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18、誤算

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 いいいいいい今玄関の鍵が開く音がした? 当たり前に鍵を開ける人物と言うと、私以外に思い当たる相手は一人しかいない。でも念のため実家の母にも鍵は渡してある。お母さんかな? 

 連絡もなく訪れたことはないが……。


 いや、いやいやいや。もしかしたら空き巣かも知れない。日曜日の昼間に空き巣に入るとは大胆な泥棒だ。


「ただいまー」


 なわけないか!! なんとか現実逃避しようと試みたが無駄なあがきだった。


「……」

「息子さん?」


 硬直していると彼が小声で問いかけてきた。


「かな?」


 どどどどどどうしよう!? ピンチ! 大ピンチ!


「ああああ、そうだった! 忘れてた! きょっ、今日これから息子とちょっと約束があったんだった。大輔くん悪いけど、今日はこの辺で!」

「え?」


 無意味に手を叩きながら、彼をき立てる為自ら立ち上がった。


「あ、そ……そうなんだ……」

「ごめんね。最近物忘れがひどくて、年かな? 年だよね? ははっ、ははっ」


 パチパチと目を瞬かせながら彼も立ち上がる。


「……お客さん?」


 ああああ当たり前だけど大吾がリビングに入ってきた。忍者のように自分の部屋に入ってくれないかと思ったがそりゃ無理な話だ。


「あ、お邪魔してます。初めまして、神崎と言います」


 彼が深々とこうべを垂れる。


 わああああああ! 会っちゃった。会わせちゃった。なんてこった!


「こんにちは……。母さんのカレシ?」

「ちちちちち違う! 昔の知り合いで……」

「ごめんね。君の居ない間に上がり込んだりして……」

「いえ……別に、ゆっくりして行って下さ……」

「大吾! お母さん忘れてた」

「は?」

「ホントにごめんね、神崎さん。お世話になるだけなっといて……」

「いや……気にしないで……大丈夫だよ。お気遣いなく」

「ほら、大吾もお礼言って」

「? ありがとう……ございます」

「今日はありがとう! ホントに! 気を付けて帰ってね!」


 なんとか強引に彼を見送って、息も絶え絶えに玄関を閉めた。



 どっどっどっどっどっと心臓が早鐘を打っている。倒れそうだ。


 大吾に会わせない為に必死で引き留めてたのに、当の本人がここに帰ってくるとは大きすぎる誤算だった。

 気付いた? 気付いてないよね? じっくり観察する間を与えなかったし。

 ああああ、びっくりした!


「何を忘れてたって?」

「え?」

「俺何か約束してたっけ?」


 こめかみを抑えながら部屋に戻ると、大吾が意味深な顔で私に問いかける。


「直接……バイトに行くんじゃなかったの?」

「千奈美さんが上がって良いよって言うから……汗かいたしシャワー浴びてから行こうかと思って」

「そう……」


 うううう、ちょっと考えればそういう可能性もあると分かった筈なのに、本当に間抜けだった。

 近くのスーパーではなく、遠出しなければ済ませられないような用事にすれば良かったのだ。

 まあ、安静の為に休んでいるのだから、それはそれで不自然だが……。


「ホントは何も忘れてないんだろ?」

「え?」

「まったく、彼氏を連れ込んだのが親にばれて動揺する女子高生か」

「はい?」

「彼も、あんな風に追い返されて可哀そうに。ちゃんとフォローしとけよ?」

「あんた……何言ってんの?」

「悪かったよ、急に帰ってきて。言っといてくれれば気を利かせたのに」

「ちがーう!」


 このバカ息子! 私の気持ちも知らないで呑気に冷やかしやがって!


「かかか彼は……古い友人で、お店のお客さんで、重いものが持てない私に同情して、買い物を手伝ってくれただけ! それだけ!」

「…………ふ~ん。じゃ、何を忘れてたの?」

「え?」

「何を忘れて、慌てて彼を追い返したの?」

「……」


 彼を追い出すのにパワーを使い果たしたのか、ショートしたように息子への言い訳が全く浮かんでこなかった。


 金魚みたいにパクパク喘いでいると、大吾がニヤリと笑った。


「お邪魔だったんだろ?」

「何言って……」

「俺が帰ってくると思ってなくて男を連れ込んだわけだろ?」

「ばっ! 人聞きの悪い事言わないでよ! そんなんじゃないから!」

「昔から言ってるだろ? 良い男がいたら俺に構わず再婚しろって。男前じゃんか、金持ちそうだし、乗っとけ乗っとけ玉の輿」


 ただの軽口だと分かっているのに、正直ちょっと凹んできた。実の父だと言ったら大吾はどうするだろう? そんなことは夢にも思っていない様子だ。


 思えば小学生の頃から大吾は『良い男がいたら結婚しろよ』と子供らしからぬことを言う子供だった。まるで母親の足手纏いになりたくないと言うように『邪魔だったら俺は婆ちゃんとこで暮らすから』と冗談めかして言った。


『ばーか、連れ子を邪険にするような男に碌な男がいるわけないでしょ。アンタ自分の母親をそんな見る目の無い人間だと思ってるの?』


 そう言い返して笑ったが、その夜切なくて息子に隠れて泣いた。


 私が彼と離れるのは私が自分で決めたことだ。けれど大吾は違う。ある意味母親の身勝手で、父親を取り上げられてしまったのだ。その負い目はずっとあって、だからこそ息子には自由に自分の人生を生きて欲しいと思う。


「何を忘れてたか……忘れた」

「は?」


 我ながら馬鹿みたいだと思ったが、子供のように言い放ち、ジュルジュルと音を立てて、すっかり氷で薄まったアイスコーヒーをすすった。


「往生際が悪いなあ……」

「これ、誰も手をつけてないからアンタ飲みなさいよ」


 彼の分のコーヒーを息子に押し付けた。


「はいはい。有難くいただきます」


 折角挿していたストローを抜き取り、大吾は一気にコーヒーをあおった。


「薄……ごっそさん。じゃシャワー浴びてくる」

「うん」


 大吾が浴室に消えた後、衝撃の場面を思い返して心臓が冷たくなった。


 向かい合った男が二人。大吾と大輔。私が愛しみ育てた息子と、遠い昔愛した男。親子なのに、そのどちらにもそれを言ってあげられないなんて……。


 私が赤子を身ごもり、産んでいたことを知ったら芙沙子さんはどうするだろう? 考えたくない。


 非常事態だからと自宅に上げてしまったが、自宅で二人きりとか何にもなくても芙沙子さんが知ったら気分が悪いだろう。

 それを押して彼を引き留めたのに、大失態だ。

 流石に自分の浅はかさに嫌気がさした。


 彼らにも芙沙子さんにも申し訳ない。


 分かっている。再会してからコッチ、自分がどうしようもなく浮足立っていたことは。胸の奥に罪悪感を押しやって、単純に再会を喜んでいた。押しやった罪悪感がなくなるわけではないのに、いったい私はどうしようとしていたのだろう?


 友達だから大丈夫? 未練などないのだから大丈夫? だったらもっと距離を置くべきだ。友達とかそんなのは無理だと、少し考えればわかる事だったのに。彼はお店のお客様。それ以上でも以下でもない。大吾に会わせない為とか何とか理由をつけて、私は彼の優しさにつけこんだのだ。何の為に? 懐かしかったから? ……いや、もう考えるのはよそう。答えなど意味がない。答えを出しても、そもそも意味を持たせるわけにはいかないのだから。



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