20.ワルドの風魔法
「あ、あの、本当に今日はありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「ああ、たまたまだから、そんなに気にしなくていいよ。でもあいつらが逆恨みする可能性はあるから、気をつけなよ」
「はい。それでこのお金ですが、お礼として受け取ってくれませんか?」
「いや、それは取っておきなよ。辛い思いをしたのは君なんだし、破れた服も買う必要があるだろ?」
「え、で、でも私、他にお礼なんかできないから……」
リムルが本当に申し訳なさそうな顔をしている。
まじめな子なんだろう。
俺は助けを求め、アニーとじっちゃんを見やる。
するとまたじっちゃんが、助けの手を差しのべた。
「それならばいい手がある。実はこれからギルドの仕事に精を出そうとおもっていてな、この辺の地理に明るい助手がいればよいと思っていたのだ」
「あ、それなら私が役立てます。以前からお母さんと一緒に仕事をしてましたから」
「うむ、猫桃を採ってこれるぐらいだから、そうだろうと思っていた。さっそく明日から、頼めるかな?」
「はいっ、よろしくお願いします」
即座に彼女が承諾する。
自分が役立てると知って、とても嬉しそうだ。
「さすがはじっちゃん。万が一、あいつらが逆恨みしても、じっちゃんと一緒なら手出しできないしね。よし、今日はお祝いに、ご飯をおごるよ」
「そ、そんな。私が出します」
「いいっていいって。その分、お母さんに何か買っていってやりな」
「その前に服を買わなきゃね」
「それもそうだったな」
俺とアニーがそんな話をしていたら、リムルがまた泣きだした。
「どうして、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか? 私、こんなの初めてで……」
そう聞かれると、俺もうまく言えなかった。
照れ隠しに頭をかきながら、思ったことを口にする。
「なぜって、困っている人がいれば、助けたいと思うだろ? 俺たちはそこそこ鍛えてあるしね」
「クスンクスン……すみません、変なこと言って。このご恩は、別の形で返させてもらいます。とりあえず、服を買いにいっていいですか?」
「もちろんさ」
それからリムルの服を古着屋で買い、簡単な食事を共にした。
あいにくと彼女は、母親の世話があるからと言って早めに帰る。
俺たちはもう少しお酒や料理を楽しみながら、これからの話をした。
翌日はリムルと待ち合わせてから、町の外へ出た。
じっちゃんとリムルは魔物を狩りにいき、俺とアニーは魔法を練習するためだ。
じっちゃんとは途中で別れ、俺たちは近くの森へ入る。
なるべく人目につかない所を探し、シヴァたちを召喚した。
「カカカッ」
「ニャ~ン」
「クエ~」
さっそくインドラとガルダは森の中を飛び回り、遊びはじめた。
一方でシヴァは俺の近くに陣取り、周囲を警戒してくれている。
そして俺はいよいよ魔法の練習に取りかかる。
「さて、アフィ先生。よろしくお願いしま~す」
「エヘン、それじゃあ始めるわよ。まず精霊術を定義するとしたら、アニーはどう説明する?」
「え、精霊術の定義? そうね……術者の魔力と引き換えに、精霊が精霊界とのパスを開いて、そこから元素を引き出して行使する魔法、よね」
「さすがはアニー。よく分かってるわね。そのためにアニーは精霊と意識を同調させてから、呪文を詠唱する。そうよね?」
「ええ、そうよ」
この辺の知識は俺も理解はしているが、ついこの間までは全く使えなかった。
今でも簡単な灯火しか使えないけどな。
「ワルドにとっても原理は一緒なんだけど、七王が絡むと少し違ってくるわ。私たちは七王の盾とつながっているから、すぐに精神同調できるし、呪文を詠唱する必要すらないの」
「え、ちょっと待って。じゃあどうやって魔法の指示を出すの?」
アニーが混乱した表情で問い質すと、アフィが得意げに答える。
「ワルドは頭の中に思い浮かべるだけでいいのよ。でも最初はイメージしにくいだろうから、アニーが手本を見せてやってくれる? それとワルドは呪文は省略しても、魔法名くらいは唱えた方がいいでしょうね」
「そんな、メチャクチャじゃない……」
「何がメチャクチャなんだ?」
アニーがひどく驚いていたので理由を聞けば、凄い勢いで説明された。
「同調も詠唱も必要ないなんて、とんでもない話だわ。それって、思ったらすぐに魔法が使えるってことでしょ? 私が普段、どれだけ術の行使時間短縮に苦労しているか……ずるいわ、ワルド!」
「ず、するいって、アニー。君も周りからは、そう思われてると思うよ」
「そんなことないっ! 私はいつも努力してるもんっ!」
「あ、ああ……そうだな。アニーは努力してる、してるな」
不用意なことを言えば、さらに怒られそうなので黙ることにした。
その後なんとか彼女をなだめ、お手本の精霊術を見せてもらう。
「それじゃあ、簡単な風弾からいくね」
しばしの精神集中の後、詠唱が始まる。
『我は風精に願う、天駆ける風の力よ、我が拳となりてかの敵を打ちすえたまえ。風弾』
するとアニーが突き出した手から何かが飛び出し、少し離れた木に当たって弾ける。
「さすがはアニー。きれいな魔法ね。それじゃあ、もう1度同じことをしてくれる? ワルドは魔力の流れをよく見るのよ」
アフィの指示で、アニーがまた術の行使に入る。
それと同時に俺の視界に色が付き、赤っぽいモヤのようなものがアニーの周囲に見えた。
おかげでアニーが精霊にお願いをして、そこから魔法につながる流れが、なんとなく分かった。
「それじゃあ、ワルド。やってごらんなさい?」
「よし。魔法名は唱えた方がやりやすいんだよな……『風弾』」
右手を突き出しながら唱えると、手のひらに風の塊が発生する。
そしてそれが木に当たり、梢を揺らした。
「本当だ。簡単にできた」
「そうでしょ? ワルドは私たちに名づけをしてつながりが強くなってるから、よけいにやりやすくなってると思うわ」
「なる、ほど……本当に俺、もう無能じゃないんだな」
「もちろんよ。自信持ちなさいって」
「ありがとう、アフィ」
初めて魔法らしい魔法を使った感動に、またもや涙ぐんでしまう。
すると面白くなさそうな顔をしていたアニーも口を開き、ニッコリ笑いながら褒めてくれた。
「こんなに簡単にできるなんて、面白くないわ……だけどワルド、本当におめでとう」
「ありがとう、アニー」
彼女の笑顔が、さらに俺の感動を高めてくれた。
その後も風裂斬などのお手本を見せてもらい、次々と風魔法を習得していった。
ただし、まだ俺の習熟度が低いのと、ガルダの力が弱いせいで、簡単な魔法しか使えなかった。
今後も修練は必要ってことだ。
しかしその晩は、いつになく誇らしい気持ちで眠ることができた。