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13、呼び名

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「帰りました」

「……ただいま」

「お帰りなさ……やっぱ骨折れてたの!?」


 行き同様、抱きかかえられて帰ってきた彼女を見て千奈美さんは言った。


「違う違う! 靴を持ってくのを忘れてたから……。歩くって言ったんだけど……」

「ああ、そうか」


 千奈美さんがカウンターの裏から丸い椅子を持って来る。


 そこに彼女を座らせ、肘にかけていたカバンを渡す。


 靴のことは気が付いていたが、わざと指摘しなかった。病院でもお姫様抱っこで診察室まで入ろうと思っていたのに、良く良く考えればあの医院は院内はスリッパだった。


 彼女の靴を持ってきながら、千奈美さんは「で? どうだって?」と話を促した。


「あ、ありがと。軽い捻挫だって。大した事無いのに大げさよ」


湿布を巻いた手首を擦りながら、チラリと彼女がこちらに目をやる。


 幸い彼女の打撲は軽傷で済んだ。


 手もお尻も骨に異常はないようで、湿布をもらって病院を後にした。取り敢えず一安心だ。


「お医者さんも言ってただろ? どちらにしろ早めに受診するに越したことはない、って。痛みが酷く無いからって骨折してないとは限らないし、たかが捻挫と放っておいたらクセになることもあるって」

「……まあ……うん……」

「兎に角、無理は禁物」

「……わかったってば……」

「ま、酷くなかったんなら取り敢えずは良かったけど……」

「ごめんね。一人で大丈夫だった?」

「うん。それより痛みは?」

「ま、いくらかは……」

「痛みがある内は酷使しない様に、とのことでした」


 ああ、こんな小姑みたいな言い方したい訳じゃないのに。心がどうにもモヤモヤしてしまう。それもこれも、彼女があの本屋の末成うらなりを『たつろうさん』と呼んでいたせいだ。俺の事は『神崎くん』と呼んだくせに……。しかもあの末成り、彼女の事を『聡美さん』と呼んだ。何でお互い苗字じゃないんだ? 病院に送っていく車中で、その辺りを問い詰めようかと思ったが流石にやめた。


 みっともない。


 再会していきなり、自分の器の小ささを露呈するのは嫌だ。


『何で俺の事は昔みたいに下の名前で呼んでくれないんだ』とか『本屋の男とはどういう関係だ』とか、お前何様だと、俺ならキレる。


「だよね。じゃ聡美、取り敢えず今日は帰りなよ」

「え?」

「それから明日も休みな」

「は? いやいやいやいや。大丈夫だってば」

「来週は大口の注文も入ってるから忙しくなるし、しっかり休んで治しといてよ」

「でも」

「今日は比較的暇だし、明日はジジババに来てもらうよ」

「いや、それはますます申し訳ないよ」


 ジジババ?


 俺が不思議そうな目を向けると、それを引き取って彼女が言った。


「あ、千奈美のご両親はね、いつも仕入れとか手伝っててくれて……」

「ウチの親、元々駅向こうで花屋を営んでたんです」

「……そうなんだ」

「はい。3年前に店を閉めてからすっかり老け込んじゃって……ボケ防止対策も兼ねて、今は朝の内は手伝ってもらってるんです」

「へえ」


 てっきり二人で何もかもを切り盛りしているのだと思っていた。


「仕入れた花の水揚げの処理なんかもね、勉強させてもらってるの。花によって違うから」

「そう。……そんな頼れる先輩がいてくれるなら、お言葉に甘えて休ませてもらったら?」

「いや、でも……」

「代わりに今度は私も休むから。ほら、まだ定休日も決めかねてるから、ゆうから文句ばっか言われてるし」

「そうか……そうだよね……」

「定休日が決まるまでは、そうやって交代で休もうよ」

「でも……」

「はい、帰った帰った」


 千奈美さんに押し切られる形で、彼女は渋々帰り支度をした。


「そうだ、あれを忘れてた」

「ん?」


 奥に引っ込んだ千奈美さんが、俺の持参したタルトを半分に分け彼女に持たせた。


「大吾くんと二人で食べなよ」

「!……うん……」

「神崎さんごちそうさまです」

「いえ……」


 ダイゴくん?


「ごちそうさまです……」


 彼女が一瞬目をむいた気がしたが……。


「ついでと言っては何なんですが、時間が許すようだったら聡美の事、送ってってやってもらえます?」

「勿論、そのつもりです」

「ええええええ? いや、良いよ。帰れるよ」

「ついでだから」


 何なんだ? どうして一々嫌がるのだろう? もしかして、疎ましがられているのだろうか? 家を覚えられたくないとか? ま、すでに知っているが……。ただ遠慮しているとかそう言う感じではない気がする。


「大丈夫なんだけどなあ……」

「行こう、サトちゃん。また抱えて行こうか?」

「いえいえいえいえいえいえ。あ、歩きます」


 やっぱり、俺嫌われてる? 実は触られたくないとか?


「気を付けてねー」

「うん。ごめんね。じゃお言葉に甘えて今日明日は休むけど、何かあったらすぐ電話してね。駆けつけるから」

「分かった分かった。すぐ電話するよ」

「じゃ、失礼します」


 俺が挨拶に小さく頭を下げると、千奈美さんはすまなそうに手で拝んだ。


 手を振る千奈美さんに見送られ、二人店を後にした。


 

 微妙にびっこを引きながら歩く彼女を見ていると手を差し伸べたくなるが、今度は少し距離を置いて隣を歩いた。こっちは距離を詰めたくて満々だが、動物だってパーソナルスペースにいきなり侵入すれば警戒心を増すものだ。冷静に、冷静に。焦って事を台無しにしてはならない。


 今度は隣の書店を睨みつけることもせず、駐車場までゆっくりと辿り着いた。




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