買っちゃいなさいよ。体調はなんとでもなるわ」
「そうか? それじゃあ、買うか」
それを聞いたレーネリアが、ひどく驚いた顔をする。
まったく予想してなかったって表情だ。
「えっ、本当に買うんですか?」
「ああ、買うよ。何か不都合でもあるの?」
「い、いえ、別に……」
何やら煮え切らない返事を聞いたところで、さっきの店員とダリウスが入ってきた。
「あ、この子、買います」
「それはようございました。少々体調が不安定ですが、それはご承知のうえですよね?」
「もちろんです。お金は足りるよね? じっちゃん」
「ああ、大丈夫だ」
今まで手に入れた魔石をお金に換えているので、俺たちの懐はそれなりに温かい。
しかもじっちゃんもリムルと一緒にギルドで稼いでいるので、これぐらいは払えるはずだ。
「それじゃあ、購入で」
気軽にそう伝えたら、ダリウスがこちらをじっと見つめてくる。
なんの真似かと戸惑っていたら、彼が口を開いた。
「承知致しました。ぜひこの者を、かわいがってあげてください」
何やら意味ありげなことを言われたが、その後の手続きは順調に進んだ。
まず書類をやり取りしてから、彼女の首に付いた隷属の首輪に俺の血を与える。
それからダリウスが呪文を唱えると、首輪がキュッと締まって契約が成立した。
これで彼女が俺の命令に逆らったり、俺を害そうとすると首輪が締まり、苦痛を与える仕組みだ。
自分の命を断つなどの理不尽な命令には抵抗できるらしいが、下手に逆らえばそのまま死んでしまうほどの危険な道具、なんだそうだ。
俺たちはレーネリアの服や身の回り品を揃えると、さっさと王城跡へ戻った。
いきなり廃墟へ連れてこられた彼女は怪しんでいたが、黙ってついてきた。
そして夕食を済ませてから、彼女を囲んで話を始める。
「さて、レーネリア。いや、少し長いからレーネと呼ぼうか。構わないよな?」
「別に構いません」
「そうか。それでレーネ。俺たちは今、ここで迷宮を攻略している」
すると、レーネが訝しそうな顔をする。
「こんな廃墟に迷宮があるんですか? 聞いたことありませんけど」
「それがあるんだ。ただし、誰でも入れるってわけじゃない。今は俺とこのアニーしか入れない」
それを聞くとさらに怪訝な顔になったが、とりあえずそれは脇におくことにしたようだ。
「そうですか。しかしだからといって、私に何をさせるつもりですか? 私は非力なハーフエルフで、何もできませんよ」
「いいや。どうやら君には、この迷宮に入る資格があるらしいんだ。このアフィがそう言ってる」
「そうよ、私がワルドに勧めたの」
アフィがそう言って胸を張ると、レーネが胡散臭そうに尋ねる。
「これって妖精ですか?」
「チッチッチ、私は光王アプサラス。あなたの才能を見抜きし者よ」
「才能? そんなもの、私には無いわ」
レーネが悔しそうな顔でつぶやいた。
「アフィ。本当に大丈夫なのか? 金貨10枚も出して、間違いでしたじゃ済まないぞ」
「まあまあ。今は火魔法使いが必要なんだし、この子は本当にアニーと同じ感じがするのよ」
「アニーと同じって、どんな感じだよ?」
「ハイエルフ特有の膨大な魔力と、精霊との親和性の高さってとこね」
「膨大な魔力と精霊との親和性ねえ……俺もそうなのか?」
「そうねえ……だいたいは同じなんだけど、あんたの場合はさらに王の資質が混じってるって感じ?」
そんな要領を得ない話をしていたら、レーネが割り込んできた。
「すみません。さっきからハイエルフとか王とか変なこと言ってますけど、私にも分かるようにしてください」
彼女の気持ちも分かるので、俺は真実を打ち明けることにした。
一応、じっちゃんやアニーを見ると、彼らもうなずいてくれる。
「そうだな、この際だから伝えておこう。俺の本当の名はワルデバルド・アル・エウレンディア。エウレンディア王家、最後の生き残りだ」
そんな俺の告白に、レーネの形相が一変した。
さらに爆発的な魔力が発生したと思うと、憤怒の形相で彼女が飛びかかってきた。
「お母さんを、返せっ!」
「グアッ」
レーネはその両手に炎をまとい、俺につかみかかろうとした。
俺はとっさに左手で彼女の手を振り払い、かろうじて顔が焼かれるのを防いだ。
「何しやがるっ!」
「カヒュッ…………」
体勢を立て直してレーネを取り押さえようとしたら、すでに首輪が締まって悶絶している彼女が見えた。
俺に危害を加えようとしたんだから、そうなるのも当然だ。
しかし彼女はそれを忘れるくらい、激怒したことになる。
俺はすぐにレーネの首輪に手を当て、締め付けを解除した。
それで楽になった彼女が、ゼーゼー言いながら息を整える。
少し落ち着いたところで、彼女に問いかけた。
「レーネ、なんで俺に刃向かった? 隷属の首輪をして主を襲うなんて、自殺行為だぞ」
まだ喉が痛むのか、彼女は俺をにらみつけたままであえいでいた。
やがて絞り出すように、暴言を吐く。
「母さんを殺した王族なんて、死ねばいいのよ」
「はあ? 君の母親を殺したって言われても、見当がつかないぞ。もっとちゃんと答えてくれ」
「私の母親の名はレイチェル・エルムヘイル。エルフ根源10氏族に連なる、れっきとした貴族だったわ」
「なんだって? レーネはエウレンディアの貴族の血を受け継いでいるってのか?」
すると彼女は唇を歪めながら、憎々し気に言葉を続ける。
「半分だけよ。父親は帝国の貴族。しかも”帝国の7剣”よ。母さんはその男に下げ渡され、ボロボロになって死んだんだ。エウレンディアの王が無能だったせいでね」
ああ、あの世にいるオヤジよ。
全力であんたを殴りたいぜ。