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この世界のどこかに  作者: 碇 カマス


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29、一人息子の恋

+-+-+-+-+


 近頃、息子の様子がますますおかしい。


 ニヤニヤしたり、ため息をついたり、


 先週は金曜日から外泊し、そのまま月曜日の夜まで帰ってこなかった。


「会社の先輩のとこに泊まったの?」

「う~ん」

「……もしかして、彼女できた?」

「……うん……」


 どうやら、新しい彼女ができたらしい。金曜日の夜、会社の先輩とご飯を食べに行くと聞いていたのだがそのまま帰らなかった。先輩とご飯を食べた後、彼女のところに泊まったのか。土曜日の昼頃に、外泊するとメールがあった。結局帰って来たのは月曜日の夜だ。


 一人旅の時ならいざ知らず、彼女のところに行く、と3泊もしてきたことなど今まで無かった。


 いやそもそも、彼女の所に泊まると聞いたこと自体が無かった気がする。


「どんな子?」

「……ま……普通の……」

「何よ普通って」

「良いだろ別に」


 大学時代に友人だった子だろうか? はたまた通勤途中で知り合った女の子とか? 配属された職場は女性が一人しかおらず、しかも新婚だと言っていたから違うだろう。


 今も携帯をチラチラと気にしている。


 こんな大吾を今まで見たことがない。


 熱に浮かされたような、ぼんやりとした顔。いわゆる恋する表情だ。笑える。


 今まで付き合った彼女は何だったんだ? そんな顔したアンタを今まで見たことが無い。思えば、別れたと聞いても辛そうだったことすらなかった。内の息子はちょっと薄情な奴なんじゃないかと思ってたくらいだ。


「連れといでよ」

「は?」

「会いたいなあ……」

「…………ま、その内な」


+-+-+-+-+


 ところが早々に喧嘩でもしたのか、その週は息子のため息を毎晩聞かされる羽目になった。金曜日もつまらなさそうな顔で帰ってきて、膝を抱えてぼんやりしている。かと思うと土曜日の夜、私が帰宅するのとすれ違いに、大吾は慌てて出て行った。


「また彼女のとこ?」

「多分!」


 多分てなんだ? 良い年して自分の行き先も定かじゃないのか?


 そしてまた外泊。


 実は好かれてなくて無理に居座ってるんじゃないだろうか? ちらとそんな気もしてくる。


 開けて月曜日。今度はニヤニヤが止まらない締まりのない顔を見せられることとなった。


 取り敢えず上手く行っているらしい。息子の百面相が面白くて俄然、彼女への興味が湧いてくる。


「会わせてよ」と言っても「何でそんなに会いたがるんだよ。今まで俺の彼女に興味持ったことないだろ?」と冷たくあしらわれる。


 アンタの様子が一々面白いから好奇心をそそられるんでしょうが!


「ちょっと位会わせてくれても良いじゃない。ケチ」

「兎に角放っといてくれよ。猛烈にアタックしてやっと振り向いてもらえたんだから。親とか出てきたら向こうがビビるだろ!」


 ひゅー。しつこく食い下がると噛みついてきた。何気に恥ずかしい事言ってるのに気づいてないのか? 猛烈にアタックって……。表現が昭和なんだよ。


「ちゃんと避妊しなさいよ」

「うるさいよ」


 赤くなってる赤くなってる。


 当然の様にその週末も彼女の所に泊まったようだ。



 日曜日の夜、一人なのでレトルトのカレーを温めて夕飯にしていると、大輔くんから電話が来た。


 ここのところメールも電話もしていなかったが……。


「もしもし?」

『今晩は、神崎です』

「今晩は、どうしたのこんな時間に……」

『あの……大吾くんのことなんだけど……』


 何か問題でも起こしたのだろうか? 恋愛に夢中で仕事がおざなりになってるとか?


『彼女ができたの、知ってる?』

「ああ、うん。そうみたいね。もしかして仕事……ちゃんと出来てないとか?」

『え? いやそんなことは無いと思うよ。ただ、サトちゃんは知ってるのかな? と思って何となく電話してみただけなんだ。一人息子だし、相手がどんな相手か心配じゃないかな、と』

「え? 大輔くん、相手のヒト知ってるの?」

『聞いてないの? 内の社員だけど……』

「え? 同じ職場?」


 新婚さんの?


『いや、同じフロアの隣の課のだよ』

「そう」


 それならなぜ、大吾はそう言わなかったのだろう?


『……それだけなんだ。ごめんね、夜分に……』

「ううん。ありがとう」


 同じ会社の? そう聞いて、今まで考えもしなかった可能性に思い至る。


『じゃ、おやす……』

「大輔くん!」

『は、はい?』

「あの……ええと……会えないかな?」

『え?』

「その……大吾の彼女を見てみたいなあ……って……」

『ああ……うん。じゃ、月曜日にでも会社の方に来られる? 社長室の花もそろそろ頼みたかったし、昼前位に来てもらったら……』

「行きます! ありがとう!」


 電話を切って、静まり返った部屋をぼんやりと見詰めた。


 まさかね。ドラマじゃないんだからそんなことありえないよね。


 打ち消そうとすると、余計に不安が大きくなった。

 

 芙紗子さんの子供が娘で、大吾と同じようにあの会社に入社しているということは無いだろうか?


 ドキドキと心臓が鳴る。


 大吾の新しい彼女が、その娘だとしたら?


 異母姉弟だと知らずに、恋に堕ちたのだとしたら?


 社長令嬢と付き合っていると言う事を私に何となく言いにくかったのだとしたら、大吾が彼女のことを言わなかったのも分かる気がする。


 それに社員が社内恋愛しているなんて、社長の耳にそうそう入るものだろうか? 大輔くんの娘だから、情報が早かったのかも知れない。本当は釘を刺したくて電話をくれたのかも……。


 明日、本人に会って……もしそうなら……もしそうなら、大輔くんに事実を話さなければいけない。二人は添い遂げることはできないと。


 鉛を飲み込んだ様に胸が重たく苦しい。


 大吾が初めて夢中になった相手が、血の繋がった姉かも知れないなんて……。


 安易に大吾の入社を許してしまった自分を激しく悔やんだ。


 今もその彼女と会っている筈だ。


「どうしよう……」


 もしそうなら、取り返しのつかないことをしてしまった。



+-+-+-+-+


 彼女の良き友人であろう。


 そう決めた筈の心がここに来て揺らぎ始めている。

 

 それと言うのも弦三叔父さんから聞いた大吾の恋愛話のせいである。


 まだ、大吾は若い。が彼の恋が上手くいって、結婚することになったとしたら、父親として式に参列したいと思った。


 直属の上司でもない、母親の友人と言うポジションでは、式に呼ばれるかどうかも怪しい。


 息子の晴れの日を目前で祝えないなんて辛すぎる。


 何か取っ掛かりにならないかとサトちゃんに電話をしてしまった。『それが何?』と言われなくて良かった。一人息子の恋路には少なからず興味があるらしい。明日、会社に来てくれることになった。


 どう切り出すべきか分からないが、もう一度大吾の事について話し合えないだろうか?



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