1.無能エルフ
本作は”七王召喚!~エルフの尊厳を取り戻せ~”のリメイクです。
初期の作品なので、序盤はかなり書き直しました。
お楽しみいただければ幸いです。
どこか遠くで、やかましい争いの音が聞こえていた。
男たちの怒号と剣戟の音が飛び交い、煙の臭いも漂ってくる。
少し薄暗い部屋の中には一組の男女が立ちつくし、俺を見つめていた。
男は何かを深く悔いつつも、覚悟をきめた顔をし、女の方はポロポロと涙をこぼしながら、笑顔で手を振っている。
やがて意に沿わない形で、俺は彼らから遠ざかっていく。
決して離れたくはないのに、もっと一緒にいたいのに。
しかしそれは叶わなかった。
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ふいに現実に引き戻されてすぐ、俺は木の上で居眠りをしていたことを思い出した。
「またあの夢か」
俺は今まで、何度もあの夢を見ていた。
今の生活では縁のない人たちが出てくるのだから、おそらく過去の記憶の一部なのだろう。
俺の名はワルド。
隠れ里に住む森人族の孤児だ。
もうじき15歳になる。
孤児というからには親がいないのだが、幸いにも育ての親はいた。
14年前に俺を拾ってくれた狼人族の狩人で、アハルドという男だ。
髪の毛が真っ白で爺臭いから、俺はじっちゃんと呼んでいる。
実際に70歳近いらしいしな。
「キュン」
「カル。見張り、ありがとな」
リスのような動物が、俺の頬を舐めてくる。
こいつはカルといって、精霊幻獣と呼ばれる存在だ。
緑色の狐のような体に長い耳と赤い目を持ち、額には赤い宝玉が輝いている。
さらにパッチリした赤いおめめが、とてもかわいらしい奴だ。
カーバンクルってのは精霊が実体化した動物だと言われていて、エルフにとっては垂涎の的だ。
これに好かれる者は精霊にも好かれるので、偉大な精霊術師になれる可能性が高いからだ。
あいにくと俺には関係ないけどな。
「けっこう寝たみたいだから、もう帰るか」
「キュン」
俺は今日の成果を持って、木を降りた。
この木は俺が狩りにきた時の休憩所で、魔物に襲われない程度の高さに、ちょうどよい足場がある。
さらにここに住みついてるカルが、敵の存在を教えてくれるので、こうして昼寝もできるって寸法だ。
今日も早々にウサギを2羽仕留めていたので、ちょっと休んでいた。
ただしさっきの夢のせいで、あまり寝覚めは良くない。
俺はカルに別れを告げると、森の中を駆け抜けて隠れ里へ戻ってきた。
この森には凶暴な魔物もうろついてるから、決して気は抜けないのだ。
そのため隠れ里は、精霊術の結界によって隠蔽されている。
おかげで魔物や敵対勢力に脅えることなく、暮らすことができるのだ。
俺は周りを見回してから、里の入り口に当たる場所に立って呪文を唱えた。
すると目の前の藪が消え、里への道が開ける。
いつ見ても不思議な光景だが、精霊術ってのは凄いもんだ。
そのまま道を進むと、急に視界が開けて里へ出た。
ここまで来れば、もう安心だ。
そう思って踏み出した俺の足元が、急に弾けた。
「ウワッ!」
「アハハッ、やった~」
「里に入ったからって、油断してんじゃないぞ~、無能く~ん」
「ギャハハハハ、だっせ~」
思わずバランスを崩して転んだ俺に、罵声が浴びせられる。
こんなことをやるのは、奴らしかいない。
「あぶねーじゃねえかっ! ジョス」
「それくらい、避けられないのが悪いのさ」
「そうそう。1人で外に出るような奴が、避けられないなんて恥ずかし~」
「そう言ってやるなよ。しょせん奴は無能なんだから、ハハハハハ」
こいつらはジョス、べリル、タシムという3馬鹿だ。
俺と同年代のエルフで、事あるごとに絡んできやがる。
それもこれも、俺が全く魔法の使えない”無能エルフ”だからだ。
エルフってのは精霊との親和性が高い種族で、普通はなんらかの”精霊術”が使える。
”精霊術”ってのは、精霊を介して事象を改変する行為で、魔法とも呼ばれる技だ。
基本は地水火風の精霊の力を借り、さっきのように風を起こしたり、水を出したりできる。
とはいえ、その辺にいる下位精霊の力を借りるだけでは、大したことはできない。
ちょっと風を吹かせたり、火を着けたり、飲み水を出したり、土の小山を作る程度のものだ。
それは生活魔法、もしくは第1階梯魔法とも呼ばれるチンケな技だ。
そして人によっては、自我のある中位以上の精霊と契約し、より強大な精霊術を使うこともできる。
対人で殺傷能力を持つ魔法なら第2階梯、さらに魔物にも通じるなら第3階梯だ。
ちなみに地形を変えるほどの魔法は第4階梯になるらしいが、そんなものは伝説の中にしか存在しない。
いずれにしろ、多大な才能と努力によってそれを実現した者は”精霊術師”と呼ばれ、皆に敬われる。
住民が千人程度のこの里にも、10人といない希少な存在だ。
しかし生活魔法だったら10歳の子供でも使えるのが、エルフの常識だ。
そして俺は15歳を目前にして、全く使えない。
目の前の3馬鹿にとって、そんな俺が格好のイジメ対象なのは、想像に難くないよな。
「うるせー。魔法が使えなくたって、俺は狩りができるんだよ」
俺が2羽のウサギを掲げると、奴らは不機嫌になった。
「フン、たかがウサギぐらいで偉そうに。身体強化すらできないお前には、魔物は狩れないだろうな」
「狩れないかどうか、試してみるか?」
「ほー、やろうってのか?」
売り言葉に買い言葉で、つい挑発してしまった。
俺も腕に覚えがないわけじゃないが、魔法なしで3人相手はキツイ。
どうやってこいつらをいなすか考えていたら、ふいに美しい声が響いた。
『精霊よ、鎮まりたまえ』
今日中に5話まで投稿します。
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