9.王都を目指して
じっちゃんや師匠と話をした俺は、残りの七王を解放するべく、王都へ行くことになった。
翌日いっぱい掛けて旅の準備を整えると、次の日には旅立つ。
同行者はじっちゃんとアニー、そしてアフィだ。
その日は暗くなるまで森の中を歩いて、適当なところで野営にした。
「疲れてないか? アニー」
「全然大丈夫よ。荷物は”グラ”に持ってもらってるし」
「クエ~」
”グラ”ってのは荷役用に連れてきた巨足鳥のことだ。
この動物は俺より少し背が高いぐらいの大きな鳥で、飛べない代わりに大きな足を備えている。
背中に鞍を着ければ騎乗も可能だが、さすがに3人分は調達できなかった。
そこで1匹だけ借り出して、荷運び役として連れてきたのだ。
こいつにアニーの荷物も持たせ、彼女は手ぶらにさせている。
さすがに名家のお嬢さんに、俺やじっちゃんと同等の体力は期待できないからな。
それもあって、順調に旅程をこなしていた。
「とりあえず予定どおりかな。明日はいよいよ森の外に出られそうだ」
「うむ、アニーもよくがんばったな。しかしここは森の中。あまり油断はするなよ」
「うん、一応、魔物除けの香は焚いてるけど、交代で見張りは立てないとね。あ、アニーは寝ててもいいぞ」
「ううん、私も見張りをするわ。これでもまだまだ元気なのよ」
「そっか。それじゃあ、アフィも入れて4交代にしようか」
今のアニーは緑色の上着にスリムな茶色のパンツ、それに皮のブーツといういでたちだ。
普段はスカート派の彼女だが、活動的な恰好もかわいらしい。
そんな彼女が気丈に元気さをアピールしていると、アフィが嬉しい提案をしてきた。
「私は一晩中起きてても平気よ。でも1人じゃ寂しいから、3交代にして話し相手になってくれない?」
「そりゃあ、1人で見張りをするよりはいいな。だけど、本当にいいのか? アフィ」
「平気よ。私は移動中に盾の中で寝られるから」
「ああ、ならそうしようか」
召喚精霊であるアフィは、盾の中で休憩できるんだそうだ。
盾の中がどうなってるかについては、凄く快適で外の状況も把握できる、としか教えてくれなかった。
いずれにしろ俺たちは交代で見張りを立て、睡眠をとった。
幸い危険な魔物も出ず、わりとよく眠ることができた。
さらに見張り中はアフィが話し相手になってくれたので、退屈せずにすんだ。
俺は今までどうやって生きてきたかを話し、アフィからは昔のエウレンディアの話を聞いた。
千年も前の初代エウレンディア王の建国譚には、胸躍るものがあったな。
俺の方はまた悲惨な思春期語りが暴走して、ちょっと呆れられたのはご愛敬だ。
翌日の午後には森を抜け、平野部で野営に入った。
ただし地面で寝るのは危険なので、木の上に寝床を作っての野営だ。
簡単な夕食を済ませてから、木の上で話をする。
「本当に人気がないんだね、この辺は」
「ああ、平野部は凶暴な魔物が多いからな。しかも群れで動いてるのが多いから、防壁の外では生活できんよ」
じっちゃんによれば、平野部には獅子や狼などの肉食系魔物や、野牛や鹿などの草食系魔物が住み着いてるそうだ。
その群れにでも遭遇しようものなら、よほどの大兵力でないと全滅しかねないとか。
しかも時々、とんでもなくでかい竜系の魔物が出現することもあって、帝国は下手に軍隊を動かせないんだって。
例えば山のように大きな”山王竜”とか、2本の足でのし歩き、強靭な顎で獲物を食い殺す”暴帝竜”なんかが有名だ。
これほどの大物は魔素の濃い魔境から離れないのが普通だが、なにかの拍子で”竜の咢”を越えることがある。
そして単人族がこのクラスを狩るには、万単位の兵力を必要とする。
そのため帝国はエウレンディア領の支配を早々に諦め、旧国境付近に築いた砦で魔物の侵入を防いでいるそうだ。
帝国の最強戦力である”帝国の7剣”も、その一部が国境に張りついてるらしい。
おかげで周辺諸国への圧迫や侵略が減って、この地域が平穏になったってのは、皮肉な話だ。
「それにしても、そんな危険な魔物を、エウレンディア王国はよく封じ込めていたよね」
ふと浮かんだ疑問に、アフィが答える。
「それは王国の誇る魔法戦力のおかげよ。王国はその人口に比して、精霊術師の輩出率が異常に高かったの」
「なんでそんなに高かったの?」
「フフフーン、それは私たち七王のおかげよ。精霊王に匹敵する私たちの周囲には、いくらでも精霊が集まってくるの。それに私は精霊と術者の仲介もできるしね」
ドヤ顔でアフィが胸を張る。
「……へー、そうなんだ。サスガデスネ、アフィサン」
「エッヘン、そうでしょ」
さらにドヤ度を増すアフィに、アニーが質問した。
「敗戦後、術師がほとんど生まれなくなったのは、七王を失った反動で精霊が減ったからなのかしら?」
「うーん……たしかに昔の王国には精霊が異常に多かったから、反動で減ったのは事実でしょうね。だけど精霊術師が生まれにくくなった原因は、エルフ自体にあると思うわよ」
「それって、どういうこと?」
俺の問いかけに、アフィがやれやれという表情で答える。
「それまでの楽な環境に慣れすぎちゃって、精霊との交信能力が衰えてたんだと思う。そこに精霊の減少が追い討ちをかけて、ほとんど術師が生まれなくなったんでしょうね。だって今でも中位精霊なんかは、それなりにいるのよ。ほらそこにも」
そう言ってアフィーの指す先に、半透明の何かが浮かび上がった。
最初はもやもやしていた物が次第に形を取り、薄衣をまとった長い髪の女性になった。
「これは風精霊、かな?」
「そうよ。今は私の感覚を共有して、あなたに見せているの」
「へー、本当に仲介できるんだな……そういえばアニーは、どうやって契約したんだっけ?」
昨今、ほとんど術師の生まれない環境で、アニーは独力で中位精霊との契約を成し遂げていた。
しかも風と水の2種類だ。
彼女が近年まれにみる天才、といわれる所以である。
「そうね……私の場合はある時フッと、話しかけられた気がしたの。そしてその感覚を逃がさないように集中したら、仮の経路がつながったわ。それで互いに意志を確認してから、契約を交わしたの」
記憶を引き出すように語るアニーを見て、じっちゃんとアフィが感想を漏らした。
「さすがはエルムタリア家の神童……」
「それって、そんなに単純なことじゃないわよ。その歳で師匠にも付かず、自力で契約するなんて異常よ。さすがは私を初見で認識しただけあるわね」
それを聞いて、俺は違和感を感じた。
「あれっ、俺も一発でアフィを見つけたのに、なんで契約できなかったんだろ?」
そんな俺の疑問に、アフィが苦笑しながら真実を教えてくれた。
「ああ、それ? 簡単にいうと、ワルドにはべっとりと七王の臭いが着いてるから、中位以下の精霊は遠慮して近寄ってこなかったのよ。私がいれば、仲介ぐらいはできたんだけどね~」
「ウオオオ~ッ、俺の人生を返せぇぇぇ~っ!」
それを聞いた途端、思わず叫んでしまった。
今までの悲惨な状況が次々と甦り、目からは涙がこぼれ落ちる。
涙で前が見えないよ、アフィ。
相当トラウマになってるな~、これ。
その後、アニーとアフィのフォローで、なんとか持ち直した。
”その分、体を鍛えられて良かったじゃない”とか、”それ以上に悲惨なことはないから、これからは楽しいわよ”とかな。
そんなことよりもっと平穏な生活がしたかったと心底思うが、彼女たちの気遣いはありがたい。
そんな話をしつつ、平野部での夜は更けていった。