10.新米冒険者
平野部を10日ほど移動すると、ようやく旧王都へ到着した。
「なんか、ボロボロだね」
「帝国にも見捨てられた状態だからな」
じっちゃんの持っていた冒険者証で、町への立ち入りはできた。
そして防壁の中へ入って、街並みを見た感想がこれだ。
それもそのはずで、14年前にこの町は、帝国軍に略奪され尽くしたのだ。
おかげで多くの建物は燃えたり、壊されたりしている。
おまけにこの地は魔物の脅威が大きいので、その後の入植も進まない。
そんな中、冒険者ギルドがこの地へ進出したおかげで、少しは人の流れができた。
冒険者が魔物を狩って素材や魔石を売れば、そこに経済活動が発生する。
そんな冒険者の衣食住を支える産業の進出もあり、ようやく町らしきものが復活したのだ。
すると今度は帝国が、貧民の移住を推進した。
それはスラム街に住む貧民であったり、開拓に失敗した地域の住民だったりする。
言ってみれば棄民政策に等しいが、裕福な者は絶対にこんな所に住まない。
せっかくエウレンディア王国を滅ぼして奪った土地を、遊ばせておくのも業腹だと、帝国はこの棄民政策を進めたのだろう。
ただしそれを管理する官僚なんかもいないから、冒険者ギルドを中心とした自治都市のような存在になっている。
旧エウレンディア領には、そんな町がいくつかでき上がっていた。
いずれも魔物から身を守れるぐらの防壁を持った都市だ。
そしてこの旧王都は、その中でも最大のものになる。
町の名は、”デリア”と呼ばれていた。
この地を統治できないアルデリア帝国の、精一杯の嫌がらせだろうか。
とりあえず真っ先に向かったのは、冒険者ギルドだった。
俺とアニーを登録するためだ。
冒険者とは、魔物退治からゴミ掃除までなんでもやる存在だ。
危険だし初心者は稼げないしで、一般市民が望んで就くような仕事ではない。
ただしそれなりに需要はあるもんだから、それを支援する冒険者ギルドってのがある。
ギルドは多国間にわたって存在し、横の連携もしっかりしてるそうだ。
もちろん国の法律には従うのだが、人間同士の戦争には協力しないことになっている。
過去の英雄クラスの冒険者がギルドを立ち上げた時に、そういう協定を交わしたって話だ。
そしてそのおかげで、冒険者はわりと自由な移動を保証されてるってのが、数少ないメリットになる。
なので俺たちが平野部で活動するためにも、冒険者証を作ることにしたのだ。
俺たちを伴ったじっちゃんが、受付カウンターで申し入れる。
「この2人の登録をお願いしたい」
「かしこまりました。それではこちらの用紙に、必要事項をご記入ください」
受付の女性が紙を2枚寄こしたので、俺とアニーはその場で欄を埋めた。
書いた内容は名前、年齢、得意な武器や技能ぐらいなもんだ。
さらに保証人の欄にじっちゃんがサインして提出すると、しばし待たされる。
冒険者について簡単に説明してある冊子を読みながら待っていると、また名前を呼ばれ、親指ほどの大きさの銀色の金属板を渡された。
表面には俺たちの名前と特殊な印が刻印されており、片側に穴が開いていた。
おそらくここに紐でも通して、首から下げておけというのだろう。
普通ならいろいろ説明を聞くところだが、俺たちはじっちゃんがいるので免除。
そのまま外へ出て、昼食を食べながら話をする。
「これが冒険者証かぁ。案外、簡単に作れるもんだね」
「まあ、これ自体はただの身分証みたいなものだからな。それに儂が保証人になったので、手っ取り早かったのもある」
「ああ、見習いを1週間ほどやらされたんだっけ」
じっちゃんはたまに情報収集のため、王都へ来ていたことがある。
その時に冒険者登録をしたのだが、紹介者も何もないので、最初は見習いからスタートしたそうだ。
それを無難にこなして認められれば、晴れて冒険者となれるのだが、今回はそれをすっとばした形だ。
もっとも、それはじっちゃんが、俺たちの身元保証と今後の指導を引き受けたからこそだ。
ちなみに冒険者にはランクがあって、上から金剛鉄、聖銀、黄金、白銀、鋼鉄、青銅、樹木までの7段階だ。
そして俺たちは今回、ウッド級の冒険者になった。
これは素人に毛の生えたようなランクで、せめてスチールぐらいまでは昇格しないと、1人前と認めてもらえないらしい。
ちなみにじっちゃんはそのスチール級だ。
本当はもっと上も狙えるはずだが、ランク上げは目的じゃないので、ほどほどにしておいたとか。
ランクを上げるには魔物を狩ったり、ギルドが斡旋する依頼をこなして実績ポイントを稼ぐ必要がある。
俺もがんばってランクを上げるつもりはないが、機会があればポイントを稼ぐのもいいだろう。
昨日は町の中を見て回った後、宿で一晩過ごした。
そして今日はアニーの特訓を兼ねて、魔物の討伐に乗り出した。
これまでも森の中や平原では、さほど強くない魔物は倒してきた。
しかし迷宮に挑む前に一度は大物も倒しておこう、という話になったのだ。
今回の目標は平原の暴れ者、狂暴野牛だ。
じっちゃんが討伐依頼を受けると、巨足鳥のグルに荷車を牽かせ、平原へ向かった。
1刻ほど進むと、バイソンの生息地が見えてくる。
ちなみに1刻とは、1日を12等分した時間単位だ。
刻時器という魔道具で知ることができるが、普段は体感で判断している。
群れの外側にいるバイソンに近づくと、俺たちはその1体に狙いを定めた。
「ワルド、あれに矢を当てておびき寄せろ」
「了解」
およそ500歩ほど離れたバイソンに向け、山なりに矢を撃ち放った。
矢は狙いあやまたず獲物の背中に突き刺さり、悲鳴を上げさせる。
「ヴモーーーッ!」
すぐにこちらに気がついたバイソンが、猛然と突進してきた。
俺の背と同じぐらいの体高を持つ巨獣が、怒涛のように迫る。
バイソンはあっという間に彼我の距離を詰め、その角で攻撃しようとする。
「フンッ!」
しかしその突進は、白髪の老人にあっさりと止められてしまった。
いかなる手練の技か、じっちゃんの剣がその角に振り下ろされると、バイソンが勢いを殺される。
彼はそのまま右へ左へと動き回り、バイソンに手傷を与えていった。
もちろん俺も見てるだけじゃない。
愛用の弓で次々と矢を放ち、バイソンの気を逸らす。
そして背後ではアニーが精神集中を済ませ、魔法の詠唱に入った。
『我は水精に願う、慈悲深き水の力よ、凍てつく槍となりてかの敵を貫きたまえ。氷飛槍』
古代エルフ語の呪文によって生成された氷の槍が、まっしぐらにバイソンへ向かって飛んだ。
槍は見事に獲物の腹を貫き、その動きを大きく鈍らせた。
その隙を逃がさずじっちゃんの剣が、バイソンの首筋を深く切り裂く。
「ヴ、ヴモー」
血しぶきと断末魔の声を上げて、バイソンが地面に倒れ伏した。
しばし痙攣した後、それはもう2度と動かなかった。
「へー、やるもんだな、アニーも」
「えへへ、そうでしょ。結局とどめを刺したのは、アハルドさんだけどね」
するとアフィがニヤニヤしながら寄ってきた。
「ワルドは矢を撃ってただけだったわね。一番役に立ってないわよ」
「おいおい、あれでもちゃんとアニーを守りながら、じっちゃんをサポートしてたんだぜ」
「迷宮はワルドとアニーだけなんだから、もっとがんばらないと」
「勘弁してくれよ」
「アハハハハ」
アフィさん、厳しいっす。