23.最後の壁
なんとか土王まで解放した俺は、その場で土魔法を試してみた。
『石飛槍』
アニーの手本を確認してから右手を掲げ、魔法名を唱える。
すると石の槍が手のひらから飛び出し、正面の壁に突き刺さった。
「うん、これはいいな。氷の槍よりもすばやく簡単にできる……だけどなんでかな?」
あっさりと成功したことに満足を覚えるが、水属性との違いが気になった。
するとアフィがすぐに教えてくれる。
「それは周りにいくらでも元素のある土属性と、身近に無くて氷にしなきゃいけない水属性との違いよ」
「言われてみればそうか……だけど、魔法の元素は精霊界から引き出してるんだろ? 出どころは一緒なのに、差が出るのも変じゃないか?」
「それはそうなんだけど、精霊界とこの世界はある程度重なり合っているのよ。だから魔法を使う場所によって、使いやすさに差が出るのもまた事実なの」
するとアニーも思い当たることがあるのか、その説を支持した。
「それは私もよく感じるわ。氷飛槍を使うには、時間が掛かるもの。そっか、この世界の影響を受けてるのね……」
そんな話をしつつ、ひととおりの土魔法を覚えると、また地上へ戻った。
じっちゃんがひどく喜んでくれて、また町へ繰り出したのは言うまでもない。
翌日はちょっと5層でソーマの実力を確認してから、いよいよ第6階層に侵入した。
最後の火王を解放すれば、七王全てが揃う。
そうなれば、俺は正式にエウレンディアの後継者を名乗ることができるし、盾の力も強化されるそうだ。
さらなる強さを手に入れられると聞き、俺の期待は膨らむばかりだ。
そんな6層で最初に出てきた魔物は、火炎鳥だった。
この鳥は文字どおりに炎をまとい、口から火を吐くというカラス大の鳥である。
名前からして水には弱いんじゃないかと思ったら、案の定そうだった。
ナーガの水刃で薙ぎ払うとバタバタ落ちてくるので、あとはとどめを刺すだけで済んだ。
さして苦労もせずに奥へ進むと、今度はオレンジ色のトカゲが出てきた。
アフィがその名前をつぶやく。
「火炎蜥蜴ね」
「サラマンダーって、精霊の名前じゃなかったっけ?」
「それは火精霊。こっちは小なりといえど、下位の竜種に当たるわ。けっこう強いから気をつけてね」
「マジかよ」
サラマンダーはイノシシほどの大きさで、寸の詰まったトカゲといった印象だ。
その口にはズラリと牙が並び、足には爪が生えている。
全身はゴツゴツとしたウロコに包まれていて、たしかに手強そうだ。
俺たちは慎重に近づくと、少し離れた所から水刃で攻撃した。
水刃が当たると蒸気が吹き上がり、サラマンダーがキシャーッと呻いたので、水は有効そうに見えた。
しかし次の瞬間、サラマンダーがお返しとばかり、火の玉を吐いてきやがった。
「ウワッ!」
とっさに構えた盾に当たった火の玉が、飛び散って熱気をまき散らす。
まともに食らったら、大ヤケドしてたところだ。
「シヴァはアニーの前で火の玉を防御。アニーはすばやく撃てる水魔法で攻撃してくれ」
「カカカッ」
「分かったわ」
すかさずシヴァがアニーの前に陣取り、アニーは精神集中に入る。
インドラとガルダはすばやく散って、敵の狙いを分散してくれた。
そして俺はちょこちょこ場所を変えながら、水刃でサラマンダーを攻撃した。
やがてアニーの魔法が完成する。
『水弾』
人頭大の水塊が、サラマンダーに直撃した。
敵は水蒸気を上げながら、苦悶している。
今がチャンスだ。
「インドラ、ガルダ、突撃っ!」
俺は水刃でサラマンダーを牽制しながら、指示を出した。
するとインドラとガルダが、サラマンダーに攻撃を掛ける。
だいぶたくましくなった彼らの爪と牙が、サラマンダーの体を切り裂いた。
やがて息も絶え絶えになった敵に、俺が駆け寄って剣でとどめを刺した。
サラマンダーが魔石に変わると、アニーたちも寄ってくる。
「やったわね、ワルド」
「ああ、みんなで協力したおかげだ。それにしても、思ったより手間取った。ここでこんなに苦労してるようじゃ、先が思いやられるな」
「そうね。しっかりと探索して、力を蓄えないと」
そんな話をしながらも、俺はなんとかなると思っていた。
しかし、なにやらアフィが難しい顔をしている。
「アフィ、どうしたんだ?」
「うーん、何か忘れてるような気がするのよね。なんだったかしら?」
その後もしばらく悩んでいたようだが、諦めたらしい。
まあ、大したことじゃないんだろう。
その後、俺たちは着実にサラマンダーを倒していき、順調に探索を続けた。
そしてとうとう3日目の午後、俺たちはボス部屋の前に到達した。
万全に準備を整えてから、ボス部屋へ足を踏み込む。
明るくなった部屋の中で俺たちが目にしたのは、巨大な何かだった。
今までで最も大きな空間の中央に、そいつが蹲っていた。
やがて俺たちの出現に気づいたそれが、ゆっくりと頭をもたげてこちらをにらみつける。
その赤銅色の鱗に包まれた体は、トカゲのように見えなくもないが、そんな生やさしいものではない。
それは地上最強と言われる脅威の存在、上位竜だったからだ。
そいつが立ち上がると、どれだけ大きいかが改めて分かる。
立ち上がった時の頭の高さは俺の5、6倍もあり、肩の高さはその半分くらい。
巨大な胴体からは強靭な4本の足が伸び、その後ろには長い尻尾が続く。
尻尾を含めた全長は、30人分くらいはあるだろうか。
トカゲのような口元にはズラリと牙が並び、目の後ろ辺りにはゴツい角が2本生えている。
その背中の翼は体に比して異様に小さくて、とても飛べるようには見えないが、おそらく魔法の力でも使うのだろう。
強靭な四肢には鋭い爪が生え、凄まじい力感に満ちている。
その圧倒的な存在が、突然咆哮した。
「グルルラァァァァァァーーーーーッ!」
耳をふさぎたくなるような吼声が、ビリビリと部屋中の空気を震わせる。
そのひと吼えで硬直した俺たちに対し、ドラゴンが頭を引くような動作を見せた。
何もできずにそれを見ていた俺とアニーを、ふいにシヴァが突き飛ばした。
宙を舞いながらシヴァの方を見ると、そこへ紅蓮の炎が押し寄せる。
「シヴァーーーっ!」
シヴァ、インドラ、ガルダ、ソーマがその炎に飲み込まれた。
そしてその跡にはもう、何も残っていない。
まだ何もしてないってのに、シヴァたちが倒された。
その圧倒的な暴力におののきながら、俺はただちにアニーを抱えて入り口へ走った。
今にもさっきの爆炎に飲まれる恐怖に怯えつつ、なんとか入り口にたどり着く。
その勢いのまま手のひらを叩きつけると扉が横にスライドしたので、後ろも見ずに飛び込んだ。
「キャアッ」
「グハッ……大丈夫か? アニー」
「ケホッ、なんとかね。ワルドこそ大丈夫?」
「ああ、だい、じょう、ぶだ。ハアッ、ハアッ」
肩で息をしながら互いの無事を確認していると、ボス部屋の入り口が閉じた。
とりあえず生き残ったようだ。
そこへアフィがフヨフヨと飛んできた。
「あ~、ごめんごめん。最終ボスはドラゴンだったのね。何代も代替わりしてきたから、忘れてたわ」
「ごめんじゃねえぞ、アフィ。あんなの、どうやって倒すんだよ?」
八つ当たり気味に詰問すると、アフィーが気まずそうに目をそらした。
「それなんだけど……火魔法使いが必要なのよね~」
なんだと?