18.風王召喚
雷王インドラを仲間に加えた俺たちは、第3階層の序盤で戦闘を重ねた。
インドラには生肉と猫桃をたらふく食わせ、ガンガン魔物を狩らせる。
幸い麻痺蝙蝠などの飛行魔物は、インドラと相性が良かった。
パラライズバットの他には、殺人蜂という魔物も出てきた。
こいつは毒を持つ魔物だが、俺たちはこれに対し非情にも見える作戦で対応する。
キラービーが出てくると、まずシヴァだけを先に進ませたのだ。
そしてそこへ寄って来た蜂に対し、アニーが魔法を放つ。
スケルトンのシヴァには刺される心配がないからこその荒業だが、それだけに有効だった。
おかげで戦闘経験の蓄積と魔石収集は順調だ。
ちょっと大きめの猫だったインドラは、早くも中型犬ほどに成長しているし、シヴァもさらにガッシリしてきた。
とりあえずこれくらいなら大丈夫と判断し、いよいよ3層の奥部に侵入する。
奥部で俺たちを待ち受けていたのは、鷲と獅子が混じったような、変な魔物だった。
鷲頭獅子と呼ばれるその魔物は、獅子の体に鷲の頭と翼を備えている。
通路が分岐する広い空間で、そいつが上空から襲いかかってきたのだ。
「上から来るぞ!」
「カカカッ」
俺とシヴァが盾を掲げ、剣で威嚇すると、グリフォンが上空に逃げた。
そのまま奴は上空から、俺たちをどう料理してやろうかと、見定めているようだ。
しかし、飛んでいるから安全とは限らない。
『我は風精に願う、天駆ける風の力よ、我が刃となりてかの敵を切り裂きたまえ。風裂斬』
俺とシヴァの後ろに控えていたアニーの魔法が、グリフォンを襲った。
目に見えない風の刃がグリフォンの翼を切り裂くと、奴は無様に落下した。
もうアニーさん絶好調。
「アニーさん、天才! 愛してるよ」
「馬鹿っ!」
顔を真っ赤にして怒るアニーを尻目に、俺たちはグリフォンに襲いかかった。
傷つき、飛んで逃げることもできないグリフォンは、すでに敵ではない。
やがてインドラがグリフォンの喉元を食いちぎると、あっさりと魔石に変わった。
「フウッ、この調子なら、グリフォンはそう怖くないな。アニー様様だ」
「もう、どさくさにまぎれて、恥ずかしいこと言わないでよ」
「アハハ、ごめんごめん」
まだ顔を赤くしているアニーに、とりあえず謝っておく。
こんなことでヘソを曲げてほしくないからな。
彼女抜きでグリフォンと戦うのは、ひどく苦戦しそうだ。
その後も何回かグリフォンに遭遇したものの、さして苦労することなく進むことができた。
そしていよいよ風王の封じられたボス部屋に到達する。
「今までのパターンからすると、たぶんでかいグリフォンが出てくる。俺とシヴァで守るから、アニーは敵を落としてくれ」
「任せて」
「カカカッ」
手を触れて開いた扉の中へ踏み込むと、部屋の中に明かりが灯った。
そこはかつてないほど広い空間であり、その奥にはやはり巨大なグリフォンがいた。
そいつは今までの3倍は大きく、強烈な威圧感を放っていた。
俺たちに気づいたボスグリフォンが、バサッと翼を広げ、ゆっくりと舞い上がる。
その体に比して明らかに小さな翼で飛べるのは、何か不思議な力でも働いているのだろうか。
部屋の中央付近で羽ばたきながら、グリフォンが静止する。
しばらくこっちを窺っていた敵が、ふいに大きく鳴いた。
「クワーッ!」
その数舜後、風の塊が押し寄せた。
「ウワッ、なんだこれ?」
「落ち着いて、ワルド。敵の風魔法よ」
「あいつ、魔法使うのか? 魔物のくせに」
「上位の魔物なら当然よ」
「ちくしょう。それならこっちも魔法でお返しだ。アニー、頼む」
「分かったわ」
俺とシヴァが盾で守っている陰で、アニーが詠唱に入った。
やがて完成した魔法が、敵に向けて放たれる。
『風裂斬』
不可視の刃が敵に迫るも、なぜか直前で無効化された。
「なんだ? 防がれた?」
「どうやらそのようね。あっちも風魔法をぶつけてきたんでしょ」
「くっそ。そう簡単にはいかないか」
その後しばらくは、互いに遠距離から攻撃していた。
俺も魔法攻撃の合間に矢を撃っていた。
しかしどれも有効打とはならず、いらだちだけが募る。
やがて遠距離戦では埒が明かないと悟ったグリフォンが、格闘戦を挑んできた。
しばしば急速に接近しては一撃し、また上空へ逃げて隙をうかがうようになる。
俺とシヴァが必死に盾と剣で防いだが、おかげで俺たちはボロボロだ。
「くっそ~。アフィ、何か手はないか?」
「無理よ。せめて地面に引きずり落とさないと」
「それができないから苦労してんじゃねーか」
するとインドラが足元に来て、ニャーと鳴いた。
まるで何かを提案するようなその声を聞いて、俺は瞬時に閃いた。
「そうか。インドラ、次に奴が近寄ったら、お前を投げつけるからな。敵にビリビリを喰らわしてやれ」
「ニャア」
「ちょっと、ワルド、大丈夫?」
「なんとかするさ。アニーは敵の落ちた所へ、土魔法で攻撃だ」
「任せて」
指示を出してから敵の動きを待っていると、奴が接近してきた。
ボスグリフォンが十分に近づいた瞬間、俺は右手に掴んだインドラを、思いっきり投げつける。
「ニャオーン!」
「クエェッ!」
グリフォンの首筋にしがみついたインドラが、ビリビリショックをお見舞いする。
それによって一瞬だけ硬直したグリフォンに、俺の放った矢が命中する。
さすがに飛行を維持できなくなった敵が、落ちるように地面に下り立った。
『2石尖杭』
そしてそこへ見事に突き出た石杭が、グリフォンの腹をえぐる。
これでもう飛ぶ力を失った敵に、追い込みを掛けた。
俺は連続で矢を放ち、シヴァは盾と剣で敵をぼてくり回す。
最後にインドラに喉笛を切り裂かれたグリフォンが、霞のように消え去って魔法陣が発生する。
やがてそこに現れたのは……
「クエー」
なんかくちばしの生えた小動物だった。
「何だよ、これ? グリフォンの子供?」
「そうよ。久しぶりね、風王」
「クエー」
それはたしかにグリフォンを小さくしたようなものだったが、あまりに弱々しかった。
翼もちっちゃくて、とても飛べそうにない。
どうやらインドラ同様、育成が必要なようだ。
「ハアッ、とりあえず名前を付けるか。風の王だから……」
ここでまた例の声が、頭に響いた。
”ガルダ”
ガルダ、か。
うん、しっくり来るな。
「よし、お前の名前はガルダ。風王ガルダだ!」
「クエーッ!」
名づけした瞬間にまた眩暈に襲われたが、もうだいぶ慣れた。
すぐに落ち着いてガルダを見ると、ひと回り大きくなって、翼も力強くなっていた。
どの道、育成は必要なのだが。
「よろしくな、ガルダ」
「クエー」
こうして俺は、風王を解放した。




