2.隠れ里の生活
『精霊よ、鎮まりたまえ』
3馬鹿と睨み合っていたら、ふいに鈴のように美しい声が聞こえてきた。
それは古代エルフ語という言語で、魔力を含んだそれは、精霊に働きかける力を持っている。
「アニー!」
「あ、アニエリアス。邪魔すんなよっ!」
新緑のような目を持つ美少女が、豊かな金髪を揺らしながら歩いてきた。
美形揃いのエルフの中でも、ひと際目を引くその少女の名は”アニエリアス”。
親しい者はアニーと呼ぶ。
「私は精霊が騒いでいたから、それを鎮めただけよ。まさか私闘に精霊術を使うつもりだったなんて、言わないわよね?」
「チッ…………しらけた。帰るぞ」
口では敵わないことを悟ったジョスが、その場を去る。
いかに子供のケンカといえど、里の中で精霊術を使えば罰せられるからだ。
奴らは思いっきり俺を睨みながら、去っていった。
「大丈夫? ワルド」
新緑の瞳が俺の顔を覗き込む。
「全然大丈夫さ。ありがとうな、アニー……でも、こういうのはもう、しない方がいい。君が敵を作る必要はないんだ」
「そんなの関係ないわ」
彼女は里の中でも大きな家の生まれで、しかも大人顔負けの精霊術を使うエリートだ。
おまけにかわいくて気立てもいいってんだから、人気があるのは当然だろう。
同年代のエルフにとって、”最も彼女にしたい娘”なのは間違いない。
そんな子がなぜか俺を気に掛けてくれるもんだから、野郎どもの嫉妬を買ってしまうのが困りものだ。
魔法の才を持たない孤児が、里一番の美少女と仲よくしてりゃ、妬まれて当然とも思うが、こっちはたまらない。
ぶっちゃけ、ごく一部を除いたエルフの、俺への態度はひどいものだ。
大人たちは俺をゴミみたいに見るし、同年代以下のガキどもは暴力と暴言をぶつけてくる。
さっきのジョスたちのように魔法でイタズラする者がいれば、石をぶつける者もいる。
たまに小さな女の子に、”無能のお兄ちゃん”とか呼ばれるのも辛いな。
あぁ、涙が出てきた。
そんな涙をそっと隠し、アニーとお喋りをしながら配給所へ向かった。
狩りの獲物を預けるためだ。
俺たちが住むこの森はそれなりに豊かだが、魔物が跳梁する危険な場所でもある。
魔物ってのは魔力を宿した生き物で、強靭な肉体と攻撃力を持つ危険な存在だ。
そんな魔物の体からは魔石っていう石が採れて、いろんな用途に利用できる。
魔石は内部に魔力を内包しているから、魔道具の燃料とか魔法の触媒なんかに需要があるのだ。
そしてそんな危険な森で、狩りや採取活動は共同作業となる場合が多く、その成果を一括管理して分配するのが配給所の役目だ。
かくして俺の採ってきたウサギもここで解体され、誰かの胃袋に収まるはずだ。
一応、採ってきた人間は割増しでもらえるんだけどな。
配給所に近づくと、入り口の前に見慣れた人影が見えた。
「師匠、じっちゃん!」
「おう、無事に戻ったか、ワルド」
「もちろんさ」
俺はウサギを掲げながら、成果を自慢する。
するともう1人の男性が褒めてくれた。
「ほほう、今日も獲物を持ち帰りましたか。独りだけで狩りに出ると聞いた時は心配しましたが、うまくやれてるようですね」
「まあね。俺ももうじき15だし」
「フフフ、でもあまり無理はしないようにしてください」
この人はガルドラという名のエルフで、この里の長だ。
銀色の長髪にアイスブルーの瞳を持つ、超絶ハンサムである。
長の仕事の傍ら、子供たちに教育を授ける教師であったりもする。
この人もなぜか俺によく構ってくれて、小さい頃からいろいろと仕込まれた。
俺に魔法の才能がないことが分かってからは、さらに厳しくされたな。
魔法が使えないなら、それを知識で補えと言って、いろいろ勉強させられたのだ。
別に俺は狩人として生きてくつもりだから、関係ないと思っているのに。
しかしおかげでこの世界の地理や歴史、その他の雑学なんかには、それなりに詳しくなった自信がある。
「じっちゃんの方も、狩りは終わったの?」
「ああ、最近暴れていた四目熊を仕留めてきたところだ」
「さすが、じっちゃん」
そしてこの狼人族の偉丈夫が、俺のじっちゃんだ。
もう70歳に近いというのに、いまだにこの里最強の狩人である。
真っ白い髪から狼のような耳がピョコンと出ていて、腰には白い尻尾も見える。
その肉体は老人とは思えないほどにたくましく、いまだに筋肉モリモリだ。
昔はひとかどの戦士だったらしく、剣を振るえば無敵だし、その強弓は数々の魔物を屠ってきた。
この里がわずか千人ほどの少勢にもかかわらずわりと豊かなのは、じっちゃんの武力と師匠の行政能力のおかげと言われている。
配給所にウサギを預けてから、じっちゃんと一緒に家へ帰った。
俺たちの家は言ってみれば里の外れにあり、あまり恵まれた環境ではない。
しかしこまめなじっちゃんの手入れが行き届いた、それなりに快適な我が家だ。
帰ったら軽く水浴びをして、夕食の準備に取りかかる。
今日の献立は、肉や野草と一緒にソライモを煮込んだシチューだ。
ソライモっていうのはこの森で採れる木の実で、文字どおり芋に似た食料だ。
森では大規模な農業はできないから、これが俺たちの主食となっている。
出来上がったシチューを食べながら、今日の話をする。
「フォースベアが仕留められて良かったね?」
「ああ、あれがうろついていると、おちおち森の中を歩けないからな。しかし春になったばかりだから、まだまだ出てくるだろうな」
「そうだね。それにしても最近、魔物の数が増えてるような気がしない?」
「うむ、そうだな。たしかに増えたような気もする」
そのまましばし、会話が途切れる。
なんか気まずかったので、思いついたことを口にした。
「そういえば、今日も例の夢を見たんだ。豪華な建物の中で、2人が俺を見てるんだ。悲しそうな顔をして」
「そ、そうか。それがお前の両親なのかもしれんな。あいにくと俺はお前を拾っただけで、ご両親のことは分からないが」
そう言うと、じっちゃんはまた黙ってしまった。
この話に対する彼の態度は、少し不自然だ。
今までもこの話をすると、適当にごまかそうとしてきた気がする。
ひょっとしてじっちゃん、何か知ってるんじゃないかな?
そんな疑問を抱きながら、俺は床に就いた。