14.雷王召喚1
新たに闇王シヴァを解放した俺たちは、すぐに迷宮を後にした。
帰り道にはスケルトンが出ることもなく、外へ出たのもまだ昼過ぎだった。
とりあえず、じっちゃんへシヴァを紹介する。
「じっちゃん、闇王を解放したよ」
「おおっ、とうとう、とうとう実現したか……よくやったな、ワルド」
じっちゃんが涙ぐみながら、俺を褒めてくれる。
しかしすぐに怪訝そうな顔になった。
「ひょっとしてそのスケルトンが闇王様か? 昔見たのは、もっと大きかったと思うのだが……」
「アハハ……盾の力が弱いから、まだ頼りないみたい。それと彼は、シヴァって名前にしたから」
「闇王シヴァ、か……うむ、強そうな名前だな」
「でしょ?」
その後、めでたい日なので、町で食事をしようという話になった。
アフィとシヴァを盾の中へ送還し、みんなで町へ向かう。
するとその途中で、声を掛けられた。
「あの、お兄さん。猫桃、買ってくれませんか?」
声を掛けてきたのは、頭の上に猫耳のついた可愛らしい猫人族の少女だった。
歳は12歳くらいだろうか。
リンクスは獣人種の1種で、他にも狼人族、狐人族、虎人族、獅子人族、熊人族なんかがいる。
獣人といってもほとんどエルフや単人族と変わらない見た目で、種族特有の耳や尻尾が目立つくらいだ。
目の前の女の子も、茶色のショートカットにはしばみ色の瞳を持つ美少女だ。
ピコピコ動く猫耳と、ユラユラ揺れる尻尾がまた微笑ましい。
薄汚れた衣服と疲れたような表情が少し残念だが、貧民の集まるこの町では珍しくもないだろう。
そんな娘が10個ほどの、こぶし大の果物を籠に入れて売り歩いていた。
猫桃とは名前のとおり猫が好む桃で、森の中に自生している。
人間が食べてもけっこう美味いのだが、名前のせいで動物のエサというイメージがある。
しかし俺はけっこう好きだ。
「ああ、いいよ。いくら?」
「1個で銅貨1枚です」
「それじゃあ5個おくれ」
「ありがとうございます!」
籠の中身を半分も買ったので、少女の顔が輝いた。
それでもたった銅貨5枚なんだがな。
ちなみにこの地域では帝国の通貨が使われており、鉄貨1枚が1ギルだ。
その上は銅貨が10、銀貨が100、大銀貨が1000、金貨が1万、白金貨が100万ギルとなっている。
銅貨5枚、つまり50ギルなら、軽い飯が食えるくらいだ。
しきりにお礼をいう猫耳ちゃんに見送られ、その場を後にする。
そして適当な酒場に入って、適当な料理を注文した。
今日はお祝いなので、ちょっぴり豪華なものを頼む。
お酒も飲んだから、とてもいい気分になった。
おかげでその晩は、ぐっすり眠れた。
翌朝に昨日の猫桃を食べていたら、アフィとシヴァにも要求された。
アフィならまだしも、シヴァに食えんのかと思ったが、ちゃんと食うんだよな。
俺たちのようにかぶりつくのではなく、口元に当てると猫桃の一部が消えるという不思議な光景を見た。
「よし、それじゃあ第2階層へ行こうか」
「うん、今日もがんばろ」
「カカカッ」
装備を整えてから、アニーとシヴァを引き連れて迷宮の2階層に潜る。
もちろんアフィ先生も明かり役として同行だ。
「この階層には、雷王が封じられてるんだよな。どんな王なの?」
「ん~、ひと言でいえば、猛獣系ね」
「あ~、そういうの? なら出てくる魔物も猛獣系かな?」
「ええ、そのとおりよ」
俺たちは盾と剣を持ったシヴァを先頭に、俺、アニーの順で通路を進んだ。
やがてひとつ目の分岐を越えると、狼の姿をした魔物が現れた。
「狂暴狼ね」
「そのようだな。シヴァは守りを頼むぞ」
ダイアーウルフは森林地帯にもいる、わりと小型の魔物だ。
しかしいかに小型とはいえ、3匹もいれば脅威である。
俺はシヴァの斜め後ろから、続けざまに矢を放った。
「ギャンッ!」
幸い1匹は仕留められたが、残りの2匹がこちらへ駆け寄ってくる。
俺は弓を剣に置き換えて、敵を迎え撃った。
「ガルウッ!」
1匹がシヴァに飛びかかり、もう1匹が俺に向かってきた。
敵の牙と爪を盾で防ぎながら、右手の剣を突き出す。
しかし敵はそれを勘よく避けると、スルリと後ろへ下がった。
そのうえで牙をむき出し、俺を威嚇してくる。
チラリと横に目をやると、シヴァも同じようなことをしていた。
シヴァは俺ほど速く動けないが、ケガをしにくいのを強みとして、敵と揉み合っている。
少々引っかかれようが、噛みつかれようが気にせず、強引に剣を振っていた。
まあ、あっちはなんとかなるだろう。
敵をアニーの方へ逃がさないよう注意しながら、ダイアーウルフとやり合った。
敵の飛びかかりを盾で防ぎながら、右手の剣を振るう。
逆に敵は少しでも俺の体に食らいつこうと、チョロチョロ動き回る。
そんな攻防をしばらく繰り返していたら、とうとう焦れた敵が踏み込んできた。
俺はその口に盾の先端をねじ込みつつ、剣を腹に突き刺した。
「ギャヒンッ!」
悲痛な叫びを上げながら、ダイアーウルフが息絶える。
その遺骸が消え去るのをも待たず、俺はシヴァの加勢に入った。
シヴァの盾に噛みついて揉み合っている敵の腹に、剣を突き出す。
見事に致命傷を負った狼が、断末魔の悲鳴を上げると魔石に変わった。
「フウッ、思ったより手こずったな」
「大丈夫だった? 手伝えなくてごめんなさいね」
「あんな風に張りつかれたんじゃ、仕方ないよ。だけどこれじゃあ、せっかくの魔法戦力がもったいないよな」
すばやいダイアーウルフと距離を取ると、後ろに逃がしかねないので、今回は接近戦になった。
しかしそうすると、アニーが魔法で援護できない。
何かいい方法はないものだろうか?
そんな話をしていたら、アフィが提案してきた。
「飛び道具じゃなくて、下から突き上げる魔法にしたら?」
「えっ、そんなのどうやって……」
「例えばこんな風に、敵の下から石の杭を突き出すのよ」
身振り手振りでアフィが説明すると、アニーがそれを実現しようと試みる。
俺も加わって、あーだこーだ試行錯誤していたら、やがてそれらしき魔法が完成した。
『我は土精に願う、偉大なる大地の力よ、足下より出でて敵を貫きたまえ。石尖杭』
即席の呪文によって、地面から尖った杭が突き出てきた。
そんなんでいいのかと思うような話だが、それを実現してしまうのが、アニーの天才たる所以だ。
さすがは百年に1人の逸材。
これで攻略が少しは楽になるか?