11.闇王召喚1
翌朝からさっそく、俺たちは迷宮へ挑むことにした。
そこでまずは王城の跡地へ向かい、迷宮の入り口を探したのだが。
「うわ~、街並み以上にひどいね」
「うむ、もう14年も経つからな」
王都の中心に位置する小高い丘の上に、王城跡はあった。
しかし王城は帝国軍に破壊されたうえ、その後まったく手を入れられていない。
冒険者や貧民が使うには、下町の方が便利なため、誰も寄りつかないからだ。
そのため石造りの構造物以外は、完全に朽ち果てていた。
石造り部分ですら、そのほとんどが形を保っていない。
やがて迷宮への入り口があるはずの場所をアフィに教えられ、みんなでその場所を掘り返す。
しかしそれはスコップやバールなどの道具を使っても、けっこうな重労働だった。
それでも俺とじっちゃんの手に加え、アニーの土魔法が役立った。
最初はアニーが素手で手伝う姿を見て、アフィが提案してきたのだ。
「アニーが土精霊と契約すれば、土魔法が使えるわよ」
すぐさま近場にいたノーミーをアフィが紹介し、契約が成立する。
これでアニーは風、水、土の3属性術師になったわけだ。
そしてこれで作業が俄然、楽になった。
アニーが魔法で大きな石を分割したり、崩れやすい部分を固定したりしてくれる。
これで効率がグンと上がったので、俺とじっちゃんがひたすら掘りまくった。
おかげで昼頃には迷宮の入り口が見つかった。
それは地下につながる階段の先にあって、重厚な石の扉で塞がれている。
しかし俺が扉に手を触れると、それはあっさりと開いて、迷宮への道が確保されたのだ。
王族専用ってのは事実みたいだな。
「それではワルド、気をつけていくのだぞ」
「うん、アニーもいるから、慎重に行くよ。中はそんなに広くないみたいだから、今日中に戻ってくるし」
どうやらこの迷宮は6層構造になっており、1層ごとに王が封印されてるそうだ。
王を解放すれば次の層へ行けるようになるので、無理をせず着実に進めるつもりだ。
俺とアニーは改めて装備を確認し、迷宮に足を踏み入れた。
ちなみに俺は黒っぽい厚手の長袖、長ズボンに革ブーツを着用し、革の胸当てと籠手、腰当て、帽子を装備している。
当然、左腕には七王の盾があり、愛用の弓と小剣を武器とする。
剣は片刃で反りのあるサーベルタイプだ。
一方のアニーは例のパンツスタイルに、革の胸当てと帽子を装備。
武装は小さなナイフと、魔法を補助する杖ぐらいだ。
後衛のアニーが戦うようになっては、お終いだからな。
迷宮の中には、俺の背の倍くらいの幅と高さを持つ通路が続いていた。
壁や天井はゴツゴツとした岩肌で、まるで洞窟のようだ。
当然真っ暗だが、アフィがそれを照らしてくれる。
明かりを気にせずに戦えるってのは、心強いな。
薄暗い通路を少し進むと、分岐路に差しかかった。
そこで少し立ち止まり、先の様子を窺う。
「聞いてたとおり、1本道じゃないんだな。アフィは道を覚えてないのか?」
「千年も前のこと、覚えてるわけないじゃない。厳密にいうと、私たちは継承されるたびに生まれ替わってるから、記憶もあいまいなんだけど」
なんと、エウレンディアの王が代替わりするたびに、七王は生まれ替わってるんだそうだ。
そういえば、盾の主は七王を鍛える必要があるとか言ってたけど、生まれ替わってるなら納得だ。
一応、先代の記憶も受け継ぐらしいが、千年前のことなんか、かなりあいまいらしい。
「そうなのかぁ……仕方ない、とりあえずこっちに行ってみるか」
俺は右の通路を選び、進み始める。
やがて前方から、カタカタという異音が聞こえてきた。
そこで立ち止まって先を窺っていると、視界内に骸骨兵が現れる。
それは白っぽい骨だけで構成された魔物で、手には錆びた剣と盾を持っている。
噂に聞いたことはあるが、俺も目にするのは初めてだ。
「アニーは魔法で援護を頼む」
「分かったわ。気をつけて」
俺は剣を引き抜き、七王の盾を展開しながら前へ出た。
すると間合いに入ったスケルトンが、俺に斬りつけてくる。
大して鋭くもないその攻撃を盾で受け流すと、右手の剣でスケルトンの胴をないだ。
すると当たった部分の骨があっさりと砕け、スケルトンはバラバラになる。
残された骨は霞のように消え去り、跡には魔石のみが残された。
拍子抜けして、思わず呟く。
「なんだ、ずいぶん弱いな」
「大丈夫? ワルド」
「ああ、ケガする暇もなかったよ。これならそんなに心配いらないな」
「そんなこと言わず、慎重に行きましょ」
その後もアニーの援護を受けながら、次々とスケルトンを倒していった。
ちょっと遠くに見えた時は矢を放ち、接近戦では剣を振るう。
さらに役立ったのが、七王の盾だ。
七王の盾は神の加護を受けた伝説級の魔道具なので、剣を受けても傷ひとつ付かない。
そのくせ凄く軽いし、先端の鋭角部も武器になる。
盾の使い方についてはじっちゃんに叩き込まれたので、まあまあ戦えている。
敵の数が多い場合は、アニーが魔法で援護してくれたので、スケルトンなど敵でなかった。
そうやって半刻ほど進むと、何やら石の扉が見えてきた。
「あれが王を封印してる部屋なのかな?」
「ええ、そうよ。思ったより早かったわね」
周囲には何もいなかったので、扉の前で休憩を取る。
水を飲みながらアフィの話を聞くと、この扉の向こうに入ると、強力なボスが出てくるそうだ。
そのボスを倒せば、とりあえず”闇王”が解放されるらしい。
しかし最後に、妙な忠告をされた。
「いい、ワルド。何がなんでも相手を倒そうとしちゃダメよ。この試練は再挑戦も許されているから、まずいと思ったら退きなさい」
「……あ、ああ。気をつけるよ」
十分に休憩を取ってから、扉に手を触れると横にスライドし、ぽっかりと入り口が開いた。
アニーとアフィを伴って部屋へ入ると、急に中が明るくなる。
部屋の壁や天井自体が光を放ち、真昼のようだ。
おかげで部屋全体が見渡せ、意外に大きな空間が露わになる。
そして入り口とは反対側で白いものが蠢き、巨大なスケルトンが立ち上がった。
今までのスケルトンが俺と同じくらいの背丈だったのに対し、こいつは倍くらいある。
しかも骨格がガッシリしているうえに、新品の剣と盾まで装備していやがる。
さっきまでとは段違いの強敵であろうことは、想像に難くない。
「アニーは大きめの魔法を準備して。それまでは俺が引きつける」
「分かったわ。でも無茶はダメよ」
そう言いながらアニーが精神集中に入る。
魔法ってのは、精霊界との経路を開いて、そこから元素を引き出して現象を引き起こす技だ。
そして精霊術は自身の魔力と引き換えに、精霊に魔法を代行してもらう。
そのためには精霊と精神を同調させる必要があって、これがなかなかに大変らしいのだ。
それは精霊の格が高くなったり、複雑な魔法を行使したりするほど難易度は上がる。
今回は強力なのを頼んだので、その時間を稼がねばならない。
俺は盾と剣を構えながら、部屋の中央に歩み出た。
すると敵のでかスケルトンも、のっしのっしと歩いてくる。
この時、敵の動きがのんびりしていたため、俺は少し油断していた。
どうせスケルトンだから、大したことないだろう、と。
しかし互いの距離が10歩ほどに近づいた時、敵が急に距離を詰めた。
そして俺が戸惑っているうちに、長大な剣を振り下ろしてくる。
「ウワッ!」
当たれば致命傷間違いなしの一撃を、敵の右側に飛び込むような形で、辛うじてかわす。
そのままゴロゴロと地面の上を転がってから、すぐに体勢を立て直そうと振り返った。
するとすでにそこには、でかスケルトンが迫っている。
俺はまた体を投げ出して、必死で逃げた。
「ワルドっ!」
遠くにアニーの声が聞こえるが、こっちは必死だ。
その後も次々と迫りくる敵の刃をかいくぐり、俺は逃げ回った。
そしてとうとう息がきれてきた頃に、待望の援護がもたらされる。
『土石槍撃』
俺の足ぐらいある石の槍が、でかスケルトンの背中に突き刺さった。
しかしそれは敵を仕留めるには程遠く、せいぜい一時的に動きを止めたぐらいだ。
それを見た俺は最後の力を振り絞って、叫びながら走り出した。
「逃げるぞ、アニー」
「ええっ?……分かったわ」
こうして俺は、初めての試練からほうほうの態で逃げだした。