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8、正夢

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「夢がいずれ正夢になるに違いないと信じたい気持ちは分かるがな……」


 確かに、夢に彼女が出てきた時、喜び勇んで叔父さんにその話をしたことがある。


「違う、夢じゃない」

「そうかそうか……」

「いや、妄想でもないからね!」

「そうか、うんうん」


 何だその生暖かい微笑みは。とうとう頭がおかしくなったとでも言いたいのか?


「叔父さんが教えてくれたあの喫茶店あるだろ?」

「あ? うん」

「こないだ閉まってたから、近くの別の店に行ったんだよ」

「おいおい、浮気はいかんなあ。あそこのコーヒーより美味しいところを見つけたのか?」

「じゃなくて、その店の向かいに新しく出来た花屋で、彼女を見つけたんだ」

「ほ?」


 具体的な話を聞いて、やっと叔父さんも興味を持ったようだ。居住まいを正して前のめりになる。


「確かに彼女なのか?」

「うん」

「会ったのか?」

「うん」

「で?」

「元気そうだった」

「じゃなくて!」

「ん?」

「ずーーーーーっと待ってたって伝えたのか?」

「……いや……」


 それは重いだろう。会った途端にそんなことを言われても、きっと彼女も困ることだろう。


「ずーーーっと好きでした。他の女に見向きもしませんでした。幾多の誘惑を乗り越え、並み居る強豪をかき分け、貴方に会いにきました。今すぐ押し倒しても良いですか」

「え?」

「その位言っても許されるだろう?」


 許されないだろ。怖いだろ。


「えと……何年だ? 大輔が大学生の時だろ? 20……20年以上じゃないか!」

「22年だよ」

「婚姻届けは用意したか?」

「は? いや……彼女には子供もいるそうだし……」

「離婚させろ。子供は引き取れ」

「ちょ……シングルはシングルなんだ。随分前に離婚したそうで……」

「じゃ問題ないな。問題なさすぎるな」


 いや、どうなってるんだこのヒトの思考回路。


「俺はすぐにでもそうしたいけど……彼女は俺のことなんて何とも思ってないかもしれないし……」


 現に他の男性との間に子供を儲けている。俺の顔を見た時も、なんとも不安そうな顔をしていた。


「そんなこと言ってる場合か。すぐに結婚しないと死ぬ呪いに侵されてるとか何とか、だまくらかして判を押させろ」

「叔父さん」


 そんな呪いを掛けられてる男と結婚する女がいるか? むしろ嫌がられるだろ?


「それがダメならこんなのはどうだ? 俺がチンピラの格好してその……花屋だっけか? そこで暴れてやるからお前が正義の味方宜しく彼女を助けに来て、ステキ! なパターンとか……」

「叔父さん?」


 こんなヒトに仲人してもらったカップルたちは皆大丈夫だろうか? どうか幸せな家庭を築いていますように。


「もしその……彼女と……俺が……けっこ……んできるとして……」

「どうした? 想像だけで目を潤ませるのはやめろ、いい年して気持ち悪いぞ」

「そしたら……叔父さんの事も紹介するんだから、チンピラ役はダメだろ」

「普通のこと言うな。例え話に決まってるだろ」

「!」


 本気かと思った。このヒトならやりかねない。


「どっちにしても放っといてくれ。自分で何とかするから」

「じゃ何でわざわざ俺を呼びつけてこんな話をしたんだ?」


 嬉しかったからだ。彼女に会えて。


「それは……誰かに聞いて欲しくて……」


 この幸運を。この奇跡を。この喜びを。


「……はあ」


 あ、確実に今笑いをこらえている。


「知ってると思うけど、この22年間、ずっと会いたかった人なんだ。情報が少なすぎて『海に落とした針を拾うようなもんですよ』って興信所にも断られて……あちこち探して、辛くて……」


 今更ながらあの頃の絶望を思い出す。もう会えないかも知れないという焦燥。無事でいるのだろうかという底の知れない不安。


「それが! あんなに探しても会えなかった人が! 目の前で動いて、話して、俺の事覚えていてくれたんだぞ!?」

「ああ……うん」


 そして何と!


「今は息子さんと二人で暮らしてるそうなんだ。さっきも言ったけど、旦那さんとは離婚していて……」


 正直なことを言うと子供をした相手がいたことには胸の奥がじくりと痛んだ。しかしその話を聞くまでは、パートナーが居ると信じ込んでいたのだ。日がたつにつれ不倫も辞さない心持ちになっていた。彼女がそんなことに同意するはずがないのに……。


 現金なものだ、再会するまではどんな状況だって神様に感謝すると思っていたはずなのに、せっかく会えた彼女が誰かのモノだと思ったらどうしようもなく落ち込んだ。


 しかし幸いなるかな、彼女は子持ちながらも独り身だった。昨夜は嬉しさのあまり眠れなかった。ベッドのサイドボードに置いた花を見詰めながら、そこに彼女がいるような気分で、いつまでもにやけていた。


 サトちゃんフリー!


「凄くないか? あんなに可愛い女性がフリーだなんて」

「いや、俺会ったことないし」

「サトちゃん……」

「……。おい、大輔」

「……」

「大輔」

「え? 呼びました?」

「はー……」


 何だろ、そのため息。


「息子って幾つなんだ?」

「ええと……18・9かな?」

「そんなにデカいのか?」


 そう言うと叔父さんは考え込むように腕を組んだ。


「こりゃ難しいかもな」

「え?」

「まだ小さいなら懐柔のしようもあるだろうが、それだけデカいともう旦那がいるようなもんだろ」

「へ?」

「早くに離婚したって言ったよな?」

「……はい」

「てことは母子で手を取り合って頑張って生きて来たわけだろ?」

「……かな?」

「だったら母親の周りに群がる男には厳しいんじゃないか?」


 弦三叔父さんはやれやれと両手をあげた。


「確かに……18・9ともなれば子供だましは通用しないだろうし……」

「まずは息子の攻略だな」

「そもそも……俺が嫌になって姿を消したのかも知れないし……」

「その辺も早く確かめろ」

「単に俺の事が嫌いなんだったらどうしよう?」

「その可能性もあるな」

「否定してくれよ!」


 我ながら情けない。


「嫌いだって言われたら諦めるのか?」

「まさか」

「だったら気にすることはない。好きになってくれるまで、犯罪にならない程度にアタックするしかないだろ?」


 犯罪にならない程度に、か。


「心強いよ。ありがと」

「どういたしまして」


 大の男二人、うっすらと心にもない笑顔を浮かべて、その個人的会議はお開きとなった。



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