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7、月下氷人

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『駒沢専務がおいでになりました』

「入ってもらって」


 秘書からの電話を切って部屋で待っていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


「失礼します」


 顔を覗かせたのはわが社の専務である駒沢こまざわ弦三げんぞうだ。彼は俺の母の従弟いとこにあたる。切れるタイプではないがとても面白い人で、亡き父が気に入ってわが社に入社させたらしい。社内では月下氷人げっかひょうじんと自ら名乗り。独身の社員に見合いを勧めるのが趣味である。母の従弟と言っても母よりかなり歳下なので、叔父と言うより年の離れた兄の様な感覚だ。俺が一人っ子だったこともあり、実際子供の頃は良く遊んでもらったものだ。俺が家を飛び出した後も、説教をするでもなく時折「元気か?」と電話をくれた。父亡きあと、頑なだった俺と母の間に立って話を進めてくれたのも弦三叔父さんだった。


「忙しいところすいません。どうぞ座って」


 席をすすめると、途端にくだけた雰囲気で彼がニッと笑った。

 

「どうした? 見合いする気になったか?」

「は?」


 叔父さんの座ったソファの前に腰を下ろしつつ、またかとため息をついていると、畳みかける様に彼は続けた。


「このまま独り身を通すには人生は長いぞ。なに、彼女のことを忘れる必要はない。その思い出を持ったまま、別の女性を幸せにしてやれば良いんだ」


 彼には家を出た経緯いきさつを包み隠さず話していた。


「叔父さん」

「大輔。彼女だってきっとお前の幸せを祈ってる。良い娘だったんだろ? そうに違いない」

「叔父さん」

「年上が好みだっていう28の女性がいてな……」


 そう言いつつも小脇に抱えていた封筒から見合い写真や釣書を取り出し、テーブルに広げだす。


「15も下とかどうだ? 幼な妻ってヤツ? かーっ、羨ましい」

時子ときこ叔母さんにチクるぞ」

「絶対ダメ」


 彼の奥さんの名前を出すと、途端に真顔になった。


「叔父さん。俺は彼女以外とは結婚しない」

「付き合ってみるだけでも良いぞ?」

「彼女以外とは付き合わない」

「お前……、あっちの方はどうしてるんだ?」

「はい?」

「プロのお姉さんにお願いしてるのか?」


 意味が分かって顔が燃えた。


「って無理か。この程度で真っ赤になる男が、風俗店に行けるわけないか」

「叔父さん!」

「大輔。お前もう幾つだ? お前と同年代の従兄連中はほとんど結婚したぞ?」

「……まだ智樹と弘樹がいるだろ」


 一番親しい従兄弟たちの名前を挙げてみる。母の弟の息子たちだ。とは言っても10以上年下だが……。


「あいつらはあっちこっちで抜いている」

「叔父さん!」


 言い方!


「しかも、智樹の方はこないだ、俺の言うことを聞いて見合いをしたしな」

「ホントに?」


 俺と違って女が途切れることのない智樹は『結婚制度なんかいるか?』と以前に言っていたはずだが・・。


「上手く行ったの?」

「いや。しかし、良い友達にはなったようなことを言ってたぞ? その気になれば口説いてみるとも……。わが社の女子社員なんだけどな」

「……そうですか……」

「誤解されやすいけど、良いなんだ。俺がも少し若かったら口説いてるんだけどな」

「それも時子叔母さんに伝えとく」

「ヤメロッ」


 本気で慌てるなら言わなきゃいいのに。


「時子叔母さんにべた惚れのクセに何でそういう事言うんです?」

「誰がべた惚れだ。俺は時子にお願いされて仕方なく結婚してやったんだからな」


 確かに結婚を切り出したのは時子叔母さんかららしいが、それには理由がある。弦三叔父さんと付き合っていた時、時子叔母さんのお祖母さんが『生きてる内に時ちゃんの花嫁姿が見たい』と言い出したのだ。大病を患って生死の境をさ迷った祖母を喜ばせたい一心で、時子叔母さんは『私結婚しようと思う』と言ったのだ。


『誰と?』

『それは今から探す』

『なんで俺と付き合ってるのに他を探すんだ!』


 慌てて弦三叔父さんは『親に挨拶に行くぞ』と言ったと叔母さんから聞いている。『私は別に弦三さんでなくても良かったんだけどね……』素直じゃないのは恐らくお互い様なのだろう。そんな言葉を使う年代ではないが、二人は立派なツンデレカップルだと思う。(普通はどちらか一方がそうらしいが……)


 そもそも、すわ離婚か!と思うほどの夫婦喧嘩をやらかした二人に、それを知らない部下が仲人を頼んだことが、彼が月下氷人を名乗りだしたきっかけだ。


『仲人をする人間が離婚なんてありえないからな。そういう訳だから離婚はしないぞ』

『お祝い事に水を差せないと思うから仕方なくよ。仕方なくだからね?』


 そもそもそんな気も無かったクセに、面倒な二人。



 俺は知っているぞ、自宅に遊びに行った時に、言葉ではつんけんしているクセにキッチンで二人キスを交わしていたことを。


『お皿取って』

『自分で取れよ』

『ケチ』

『なんだと?』

『ケチケチケー……んん!』


 シーン。


『ざまあみろ』

『も……バカ』


 羨ましい。てかなぜその流れでそうなる? 50代も後半も後半のクセに、エロじじい。


 

「仕方なくね。はいはい。ごちそうさま」

「ごちそうさま? 別にのろけてないぞ!」



 残念ながら子宝には恵まれなかった二人だが『そもそも俺が子供みたいなもんだからな。まあ良いんだ』と叔父さんは笑っていた。『他所よそで子ども作っても良いわよ』と言う叔母に『そりゃご丁寧にどうも』と笑った後『そういう余計な事言う口は、俺が責任を持って頻繁に塞いでやるからな』と真顔で言った。


 てか隣で聞いてた俺が真っ赤になった。時子叔母さんも真っ赤だったけど。



「お前は女友達の一人もいないだろ? おかしいぞ」

「何がです?」

「女に興味がないのか?」

「彼女以外は」

「変態」

「一途と言ってくれ。叔父さんだってそうだろ?」

「は? 何言ってんだバカ」


 照れてる。やってられん。


「しかし会えもしない相手をいつまでも待っても……」

「会えたんだ」

「え?」

「会えたんだよ。彼女に」

「……」


 叔父さんが俺を憐れむような眼で見た。


「何だ、また夢でも見たのか?」



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