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この世界のどこかに  作者: 碇 カマス


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27、穏やかな日々

+-+-+-+-+


DNA鑑定しよう、そう言った時、彼女は明らかに動揺していた。


 大吾の父親の事も、問い詰めれば簡単にボロが出そうだった。けれど、俺の子では無いと言い張る彼女の瞳には、それ以外の答えは無いと書いてあった。これ以上問い詰めれば、また彼女を失うかもしれない。そう思うとゾクリと背中に悪寒が走った。


 再会して、独り身だと嬉しくて、彼女との未来を単純に夢見た。けれど、18年も前に帰って来ていたのに、俺に連絡を取ろうとしなかったと言う事は、つまりそういうことだ。


 俺が実家を出た時に彼女の実家宛てにハガキを送った。新住所や連絡先を知らせると共に、何か彼女について分かったことがあったらどうか連絡をして欲しいと。実家に帰った彼女が俺の事を聞かなかった筈がない。彼女の意思で、俺に連絡してこなかったのだ。


 彼女にとって俺は必要不可欠ではないのだ。そんなこと分かっていたはずだ。


 大吾の父親は間違いなく俺だと思う。けれど、大吾の父親代わりになって彼女を支えた男くらい、何人も居たのかも知れない。そう考えると血のつながりが途端にちっぽけに思えた。ただ泣き暮らしていた俺とは違う。彼女はその間に子を産み、育て、養ってきたのだ。きっと色んな人に出会い、支えられて来たに違いない。


 あまりに違う、互いの見てきた風景が。それで良い、たとえ交わらなくても、平行線のままでも。


 二人が無事だったことに感謝しよう。こうして俺に会わせてくれたことに。



+-+-+-+-+


 朝、彼女のお花屋さんの前の喫茶店でコーヒーを飲み、仕事に行き、10日に一度は店に足を運び花を買う。会社のエントランスの花は定期的に、社長室の花は不定期で注文し、遠からず近からずの距離を保っている。もう、彼女をわざと指名して困らせることもしない。なので最初の頃は社長室の花は千奈美さんが担当することも多かった。けれど最近では、時折サトちゃんが来てくれる。昔からの友人の様に、時には軽口も叩く。


 秋が過ぎ冬が来て、クリスマスのシーズンを迎えた。繁忙期なので、邪魔にならない様に、店には姿を見せない様にした。それでもクリスマスには会いたくて、25日の店じまいの頃に渡そうと、ゆうちゃんのクリスマスプレゼントにかこつけて、サトちゃんに(不自然なので千奈美さんにも)小さなプレゼントを用意した。


 イブの日に、女の扱いに慣れた弘樹に頼んで、一緒に選んでもらったプレゼントだ。


『ババーンと指輪でもあげたら?』

『いや、それはダメだ。ちょっとしたプレゼント的な何かが良いんだ』

『何だよソレ? 』

『さっき買ったぬいぐるみを、ゆうちゃんにあげるついでに、渡したいだけなんだ』


 ゆうちゃんには大きな猫のぬいぐるみを買った。クマの方が良くないか? と思ったのだが弘樹が『今のトレンドは猫なんだよ』と言うのでそうなった。こんなものにトレンドがあるのか?


『ゆうちゃんて、彼女の同僚の子供だろ?』


 小脇に大きな包みを抱えつつ、男二人デパートのアクセサリー売り場をうろつく。


『うん』

『遠いなあ……』

『何が?』

『大ちゃん。見ろよこの人混み』

『え?』

『恋人たちが手を取り合って、見つめ合って、愛を囁き合ってるってのに……』


 顔を上げると、カップルが互いを見つめ合いながら店員の話に耳を傾けている。


『あ? ああ、悪かったなこんな日に付き合わせて、後で飯おごるから』

『そうじゃなくてさ、例の彼女へのアタックはいつするんだよ? ナマケモノでもも少し早く行動にでるぞ?』

『……それは……良いんだ』


 巨大なクエスチョンマークを顔面で表現する弘樹を急き立て、なんとかプレゼントを購入した。


『俺にもクリスマスプレゼントくれよ』

『ああ、何が良いんだ?』


 何とか言うブランドの指輪が欲しいと言うので、その売り場はこのフロアにあるのか問いかけると


『やっぱこれが良いや』とネクタイの専門店の前で足を止めた。


『何だ。もっと高いもので良いぞ』

『これが良いんだよ』


 猫の柄のネクタイを手に取った弘樹の顔が一瞬泣きそうに歪んだ気がした。


『どうした?』

『何が?』

『……お前、そんなに……猫好きだったっけ?』


 何か聞いてはいけない気がして言葉を飲み込んだ。


+-+-+-+-+


「ええ? 私たちにまで? 良いんですか?」

「たいしたもんじゃないから、気持ちだけ。じゃ……」

「ゆう! ゆう!」


 そそくさと帰ろうとすると、千奈美さんが店の奥の扉を開け、呼びかける。


「あれ?」

「文子さんが風邪ひいちゃって、今日はゆうちゃん家に居るの」

「そう。書き入れ時にそれは大変だったね」


 冬になってから千奈美さんのお母さんは体調を崩すことが多く、俺が花を買いに来た時も、時折ゆうちゃんが一緒に店番をしていた。


「ううん。千歳さんが夕方まで居てくれたし、ゆうちゃんもとっても良い子にしててくれたから……」


 絵本を小脇に抱えたゆうちゃんが少し眠そうな顔で店に下りてきた。


「なあに?」

「神崎さんがゆうにって、クリスマスプレゼントくれたよ」


 そう言われると途端に瞳を輝かせる。


「何? 何?」


 カウンターに絵本を置くと飛びつくように俺の前に躍り出る。興奮気味のゆうちゃんに大きな包みを渡すと、大きさに驚いたのか口を開いたまま固まった。


「ゆう! ありがとうでしょ?」

「ありがとう! 開けて良い?」

「良いよ」


 下から支えてあげると、急いでリボンをほどき千奈美さんに渡す。包みをガサガサと開き、中身を確認すると「わあ」と歓声を上げた。


「ネコちゃん!」

「ネコちゃん好き?」

「すき! かあわいいい」


 自分の体の3分の2程の大きさのぬいぐるみを抱きしめて、ゆうちゃんはくるくると回った。


 その姿を目を細めて見ているとサトちゃんと目が合った。「可愛いね」と目が言っている。小さくうなずき合うと心が満たされた。


「ありがとうございます。神崎さん」

「こちらこそ、こんなに喜んでもらえると嬉しいよ」

「ありがとうカンザキさん!」


 頬を上気させて小さな顔が見上げてくる。


「ゆうちゃんが良い子でお留守番してたご褒美だよ」

「ホント?」

「うん。お母さんが忙しくてゆうちゃんも大変だったね?」

「ばあばがね。おかぜなの」

「早く良くなると良いね?」

「うん」


 出がけに「これ、売れ残りで申し訳ないんですけど」と千奈美さんが白とピンクの寄せ植えのポインセチアを持たせてくれた。


「花言葉は?」


 と聞くと「ピンクの方は【思いやり】白いポインセチアは【あなたの幸運を祈ります】」だとサトちゃんが教えてくれた。


 良いクリスマスだ。


 

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