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この世界のどこかに  作者: 碇 カマス


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44/56

44、面白いので大丈夫

+-+-+-+-+


「大吾、君が俺の息子だと言うことを彼女は俺に言っちゃいけないと思っていたんだ。俺が他の女性と結婚しているとつい最近まで信じていて……。家庭を壊しちゃいけないと……」

「は?」

「彼女はずっと君の父親は他に居ると俺に嘘をついていた。俺も君に会うまではそれを信じていた。でも、会った途端に分かった。俺の息子だ。知らなかったとは言え、すまない」


 深々と頭を下げると、サトちゃんが慌てたように言い募る。


「違うの、大輔は……神崎社長は悪くなくて……私がその……良く確認もせずに他人ひとの話を鵜呑みにしちゃって……」

「はあ!?」

「俺には親の決めた婚約者がいたんだ。俺の知らない間に、その彼女が聡美と接触して、お腹に俺の子がいるって言ったらしい」

「はい?」

「……真に受けて、そういう事なら身を引かなきゃって、1000万もらってトンズラしたの」

「1000万?」


 トンズラ?


 そこにいた全員が口を開けて固まった。


「兎に角身を隠してくれって。一応お金は断わったんだけど、受け取ってくれなきゃ安心できないって言われて、ま後で返せば良いかと思って。田舎の旅館で住み込みのバイトなんかしてて……その内に体調が悪くなってきて……病院で検査したら妊娠してて……ま、それがアンタなんだけど……。向こうで産んで、流石にもうほとぼりが冷めたかなってアンタが3歳の頃にコッチに帰ってきて……。いやー、爺ちゃんにはこっ酷く怒られたわー」


 慣れない土地、慣れない仕事、妊娠、育児。大変だったろうに大したことじゃない様に彼女は話す。俺に気を使っての事だろうが、何度聞いても胸が痛む。


「実際はその婚約者の方は妊娠してらっしゃらなかったんですね?」


 ふんふん、と誰よりも熱心に聞いていた友田くんが尋ねる。


「妊娠どころか、触ったことすら無い。彼女と連絡が取れなくなって焦っている俺のところへ来て、聡美は金をもらって男と逃げたとあの性悪女は言ったんだ。信じられなくてアチコチ探したが見つからなくて……」

「てっきり芙沙子さん……あ、大輔の婚約者ね。芙沙子さんと子供さんと幸せに暮らしてると、最近まで信じてたのよね……」

「その頃まだ大学生だった俺は、そんな女と結婚させようとする親に愛想を尽かして他の会社に就職した。家も出て、いつか聡美に再会できると信じて待った」

「え……ずっと?」


 サトちゃんが驚いた顔で俺を見る。


 ずっとだ、会えない間も君だけを欲していた。


「変か?」

「だって……男と逃げたって言われてたんでしょ?」

「付き合いは短かったけど、聡美がそんな女じゃないことは俺が一番分かっている。他に好きな男が出来たのなら、俺にはっきりとそう言ったはずだ」

「ま……そうだけど」

「性悪女に妊娠をほのめかされていたとは知らなかったけど、恐らく有る事無い事吹き込まれてるんだろうとは思ってた」

「会えない間に、聡美さんが他の方と結婚されてるかもとは思われなかったんですか?」


 友田くんに問われて、苦い感情を思い出す。正直何度もそう思った。


「……それでも会いたかった。良い人と結婚してるならソレはソレで……碌でもない相手ならこれ幸いと……」


 良き友人でいようと自分を偽っていた時でさえ、彼女の傍を離れると言う選択肢は無かった。


 どちらにしたって、諦めきれずに何年だって待っただろう。彼女が離婚するまで、あるいは未亡人になるまで。


「大江くんが今22歳だから……それ以上会ってなかったんですよね?」

「昨年再会したんだ。だから、ちょうど22年会えなかったことになるかな」


 長い長い暗闇(トンネルの中にいる気がしていたが、思えばあっという間だった。


「もう片時も離れていたくないんだ。早く一緒に住みたいんだが、聡美が式を上げてからって言うから……」


 そう言って彼女を見つめる。


「社長」

「ん? 何だい友田くん」

「良かったですね」

「……うん。ありがとう」

「理恵、なんで涙目?」

「だって……」


 気の強そうな見た目と違って涙もろいらしい。何度も何度も頷いて、唇をかみしめながら俺とサトちゃんを交互に見る。


「駒沢さん、固いこと言わずに一緒に式挙げさせてあげて下さい!」

「ええー!?」


 いい子だな友田くん、自分の事の様に一生懸命に智樹にお願いしてくれて。


「はい変なスイッチ入った」


 芝山くんのこの飄々としたところも面白い。


「いや、嫌だよ。春くんと俺の式なの。ましてや君んトコもとか嫌だからね!」

「面白いけどなあ」

「春くん!」


 おい、智樹。『なの』って何だ。『春くん』て何だ。お前そんな声音でいつも彼女を呼んでるのか? それに芝山くんのこの様子。智樹が女性に振り回されるとか面白すぎる。


「ウチは結構です」

「ええっ! 理恵、社長が良いなら俺達もお願いしよう」

「良いとか言ってないからな。恩を仇で返すつもりか!」


 恩? 智樹と大吾は面識があるのか。そうか、智樹は友田くんと見合いをしているし、芝山くんも友田くんの同期で恐らく仲が良い。仲直りに一役買ってもらったのかも知れない。

 知らぬ仲でもないなら3組合同結婚式もそう不自然じゃ……


「あ……あの……」

「ん? どうした? 聡美」

「……あの……なし崩し的に一緒に住み始めたら何か……ケジメがつかないというか、そういうつもりで、式を挙げてからって言ったのね」

「うん」

「だから……」


 サトちゃんがチラリと大吾を見た。


「何? 別に、俺のこと気にしてるなら良いよ。さっさと籍だけでも入れて、一緒に住めば?」

「本当か、大吾!」

「ええ」

「ありがとう!」


 あまりの嬉しさにタガが外れた。


「!」

「!」

「!」

「!」


 隣に座っていたサトちゃんをかき抱き、思わず唇を塞いでしまった。


「ちょ……大輔……こんなとこで……だめ……」

「今日から一緒に住もう!」

「ま……そっちのお義母さんに挨拶とか……」

「連絡しておく!」


 サトちゃんと一緒になれるなら、鬼にでも連絡する!


 同居がこんなに早まるなんて嬉し過ぎる。


 そんな俺をよそに智樹が呆れた声で「帰っても良い?」と言った。


「え? ああ、悪かったな。式楽しみにしてるぞ」


 帰れ帰れ、俺はお前よりも先に嫁と住めるんだ。


「こっちこそ楽しみにしてるよ」

 

 何だそのあざける様な微笑は。言っとくけどお前も相当恥ずかしいからな。さっきからずっと芝山くんの手を握ったままだが、彼女は何度もそのグローブみたいな手を外そうとしてたじゃないか。大して好かれてないんじゃないか?


「駒沢さ……」

「ないない。合同結婚式とかないから。プライド無いのか?」


 すがるような目の大吾に言い放つと智樹は芝山くんの手を引いて立ち上がった。


「春くん、頭のおかしな社長親子の会社で大丈夫? ウチ来る?」

「面白いので大丈夫」

「何だよソレ」


 ほらな。


 友田くんと大吾もそそくさと立ち上がる。


「し……失礼します」

「あ、大吾」


 抱き寄せようとする手に抗いつつサトちゃんが大吾を引き留める。


「今日から社長のトコね。はいはい」

「違っ……。私がちゃんと確認してれば……アンタから父親を遠ざけるようなことにならなかったのに……ゴメンね」

「……良かったよ」

「え?」

「孕ましといて逃げる碌でもない父親だったんだろうな、って思ってたから。まだ実感ないけど。神崎社長で良かっ……!」

「大吾!」


 思わず立ち上がって、息子を抱きしめてしまった。


「え? ……え?」


 いかん、涙が……。


「お……落ち着けよ従兄さん……」

「今更だけど……無事育ってくれてありがとう。聡美の側にいてくれて……支えてくれて……ありがとう」


 サトちゃんのところで見せてもらった写真を思い出す。あんなに小さかった子供が、こんなに立派になって、彼女を連れてくるなんて。


「コレからは一杯甘えてくれ。不甲斐ない父親だけど、俺に出来ることなら何だって」

「じゃ結婚費用出して下さい」

「大吾!」


 大吾の大きな耳をつまみ上げて、友田くんが頭を下げつつ退室して行った。爆笑する智樹と芝山くんもその後をついて出て行く。


 涙を拭いながら笑った。


「サトちゃん!」


 振り向いて彼女を抱きしめる。


「け、結婚費用とか出さなくて良いからね。まったくあの子何言ってんのかしら」

「いいや出したい」


 明らかに照れ隠しだ。いきなり父親が現れたのだ、どう接して良いのか戸惑っているのだろう。


 なのにあんな風に言ってくれて……。


 神崎社長で良かったよ。



「ちょ……大輔くん」


 もっと噛み締めようと彼女に唇を寄せると、手で押し戻された。


「何?」

「何か忘れてない?」

「何を?」

「今日一緒にご飯食べるんでしょ?」

「あ……」


 ドアを一旦は振り返ったが、それは後で連絡すれば良いと思い直した。


 まずはこの可愛い嫁(決定事項)を思う存分抱きしめたい。


 

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