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この世界のどこかに  作者: 碇 カマス


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50/56

50、羨望の眼差し

+-+-+-+-+


「本日は新郎新婦の門出をご祝福下さり、誠にありがとうございます。披露宴はこれにてお開きとさせていただきます。新郎新婦が入り口で皆様をお見送りいたしますので、忘れ物の御座いませんよう、お気をつけてお帰り下さいませ」


 華やかな司会の声が響き渡り、披露宴会場にいた面々は三々五々腰を上げた。


「良いお式だったわね」


 隣で微笑むサトちゃんを見て複雑な気持ちになる。


 今日は、従弟の智樹とわが社の庶務に勤務している芝山くんの結婚式だった。


「……そうだな。俺たちも、早く……」


 と言いたいところだが、相変わらず大江のお義父さんからは門前払いを喰わされている。


 ため息ばかり。


 それでも会う親戚、会う親戚に『俺の婚約者』『俺の隠し子』と問われるがままにサトちゃんと大吾を紹介した。ゴシップ好きの叔母さん達の良い餌食だったが構わない。


 意外だったのは母さんの反応だ。そんな俺の様子に全く動じていない。


『やっと嫁を連れて来てくれたと思ったら孫まで居て、濡れ手に粟ですの』


 としゃあしゃあと言い放つ。


 頑なに母を遠ざけていた自分がバカだったと気付かされて胸が痛い。もっと真剣に腹を割って話していれば、分かり合えることも沢山あったのかも知れない。


 何より、あんな形で父を失う事もなかっただろう。


『アレの物言いがキツイのは性分だ』


 常に母の味方である父にいら立ちを覚えていた。


『父さんだけでも彼女に会ってくれないか?』


 そう懇願する俺に『大輔、彼女はまだ高校生なんだろ? 彼女の可能性を阻むような愛し方はするな』と父は言った。


 若かった俺はその言葉の意味を理解できなかった。他所の誰かに持って行かれる前に、早く自分のものにしたかった。結局彼女を失い。その全てを母や芙沙子のせいにして、両親を遠ざけた。父の寿命を縮ませたのは自分なのではないかとの悔恨の念は、恐らく一生消えることは無い。


「大輔と聡美さんのお式は何時になるかしらねえ……」


 立ち上がりつつ着物の前を整えた母が、チラリと俺を見る。


「すみません、お義母さま……」

「あら、聡美さんのせいじゃありませんよ。大江のお父様の言うことはごもっともです。気の済むまで罵られるしかないでしょう」

「祖父ちゃん頑固だからなあ……」


 同じテーブルを囲んで居た大吾がため息交じりにそう呟く。


「大吾はどうだったの? 理恵ちゃんのご実家への挨拶」

「うん。凄く歓迎してくれた。年下だし反対されるかもと思ってたんだけど、気さくで面白いお父さんとお母さんだった」


 羨ましい。


「はは……行かず後家の娘がやっと片付くって大喜びで……。お恥ずかしい」

「あら理恵ちゃん、今時30才で行かず後家なんて古めかしい」

「年齢的にと言うより、私にその気が無いのを親たちは知ってたもので……」

「その気になってくれて良かったわね、大吾」

「うん。真津子さんのお陰」


 友田くんの薬指には既に指輪が光っている。


 大吾が買ったにしては高価そうなその指輪は、母の真津子から譲り受けたと言う。


 ああ、羨ましい。


 実は俺も、母から許可をもらったあの日、ずっとしまってあった指輪を彼女に渡した。


 初めての彼女へのプレゼント。高価すぎると突き返された例の指輪だ。


 しかし生憎、嵌めようとするとサイズが合わなくなっていた。


『うう、太った……』


 そう恥ずかしそうに彼女はうつむいたが、仕事柄、水仕事で小さく可愛い手はむくみがちだ。宝石店で後日サイズ調整をしてから渡すからと伝えたが、お義父さんの反対に会い、未だ渡せていない。


「あ、私そろそろ店に戻らないと……」

「そうよね。聡美さんはお店があるんだったわね」

「送ってくよ。忙しい中悪かったね」


 まだ親族でもないのに、親戚にみせびらかしたくて、智樹にサトちゃんと大吾の席を増やしてもらった。


『席増やすくらい良いけど、大丈夫?』

『何が?』

『向こうのお義父さんに反対されてるんだろ? 見せびらかしたは良いけど、結局結婚できなかったなんてことになったら……』

『縁起の悪い事言うな。何としてでも許してもらう』

『あ、そ。しかし……見てられなかったなあ。社長室での従兄にいさんの顔。ニヤニヤニヤニヤ……』


 黙れ。その言葉そっくりそのままお前に返してやる。


 チャペルでの式の最中の真剣過ぎる顔や、誓いの言葉を終えて盛大にホッとする顔。その上披露宴の間中、新妻をうっとりと見詰めるだらしない顔と言ったら……。よくも俺の事をあざ笑えたものだ。


 十も年下のクセに俺より先に結婚しやがって。羨ましい。今日から嫁と二人の生活が始まるのか。羨ましい。


 披露宴会場を出たところで新婦の横に佇む新郎は、退室していく来賓をだらしない顔で見送っていた。


「おめでとう智樹、芝山くん」

「ありがとう」

「あ、社長……ありがとうございます」

「まだ、仕事は続けるんだろ?」

「はい。お世話になります」


「そのミニのドレス。凄く似合ってるわね」


 聡美がそう言うと、両脇に控えていた両家の母親二人が女子高生の様に騒ぎだした。


「でしょう?」

「だから言ったじゃない春ちゃんたら!」


 良く分からないが、コレもウエディングドレスと言うのだろうか? レースをふんだんに使ったアイボリーの生地にベルトの所だけが黒いリボンで飾られている。スカート部分は片側は膝まであるのだが、右に行くに従って短くなっている。


「……恐縮です」


 本人は本意ではないらしく、辛うじて笑顔を貼り付けている。


 会社で見かける時はボーイッシュな服装だから、恐らく花嫁衣装は母親たちの趣味なのだろう。


「しば、そんなに綺麗な足してるんならもっと出せば良いのに」


 後ろから大吾とやってきた友田くんが声を掛ける。


 大吾の希望で親族の席に座ってもらったが、友田くんは本来芝山くんの友人として列席していた。二人は同期入社で、部署は違うが普段から仲が良いらしい。


 こういうドレスも悪くはないが、サトちゃんにはこんな風に足を見せて欲しくない。母が言っていた神式なら和装になるだろうから、その心配もないか。それとも披露宴ではやはり女性はドレスを着たいものだろうか? どちらにしても極力肌の露出は控えてもらおう。それを目にするのは俺だけで良い。


 まだ日取りも決められない状況のクセに勝手に想像をめぐらしている俺を、智樹が睨みつけた。


「従兄さん……人の嫁の足をそんなに凝視するもんじゃない」

「は?」

「せこい事言うな智樹。減るもんじゃなし」


 カラカラと笑いながら仲人として端に居並ぶ弦三叔父さんが言う。その隣で、息子の珍しい反応に智樹の父の克樹叔父さんが笑いをこらえている。


「減る」

「ぐふっ!」


 ああ、ついにこらえ切れなくなって克樹叔父さんが吹き出した。


「次は大ちゃん達ね」


 その声に振り向くと時子叔母さんが俺の母と手を取り合って微笑み合っている。


「そうだわ。今度女子会しましょうよ」

「え?」


 女子会?


「春ちゃんでしょ、理恵ちゃんでしょ、聡美さんに、真津子さんに私。それに……」


 と両家の母親たちに時子叔母さんが目をやる。


「良いの? 時ちゃん」

「モチロン」

「芝山さん、私たちも混ぜてもらいましょうよ!」

「ええ、是非!」


 駒沢と芝山の女子高生ははおやたちも参加する気満々だ。なんとかしましい。


「ま、その話はまた今度。聡美はこのあと仕事で忙しいので先に帰るよ。じゃ」


 サトちゃんの手を取って、皆に会釈してからその場を離れた。


 程々にしてくれよ。


 叔母さんたちに連れ回されたら、俺とサトちゃんの時間が減る。



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