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この世界のどこかに  作者: 碇 カマス


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43/56

43、お母さんを僕に下さい。

+-+-+-+-+


 ああ、柔らかい。もっと彼女の感触を堪能しようと深く唇を合わせようとした時


 ガチャリ。


「大輔従兄にいさん、久しぶり」


 ドアの開く音と共に従弟の駒沢智樹の声がした。   


「の…ののノックぐらいしろ」


 慌てて彼女から離れて振り返る。


 セカンドファーストキス(?)の最中だったのに! やっと、やっとだったのに!


「あれ? 従兄にいさん……口紅が……」

「え? あ!」


 そそくさとティッシュで拭った。


 畜生、唇を合わせた途端に入ってきやがって……ってまあ俺が呼んだんだけどな!


 続いて智樹の婚約者の芝山くん・大吾・友田くんが入ってくる。


「あ……えと……こんにちは」


 サトちゃんの存在に気付いた友田くんが深々と頭を下げる。


「あ、こんにちは友田先生……じゃなくて理恵……さん」


 隙ありとばかりに口づけたが、智樹たちを呼んでいたのを一瞬忘れていた。サトちゃんも真っ赤だ。


「ああ、友田くんと大江くんも、それから芝山くんだね。休憩中悪いね。適当に座ってくれ」


 当然のような顔で智樹が芝山くんの手を握り、俺たちの向かいに腰を下ろす。確か芝山くんは友田くんの同期で、同い年だと弦三叔父さんが言っていたはずだ。しかし線の細さと少年のような顔立ちのせいか随分若く見える。……本当に30歳か? 

 智樹の弟の弘樹も30にしては若く見える方だが、その比ではない。智樹の婚約者としては意外な気がするが、独身主義のコイツが結婚を決めたと言う事は、余程気に入っているのだろう。


 大吾が友田くんの手を引いて同じように腰を下ろすと、智樹が口を開いた。


「どうしたの急に」

「ああ、急で悪かったな」


 智樹に頼みごとをしなければならないコトを思い出し、片手で拝んだ。


「届いたぞ、招待状。水臭いじゃないか」

「ああ、ごめんね。スケジュールに余裕がなくて従兄にいさんへの連絡まで招待状で済ましちゃって」


 なんでそんな余裕のないスケジュールで結婚を? できちゃった婚か?


 芝山くんの薄い腹部に思わず目をやってしまう。


「弦三叔父さんもぼやいてたぞ」


 嬉しい癖に『急に仲人をやれとか、俺にも都合ってもんがあるってのに』とぶつくさ言っていた。


「ああ」

「誰?」


 芝山くんが小声で智樹に尋ねる。


「駒沢専務だよ」

「ああ」


 大吾と友田くんも、そんな名前だったかと小さく頷いた。


「来月末だな」

「うん」


 智樹よりも新婦の方をサトちゃんが気にしていたから、顔を芝山くんの方へ向ける。


「……芝山くん、突然こんなことを言って驚かないで欲しいんだが……」

「はい。何でしょう?」

「合同結婚式にしないか?」

「……良いですよ」

「春くん! てか従兄さん! 何言い出すんだよ!」


 一瞬だけ間があったが、芝山くんはあっけらかんと首を縦に振った。


「だ……大輔くん……順番……」


 サトちゃんが小声で俺の袖を引っ張る。


 順番? あ! そうか、大吾の許可を得るのが先だった。


「あ……そうだな。ええと……大吾……いや大江くん」


 居住まいを正して大吾に体を向ける。そのまま覚悟を決めて頭を下げた。


「……キミのお母さんとの結婚を許して欲しいんだ」

「え!」


 驚きの声を上げたのは大吾ではなく友田くんだった。


「良いですよ」

「本当に?」

「ええ。母さんが良いなら俺はそれで」


 大吾自身は予測していたのだろう、至って軽い調子でそう言った。


「ありがとう」


 取り敢えず第一関門突破。ズルいけれど、結婚の許可を先に取っておく。


「え? 大輔従兄にいさん、大江くんのお母さんと結婚するの? それで俺たちの結婚式に乗っかろうとしてんの? 駄目に決まってんじゃん」

「智樹、お前冷たいなあ」

「だいたい何でそんなに結婚を急ぐんだよ。大江くんの前でこんなこと言うのも何だけど、子供でも出来たの?」


 出来てないわけではない、その大江くんが俺の息子だ。そう考えるとコレも出来ちゃった結婚になるのか? しかし出来ちゃったから結婚するわけではない。


「いや。早く一緒になりたくて」


 思わずサトちゃんの顔を見詰めてしまう。


「今月も来月もどこも一杯なんだよ。お互い初婚だし、ちゃんと式と披露宴はしたいし」

「大輔くん、やっぱりダメだよ。一緒になんて申し訳ないわ」

「聡美、早く一緒になりたいんだよ」

「でも……」


 人前で『サトちゃん』呼びは恥ずかしいと言っていたので、呼び捨てにしてみた。馬鹿みたいだけど[俺の女]感が増して気分が良い。


「それなら俺たちも一緒にお願いできませんか?」


 突然、羨ましそうに大吾が言った。


「「はい!?」」


 素っ頓狂な声を上げたのは友田くんと智樹だった。


「だい……大江くん? 」

「大吾も結婚のOKをもらえたのか?」

 

 息子と同じ日に結婚式が挙げられるのか!?


「……今口説いているところです」

「ちょ……この会社は社長どころか社員まで頭がおかしいのか? 人の結婚式を何だと思ってるんだ」

「芝山くんは良いって言ってくれてるじゃないか。費用はこっちで持つから……」

「駄目! 絶対ダメ! 3組合同結婚式なんて……だいたいおかしいだろ? 従兄さんトコと俺んトコは別に系列会社じゃないし、その上大江くんまでとか、どう説明するんだよ!」

「お前と俺は従兄弟同士だし、大吾も親族だから問題はないだろ?」

「はい?」


 親族と言う言葉に大吾が首を傾げた。


「ああ、母が社長と結婚したら確かに……」

「いや、大吾……そうじゃなくて……順番を間違えたな」


 わざとだけどな。


「は?」

「智樹にもどうせ知れることだからこの場で言っておく」


 サトちゃんに『言うよ』と目で合図する。


「大吾は俺の息子だ」


 これには流石の大吾も固まった。


 大吾がゆっくりと俺の隣に目を向けると、サトちゃんが小さく「許せ」と言った。


「はい!?」

「え?」

「ええ?」


 立ち上がらんばかりに驚いている面々をよそに、芝山くんだけはそうなんだ、という顔で小さく何度も頷いている。


「しょ……詳細は追って連絡します」

「なんの業務連絡だよ!」


 サトちゃんに食って掛かる大吾の袖を友田くんが慌てて掴む。


「今言えよ! てかなんで今だよ! 去年神崎のおじさんを友達だって紹介した時に何で言わないんだよ!ワケ分かんねえよ!」


 だよな。


 大吾の怒りも最もだ。ある意味一番の被害者は彼なのだから。



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