幕間:リムルの決意
猫人族のリムル。
彼女は14歳になったばかりの女の子で、旧王都のスラム街に母親と一緒に住んでいる。
元々、彼女の両親は旧エウレンディア王国の住民であり、この町に住んでいた。
しかし14年前の敗戦により、彼らは産まれたばかりのリムルを連れ、森林地帯への避難を余儀なくされた。
その後、平野部の状況が落ち着くと、両親は旧王都で冒険者として生きる道を選んだ。
しかし数年前、町の外で魔物を狩っていた父親が、不覚を取って帰らぬ人となってしまった。
突然の訃報にリムルも母親も悲嘆に暮れたが、彼女たちも生きなければならない。
ようやくショックから立ち直った母親は、リムルに言った。
「リムル、私たちは明日から冒険者として生きるのよ」
「え? お母さん、そんなの無理だよ」
「大丈夫。お母さん、こう見えても、昔はお父さんと一緒に冒険者やってたんだから。当面は私の荷物持ちとして、いろいろ勉強しなさい」
こうしてその日から、2人の冒険が始まった。
かつて母親は鋼鉄級の冒険者だったが、リムルが生まれる前に足を洗っていた。
かろうじて装備は残っていたが、経験を加味しても青銅からのやり直しだ。
しかし母親は無理をせず、薬草の採取など地味な依頼から確実にこなしていった。
そして魔物がうろつく環境で生き残るノウハウを、リムルに教え込んだのだ。
「あっ、お母さん、また猫桃があるよ」
「あら、また? リムルは猫桃を見つけるのがうまいわね」
「うん、猫桃好きだから、何となく分かるの」
実際、リムルの感覚は鋭く、猫桃だけでなく動物や魔物を見つけることにも長けていた。
時には簡単な魔物の討伐依頼を受け、彼女が弓や短剣で仕留めることもあった。
それは決して楽しくはなかったが、生きるために必要なこととしてリムルは学んでいた。
そんな母親との生活が1年近く続いた頃、彼女たちに再び災難が降り掛かった。
森の中で3匹の狂暴狼と出くわしたのだ。
母親だけならまだしも、リムルを守りながらの戦闘は非常に厳しい状況だった。
しかもリムルは恐怖に竦むあまり、母親の足を引っ張るような有様だ。
しかし母親は、そんな状況を奇跡的に耐えしのいだ。
なんとか1匹を斬り殺すと、必死の形相で狼をにらみつけ、追い払うことに成功する。
リムルはようやく我を取り戻し、母親に駆け寄った。
「お母さん、大丈夫?!」
「だ、大丈夫よ。ちょっとケガしちゃっただけ、エヘヘ」
ちょっとどころではない傷を負いながら、母親は気丈に笑ってみせた。
リムルは必死で応急処置を施し、母に肩を貸しながら町へ帰り着いた。
なんとか帰宅したリムルたちだったが、母親はその日から寝込んでしまう。
傷自体はそれほど深くなかったものの、元々疲れが溜まっていて体調を崩してしまったのだ。
わずかにあった貯えも、治療費や薬代ですぐに消えた。
事ここに至り、リムルは単独でお金を稼ぐことを決意する。
しかし彼女はまだ幼く、見習いでしかなかったので、まともな依頼は受けられない。
せいぜいできるのは薬草採取ぐらいだったが、近場では大して稼げなかった。
そこで思いついたのが、猫桃を売り歩くことだ。
猫桃なら近くの森で採れるので、それを採ってきて売ればいい。
そう思ったのだが、現実は甘くなかった。
一般的に猫桃は卑しい食べ物と考えられているため、想像以上に売れなかったのだ。
ひとつも売れない状況が何日か続いたある日、リムルは気になる冒険者を見かけた。
自分より少し上ぐらいのエルフの男女と、狼人族の老人の3人組だ。
特に男性のエルフの方からは、不思議な魅力を感じて目が離せない。
「あの、お兄さん、猫桃、買ってくれませんか?」
気がついたらリムルは、彼らに声を掛けていた。
しかし彼女は即座に悔やんだ。
猫桃なんか売ろうとする自分は、とても非常識なのではないか、と。
また断られて、いつも以上に惨めな気分を味わうのではないか、と。
「ああ、いいよ。いくら?」
しかしエルフの彼は、あっけないほど簡単に猫桃を買ってくれた。
「1個で銅貨1枚です」
「それじゃあ5個おくれ」
「ありがとうございます!」
とても嬉しかった。
こんなに素敵なお兄さんが、私から猫桃を買って笑いかけてくれた。
リムルは天にも昇るような気持ちで家に帰り、母親に今日あったことを報告する。
彼女に苦労を掛けていることを気に病んでいた母親も、共に喜んでくれた。
さらに数日後、チンピラに絡まれていたところを助けてもらい、エルフ男性がワルドという名前なのも分かった。
リムルはまた彼らに会えることを期待し、翌日以降も猫桃を売り歩く。
しかしいいことばかりは続かない。
「よう、嬢ちゃんよ。この間はよくもやってくれたな」
「え、そんな。無理を言ってきたのは、そちらじゃないですか?」
「ああん? 俺たちが悪いってのか? これはじっくり、礼儀ってやつを教えてやらにゃいかんな」
「ああ、そうだな。ここまで侮辱されて、このままにはしておけねえ」
「グヒヒヒヒッ」
「い、いや~……」
3人の男たちには抗えるはずもなく、リムルは連れ去られた。
「いやぁ、やめて、ひどいことしないで……おかあさ~ん」
「ヘッヘッヘ、どんなに喚いたって、誰もこねーよ。今日はたっぷりと思い知らせてやる。俺たちに逆らわなければよかったってな」
男たちが彼女に暴力を働こうとするまさにその時、再び救いの手が差し伸べられた。
「お前ら、やめろっ! インドラ、そいつのチンコにおしおき!」
「な、またお前ら――ギャーッ!」
リムルにのしかかろうとしていた男がケガをしたと思ったら、瞬く間に残りの男たちも打ち倒された。
あまりに急な状況の変化に、彼女の意識は付いていけない。
そんな、混乱する彼女に、優しい声が掛けられる。
「大丈夫? リムルちゃん。助けに来たわ」
「ふえ……ほ、本当ですか?…………ビエ~~ン」
アニーとワルドの姿を見て気が緩んだリムルは、しばし幼子のように泣いた。
そしてようやく落ち着いた彼女に、ワルドたちはどこまでも優しくしてくれる。
彼女を襲った男たちから慰謝料を取ってくれたうえ、町から去ることも約束させてくれた。
さらに信じられないことに、ウルバスの老人の助手として、リムルを雇ってくれるという。
その申し出は、彼女暴漢に再び襲われないための配慮であることは明白だ。
あまりの厚遇に彼女は戸惑ったが、あえてその申し出に乗ることにした。
その恩に報いるため、1日も早く一人前の冒険者になって恩返しをしようと決意したのだ。
たぶんあの人は、ワルドさんは何かが違う。
彼は何か使命を持った特別な存在なのだと、本能が告げる。
ならば私は、彼を支えられる存在になろう。
まるで天啓を受けたかのように、リムルは今後の生き方を心に決めた。