幕間:帝国の落日
アルデリア帝国。
この大陸でも最大級の強国の名前である。
エウレンディア王国が”竜の咢”を制した後、はるかに住みやすくなって、人口の増大した地域に勃興した。
建国当初こそ多数の少数民族を含んでいたが、やがて単人族至上主義へと傾いていく。
その後数百年の時を経て、周辺の少数民族や小国を喰らい、強国にのし上がった。
しかしそんな帝国の武威に屈しない国が、すぐ隣にあった。
エウレンディア王国である。
たかだか30万人程度の小国にもかかわらず、”竜の咢”を抑え、周辺諸国の尊敬を集める国。
それは肥大した帝国貴族の自尊心を傷つけるに、十分な存在だった。
そして15年前、当時の宰相と皇帝の思惑が一致し、帝国はエウレンディアに侵攻した。
入念な準備を経た侵攻により、エウレンディアは短期間で崩壊し、王族は滅ぼされた。
それなりの財宝と奴隷を手に入れたことで、一時的に帝国上層部は戦勝に沸いた。
しかし帝国は、すぐに大きな負担をしょい込んだことを思い知る。
エウレンディアが押さえ込んでいた”竜の咢”が、全く制御できなかったのだ。
当初こそ大軍で押さえ込んだものの、その被害の大きさに悲鳴を上げることとなる。
さして間を置くことなく、旧エウレンディア領の放棄が決定された。
その後は従来の国境付近に大軍を置き、魔物の流入阻止に集中せざるを得なかった。
結果的にそれは、森林地帯に逃げ込んだエウレンディア国民を、帝国からの追撃から守ることとなる。
しかし食料資源に乏しく、魔物の脅威もある森林地帯では生きることも難しく、その多くが他国へ流れていった。
それから15年後、旧エウレンディア領で異変が起こった。
「新生エウレンディア王国だと?」
「はっ、旧エウレンディア領の王都が占拠され、建国が宣言されたそうです」
「首謀者は誰だ? エウレンディア王家は全滅したはずであろう」
「はあ、そのはずだったのですが、王族の生き残りと称する男が、王位に就いたようです」
「なんだとう……」
15年前に徹底的に追い詰めたはずのエウレンディア王族が、生き残っていた。
そう聞かされた皇帝ゲルハルトは、憎しみにも近い怒りを抱く。
誤った報告をした者には、責任を取らせねばならない、と。
「15年前に族滅させたと報告した者を調べ上げ、処分せよ。それから叛徒どもの規模は? 他国との関係は?」
「それについては、情報局長官のハムニバル様が、自ら調査に出たそうです。いずれ報告があることと存じます」
「ふむ、奴が出たのなら安心だな。いつでも討伐軍を編制できるよう、準備しておくように」
「かしこまりました」
それから数日後にはハムニバルから情報がもたらされ、前王の遺児が王位に就いたことが確認される。
さらに驚いたことに、七王の盾が復活し、”竜の咢”の封鎖まで実現しているという。
「竜の咢を封鎖したということは、本物か? しかしどちらにせよ、やることは変わらん。ただちに討伐軍を編成し、差し向けよ」
「はっ、ただちに。きゃつらも魔物の処置には苦労しておりましょうから、その間に叩き潰してしまえばよいのです」
「うむ、そうだな。しかし、せっかく封鎖された咢をまた手放すのは、ちと惜しいのう」
「それでしたら、今回は息の根を止めず、門番を続けさせればよいのではないですかな? もちろん、身の程を教える必要はありますが」
「おう、それはよいな。さすれば旧エウレンディア領も、使えるようになる。なんとしても王族を生かして捕らえるよう、指示を出せ」
「はは~っ、陛下の仰せのままに」
15年前の侵攻があまりにもうまく行きすぎたため、帝国はエウレンディアを侮っていた。
そのため、大軍を揃えて攻め寄せれば、簡単に蹂躙できるとしか考えていなかった。
当代のエウレンディア王が、史上最強といえるほどの存在になっていることも知らず。
それから1ヶ月後、帝都に凶報がもたらされた。
「我が軍が負けただと? そんな馬鹿な……」
「は、しかも全軍の3割を失う惨敗とのことです」
「全滅に近いではないか……”帝国の7剣”は何をしておった?」
「七王と呼ばれる怪物の前に、敗北を喫した由にございます。特にハムニバル様は、ケガを負われたとのこと」
「信じられん、あの人外どもが……」
「現在、我が軍はカルガノに集結し、戦力を再編しております。それ以上の侵攻を許すことはないでしょうが、こちらからの再侵攻は難しいかと」
「ええいっ、非常事態を宣言して、全土から兵を集めよ。10万でダメなら、20万をぶつけるのだ」
「はっ、ただちに手配いたします」
こうして非常事態を宣言した皇帝だが、帝都にさらなる激震が走る。
「新生エウレンディア王国国王、ワルデバルドだっ! マルレーンの双玉は返してもらった!」
若きエウレンディアの王が、自ら乗り込んできたのだ。
そして後宮の美姫を奪ったばかりか、帝城を破壊して逃走した。
しかも帝都にいた2百人近いエウレンディアの奴隷が、その日の内に逃亡したことも判明する。
さらにはエウレンディアから奪った財宝も、宝物殿から消えていた。
「くそがあっ! なぜ奴は捕まらん? 2百人もの奴隷を連れて、どこへ消えたというのだ?」
皇帝ゲルハルトは大いに荒れ、多くの警備関係者が職務怠慢で罪を問われた。
さらに帝都の兵士を総動員して捜索したものの、エウレンディアの痕跡は影も形もみつからなかった。
「エウレンディアの奴隷を何人か殺して、首を送りつけてやれい!」
「は、ただちに」
いらだったゲルハルトは見せしめとして、旧エウレンディア国民の殺害に走る。
エウレンディア王に忠告されていたにもかかわらず。
それから数日後、今度は帝国東部から凶報がもたらされた。
国境近くで、6つもの砦が崩壊したとの報告が届いたのだ。
「なん、だと? 東部の砦が6ヶ所もやられたというのか?」
「は、報告を信じるならば、そうなります」
「馬鹿な。儂らは何を相手にしているのだ?」
「……」
「それならば、休戦をエウレンディアに持ちかけよ。敵を油断させておいてから、砦を攻めるのだ。今までの失点を取り返せ!」
「しかしそれは……」
「しかしもくそもないっ! とにかくやれ」
「はは~」
こうして浅はかな計略が実行されたが、エウレンディアはそれをやすやすと食い破った。
さらなる痛手を、帝国に与えて。
「い、”帝国の7剣”が全滅しただとぅ?」
「はっ、かろうじてマディラ卿とブードゥレイ卿は生還しましたが、重傷です。その他は行方が知れませんが、おそらく生存は絶望的かと」
「馬鹿な……我らの切り札が……最強の剣が……」
ゲルハルトは得体の知れない敵に、初めて恐怖した。
しばし思考を巡らしてから、命令を絞り出す。
「ジブレを呼べ」
「はっ。ロードサット卿をですか? いったい何用で?」
「休戦交渉を進めるのだ。今回は時間稼ぎではない。一刻も早くエウレンディアとの戦争を終わらせ、東部へ兵力を差し向けるのだ。そのためにはジブレが必要だ」
「かしこまりました。ただちに手配を」
ほどなくして、休戦交渉の特使として、ジブレ・ロードサットが送られた。
しかし自信満々で旅立ったはずのジブレは、意気消沈して帰還した。
しかもエウレンディアから、過大な要求を押しつけられたうえで。
あまりの不甲斐なさに、ゲルハルトはジブレをなじった。
「ジブレともあろう者が、この体たらく。恥ずかしいと思わんのか」
「……陛下のご期待に沿えず、申し訳ありませぬ。このうえは、この首をもって償うしか」
「馬鹿を言うな。それよりも、少しでもエウレンディアの譲歩を引き出す手はないのか?」
「残念ながら、彼我の戦力に差があり過ぎます。あれは、敵に回してはいけないものかと」
「七王、か……本当にそれほどのモノか?」
「いえ、それだけに限らず、ガルドラを始めとする魔法戦力も、15年前をはるかに上回っております。ここは一旦手打ちにして、周辺諸国を巻き込み、力を蓄えるべきと存じます」
「それしかない、か……」
ほどなく帝国とエウレンディアの間で交渉が成立し、戦争は終わった。
そしてその責任を取る形で、ゲルハルトとジブレは公職を退いた。
それからしばらくして、彼らは変死体となって発見されたという。
残り2話で完結です。




