表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/105

幕間:帝国の落日

 アルデリア帝国。

 この大陸でも最大級の強国の名前である。

 エウレンディア王国が”竜の咢”を制した後、はるかに住みやすくなって、人口の増大した地域に勃興した。


 建国当初こそ多数の少数民族を含んでいたが、やがて単人族ヒュマナス至上主義へと傾いていく。

 その後数百年の時を経て、周辺の少数民族や小国を喰らい、強国にのし上がった。

 しかしそんな帝国の武威に屈しない国が、すぐ隣にあった。


 エウレンディア王国である。

 たかだか30万人程度の小国にもかかわらず、”竜の咢”を抑え、周辺諸国の尊敬を集める国。

 それは肥大した帝国貴族の自尊心を傷つけるに、十分な存在だった。


 そして15年前、当時の宰相と皇帝の思惑が一致し、帝国はエウレンディアに侵攻した。

 入念な準備を経た侵攻により、エウレンディアは短期間で崩壊し、王族は滅ぼされた。

 それなりの財宝と奴隷を手に入れたことで、一時的に帝国上層部は戦勝に沸いた。


 しかし帝国は、すぐに大きな負担をしょい込んだことを思い知る。

 エウレンディアが押さえ込んでいた”竜の咢”が、全く制御できなかったのだ。

 当初こそ大軍で押さえ込んだものの、その被害の大きさに悲鳴を上げることとなる。


 さして間を置くことなく、旧エウレンディア領の放棄が決定された。

 その後は従来の国境付近に大軍を置き、魔物の流入阻止に集中せざるを得なかった。

 結果的にそれは、森林地帯に逃げ込んだエウレンディア国民を、帝国からの追撃から守ることとなる。

 しかし食料資源に乏しく、魔物の脅威もある森林地帯では生きることも難しく、その多くが他国へ流れていった。




 それから15年後、旧エウレンディア領で異変が起こった。


「新生エウレンディア王国だと?」

「はっ、旧エウレンディア領の王都が占拠され、建国が宣言されたそうです」

「首謀者は誰だ? エウレンディア王家は全滅したはずであろう」

「はあ、そのはずだったのですが、王族の生き残りと称する男が、王位に就いたようです」

「なんだとう……」


 15年前に徹底的に追い詰めたはずのエウレンディア王族が、生き残っていた。

 そう聞かされた皇帝ゲルハルトは、憎しみにも近い怒りを抱く。

 誤った報告をした者には、責任を取らせねばならない、と。


「15年前に族滅させたと報告した者を調べ上げ、処分せよ。それから叛徒どもの規模は? 他国との関係は?」

「それについては、情報局長官のハムニバル様が、自ら調査に出たそうです。いずれ報告があることと存じます」

「ふむ、奴が出たのなら安心だな。いつでも討伐軍を編制できるよう、準備しておくように」

「かしこまりました」




 それから数日後にはハムニバルから情報がもたらされ、前王の遺児が王位に就いたことが確認される。

 さらに驚いたことに、七王の盾が復活し、”竜の咢”の封鎖まで実現しているという。


「竜の咢を封鎖したということは、本物か? しかしどちらにせよ、やることは変わらん。ただちに討伐軍を編成し、差し向けよ」

「はっ、ただちに。きゃつらも魔物の処置には苦労しておりましょうから、その間に叩き潰してしまえばよいのです」

「うむ、そうだな。しかし、せっかく封鎖された咢をまた手放すのは、ちと惜しいのう」

「それでしたら、今回は息の根を止めず、門番を続けさせればよいのではないですかな? もちろん、身の程を教える必要はありますが」

「おう、それはよいな。さすれば旧エウレンディア領も、使えるようになる。なんとしても王族を生かして捕らえるよう、指示を出せ」

「はは~っ、陛下の仰せのままに」


 15年前の侵攻があまりにもうまく行きすぎたため、帝国はエウレンディアを侮っていた。

 そのため、大軍を揃えて攻め寄せれば、簡単に蹂躙できるとしか考えていなかった。

 当代のエウレンディア王が、史上最強といえるほどの存在になっていることも知らず。





 それから1ヶ月後、帝都に凶報がもたらされた。


「我が軍が負けただと? そんな馬鹿な……」

「は、しかも全軍の3割を失う惨敗とのことです」

「全滅に近いではないか……”帝国の7剣”インペリアルセブンは何をしておった?」

「七王と呼ばれる怪物の前に、敗北を喫した由にございます。特にハムニバル様は、ケガを負われたとのこと」

「信じられん、あの人外どもが……」

「現在、我が軍はカルガノに集結し、戦力を再編しております。それ以上の侵攻を許すことはないでしょうが、こちらからの再侵攻は難しいかと」

「ええいっ、非常事態を宣言して、全土から兵を集めよ。10万でダメなら、20万をぶつけるのだ」

「はっ、ただちに手配いたします」




 こうして非常事態を宣言した皇帝だが、帝都にさらなる激震が走る。


「新生エウレンディア王国国王、ワルデバルドだっ! マルレーンの双玉は返してもらった!」


 若きエウレンディアの王が、自ら乗り込んできたのだ。

 そして後宮の美姫を奪ったばかりか、帝城を破壊して逃走した。

 しかも帝都にいた2百人近いエウレンディアの奴隷が、その日の内に逃亡したことも判明する。

 さらにはエウレンディアから奪った財宝も、宝物殿から消えていた。


「くそがあっ! なぜ奴は捕まらん? 2百人もの奴隷を連れて、どこへ消えたというのだ?」


 皇帝ゲルハルトは大いに荒れ、多くの警備関係者が職務怠慢で罪を問われた。

 さらに帝都の兵士を総動員して捜索したものの、エウレンディアの痕跡は影も形もみつからなかった。


「エウレンディアの奴隷を何人か殺して、首を送りつけてやれい!」

「は、ただちに」


 いらだったゲルハルトは見せしめとして、旧エウレンディア国民の殺害に走る。

 エウレンディア王に忠告されていたにもかかわらず。




 それから数日後、今度は帝国東部から凶報がもたらされた。

 国境近くで、6つもの砦が崩壊したとの報告が届いたのだ。


「なん、だと? 東部の砦が6ヶ所もやられたというのか?」

「は、報告を信じるならば、そうなります」

「馬鹿な。儂らは何を相手にしているのだ?」

「……」

「それならば、休戦をエウレンディアに持ちかけよ。敵を油断させておいてから、砦を攻めるのだ。今までの失点を取り返せ!」

「しかしそれは……」

「しかしもくそもないっ! とにかくやれ」

「はは~」


 こうして浅はかな計略が実行されたが、エウレンディアはそれをやすやすと食い破った。

 さらなる痛手を、帝国に与えて。


「い、”帝国の7剣”インペリアルセブンが全滅しただとぅ?」

「はっ、かろうじてマディラ卿とブードゥレイ卿は生還しましたが、重傷です。その他は行方が知れませんが、おそらく生存は絶望的かと」

「馬鹿な……我らの切り札が……最強の剣が……」


 ゲルハルトは得体の知れない敵に、初めて恐怖した。

 しばし思考を巡らしてから、命令を絞り出す。


「ジブレを呼べ」

「はっ。ロードサット卿をですか? いったい何用で?」

「休戦交渉を進めるのだ。今回は時間稼ぎではない。一刻も早くエウレンディアとの戦争を終わらせ、東部へ兵力を差し向けるのだ。そのためにはジブレが必要だ」

「かしこまりました。ただちに手配を」




 ほどなくして、休戦交渉の特使として、ジブレ・ロードサットが送られた。

 しかし自信満々で旅立ったはずのジブレは、意気消沈して帰還した。

 しかもエウレンディアから、過大な要求を押しつけられたうえで。

 あまりの不甲斐なさに、ゲルハルトはジブレをなじった。


「ジブレともあろう者が、この体たらく。恥ずかしいと思わんのか」

「……陛下のご期待に沿えず、申し訳ありませぬ。このうえは、この首をもって償うしか」

「馬鹿を言うな。それよりも、少しでもエウレンディアの譲歩を引き出す手はないのか?」

「残念ながら、彼我の戦力に差があり過ぎます。あれは、敵に回してはいけないものかと」

「七王、か……本当にそれほどのモノか?」

「いえ、それだけに限らず、ガルドラを始めとする魔法戦力も、15年前をはるかに上回っております。ここは一旦手打ちにして、周辺諸国を巻き込み、力を蓄えるべきと存じます」

「それしかない、か……」


 ほどなく帝国とエウレンディアの間で交渉が成立し、戦争は終わった。

 そしてその責任を取る形で、ゲルハルトとジブレは公職を退いた。

 それからしばらくして、彼らは変死体となって発見されたという。

残り2話で完結です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらもボチボチ投稿しています。

魔境探索は妖精と共に

魔大陸の英雄となった主人公が、新たな冒険で自身のルーツに迫ります。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ