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19、願望

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あれがサトちゃんの息子?


 大吾──。


 なんとなく、もっと小柄で華奢な感じの少年を想像していた。大学生ともなれば少年と言うカテゴリーには入らないだろうが……サトちゃんのイメージからすると大きすぎる。モチロン年齢的にそれ程不自然なことではないけれど……。別れたご主人似だと言う事だろうか? 背は恐らく俺よりも高い。帰る時、すれ違いざまにそれは確認した。体はがっしりしていて……目元と口元はサトちゃんにどこか似ているけれど……。


 車を走らせながら動悸が収まらなかった。


 それ以外は自分に似ていると思うのはただの願望だろうか? そうであって欲しいと言う……。18か9だと言っていた筈だ。計算が合わない。俺の子であろうはずがない。相対した時間はおそらく一分にも満たない。それほどじっくりと観察できたわけでもない。けれど会った途端に感じたあの胸締め付けられる感覚は何だろう? 彼女の息子だと思うからだろうか? 本当にそれだけ? 違和感が残る。何が、どこがと言えるわけではないが、ざわざわと胸を焦がし続けている。


 彼女の様子も不自然だった。焦って、まるで息子から俺を遠ざける様に……。何もかも自分の思い込みかも知れない。自分の望む答えありきで、ただ目を曇らせているだけなのかも……。そもそも俺は冷静だろうか? 彼女と再会してからコッチ、雲の上を歩いているようなふわふわとした感覚で居る。言葉を交わし、実像を確認する度安堵し、会えない間はまた姿を消すのではないかと少なからず不安を抱えている。会社にいる間はまだ良いが、一たび仕事を離れるとその症状が顕著だ。自分で思っているより、不安定な精神状態なのかも知れない。


 けれどもし、もし、大吾くんが俺の子だったら。


 彼女と関係を持ったのはあの一夜ひとよだけ。あの夜の事は何度も思い返した。彼女の柔らかな肌や、甘い吐息、震える唇、しがみつく小さな手。昇りつめた後も体の熱は冷めることを知らず。このまま溶け合って一つになれたらと、繋がったまま暫く過ごした。泣きそうな顔で必死に俺のキスに応える彼女の、その表情も、息遣いも、未だ色あせることはない。


 避妊はしていた。が、漏れていた可能性が無いとは言えない。


 分かっている。だとしても、どうしたって計算が合わない。たった一度関係を持っただけで、妊娠する可能性は低いだろう。分かっているのに心が言うことを聞かない。


 何度関係を持とうと、懐妊に至るのはその内のたった一回ではないか?


 結局また、肝心なことは聞けなかった。


 どうして俺の前から去ったのか。どうして何の連絡も寄こさなかったのか。今まで、どうしていたのか。

 

 俺の事を、今どう思っているのか。



+-+-+-+-+


「で? その後進展は?」


 弦三叔父さんがひやかしがてら社長室にやってきた。


「……ない」

「ないってどういうことだ? やっぱりあれか? 息子の強硬な反対にあってるとかか?」

「……息子に会ったんだけど……」

「うん」

「それから彼女の態度が変わってしまって……」

「やっぱり、反対してるんだな」


 それは恐らく違うだろう。俺を見た時の彼の態度に、嫌悪感は感じられなかった。むしろ、サトちゃん本人が俺を遠ざけようとしているように思う。


「息子のことは取り合えず置いといて、彼女を口説くしかないだろ」

「そうは言っても……」


 彼女の職場でそんな暴挙に出る訳にはいかない。あれ以来、素っ気ない態度で、外に連れ出す隙も与えてもらえない。メールの返事もおざなりだし、どう付け入れば良いものやら。


「大輔」

「はい?」


 書類に走らせていた目を傍らに佇む叔父にむける。


「お前、やる気あんのか?」

「ありますよ。一生懸命仕事に集中しようと頑張ってるんですよ」

「そっちじゃなくて!」

「は?」

「年を取っても相変わらず魅力的な女性なんだろう?」

「うん」

「他の男も狙ってるんじゃないのか? 接客業なら尚の事、出会いも多いだろ?」


 人が考えないようにしてることを……。客ばかりか隣人もライバルの匂いを充満させている。そりゃあ気にならないわけはない。


「そうは言ってもずっとそばで見張ってるわけにはいかないだろ?」

「じゃなくて、自分の思いをちゃんと伝えたのか?」

「……今はダメだ」

「は?」


 サトちゃんのあの態度。今なら間違いなく玉砕する。


「全く……。社長の様子がおかしいって秘書課じゃ噂になってるぞ」

「え?」

「仕事の虫だったお前が時折、側近にも行く先を告げずに席を空けるし。土日はしっかり休むし。仏頂面がトレードマークだったのに、時折優しく微笑むもんだから、女子社員のハートを鷲掴みにするし。かと思えば今度はずっと眉間に皺が寄ったまま、昼休憩に出るのも忘れて社長室にこもりっきり。不安定極まりない」

「……」


 弘樹に『にやにや』を指摘されて以来、努めて普通にしていたつもりだったが、どうにも漏れているらしい。社員を不安にしていては社長失格だ。


「気を付ける」

「良い花屋だな」

「え?」

「こないだ覗いてみた」

「え……」

「どっちだ?」

「え?」

「ショートヘアの美人か、柔らかそうな髪を後ろで束ねてる彼女か、」

「……いつの間に……」

「可愛いって言ってたから、やっぱ髪を束ねてる方か?」

「……まあね」

「ふ~~~~ん」


 面白いか? そんなに面白いか?


「何も……言ってないだろうね?」

「何が?」

「俺の叔父だとか何とか……」

「言ったら偵察にならんだろうが」


 何の密偵のつもりだ。


 愉快そうな叔父の視線に耐えかねて、咳ばらいをしてみた。


「まだ他に用事が?」

「エントランスに花があっても良いんじゃないか?」

「え?」

「受付の手前に空いたスペースがあるだろ? そこにこのくらいの大ぶりの花を活けてもらったらどうだ?」


 俺と違わないくらい大柄な叔父が、肉厚の手を広げてどうだと言わんばかりに俺を見た。


「そ……それも良いかも知れないな。福利厚生の一環として……あるいは来客への心遣いとして」

「御託を並べてないで電話しろ」

「……叔父さん、いや駒沢専務の方から総務に指示してくれないか?」

「……彼女、お前の勤めてる会社、知らないのか?」

「うん。言ってない」


 聞かれてもいない。


 叔父が「めんどくせえ」と言った気がするが気のせいだろう。「はいはい、仰せのままに」と部屋を出て行った。



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