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12、至近距離 

+-+-+-+-+


 どどどどどどうしよう! 起き上がろうと思うけど手は痛いし、でもこんな体重を預け切った体勢、きっと重いし、何よりこんなに密着するとかししししし失礼だよねっ! 本人にも奥さんにも……


 目を白黒させて慌てる私の背中を、彼は落ち着かせる様に優しくなでた。


 背中が熱い。顔が熱い。いやどこもかしこも熱い。


「大丈夫。サトちゃんは力を抜いといて、俺が起き上がるから」

「でででででもっ……重いし……」

「どこが?」


 至近距離で彼の笑顔を見て呆然としてしまった。何でもない事の様に彼が上体を起こす。


 私を抱いたまま。


「いっ!」

「あ、お尻? 痛かった?」

「……腰……今頃になって腰に来たみたい……」


 抱き起こされた時背中が反ることになってしまい、痛みが走った。


 咄嗟に彼の手が私の足をひざ下から掬いあげる。


「!」

「大丈夫?」


 彼の膝の上にお姫様抱っこのような格好で抱えられ、またもやアワアワと目が泳いでしまう。


「痛い?」

「いいいいいい痛くないっ、おおおお降ろしてっ」

「……」


 そんな心配そうな顔しなくても……。


「大丈夫だから……降ろし……あっ、ごめん。濡れた手で触ったから服が濡れちゃった……」

「え?」


 氷水に浸していた手で触った為に、彼の胸元が濡れている。


「ああ、大丈夫」


 そう言って私を抱き上げ、向きを変えてソファに降ろす。そうして彼は私の目の前に膝をつくと、深いため息をいた。


 あきれられてる? あきれられてるよね?


「お茶とか良いから、大人しく手を冷やしといて。俺が千奈美さんに怒られるよ」

「うん……ごめんね」


 あれ? なんだろう? この、胸に広がる嫌な感じ……。


 てかもう千奈美の名前を覚えたんだ。てことは私のいないところで名前を尋ねたってことだよね?


 それが何? 別におかしなことは何もない。もしかして、私のいない時にも時折店に来ていて、すでに親しくなってるのかも知れない。


 それが? ……それが何だと言うのだろう?



 ガチャリ


 ドアが開いて千奈美が入ってきた。


「どう? 大分痛い?」

「ううん。大丈夫」

「そんな嘘ついて。さっき手をついた時、痛そうだったじゃないか」

「そうなの?」

「行きつけの整形外科医はある?」

「だい……神崎……くん……そんな大げさな」


 どう呼ぶべきか迷ってそう言うと、彼が一瞬目をすがめたような気がした。


「千奈美さん」

「はいっ?」

「彼女を病院に連れて行っても良いですか?」

「そりゃ勿論……」

「え? いや、あの……きゃっ!」


 二人のやり取りにおろおろしている間に、またもや彼に抱き上げられてしまった。


 千奈美の口からヒューっと言う声が漏れる。


「近くのパーキングに車を泊めているので、私の行きつけの病院に連れて行きますね」

「ええ? いや……でも……」

「ダンジョンのチーズタルトは聡美が帰ってくるまで置いといてあげるから」

「え? 何?」

「神崎さん、宜しくお願いしますね」


 さっさとドアを開け、彼を促す。


「待ってっ! 歩けるからっ!」


 その近くのパーキングとやらまで、まさかこのまま?


「あ、聡美。カバンカバン、保険証入ってる?」

「入ってるけど……」


 千奈美が私のカバンを当然の顔で押し付けてくる。


 待って、待って待ってっ!


「暴れないで、靴が履きにくい」

「いや、あの……」

「店の事なら大丈夫だから、気を付けて行ってらっしゃい」


 いや、そうじゃなくて。いやそれも心配だけどっ! 何笑ってんのよ千奈美! 


 ニヤニヤしながらドアを開ける千奈美をつい睨んでしまう。


「気を付けてね~」


 嘘!! ホントにこのまま?



 私を抱きかかえたまま店を出た彼に目で訴えるけれど、彼の眼はなぜか隣家の書店の方へ向いている。


 彼の視線を追って書店の中を見ると、店主の息子さんの達郎たつろうさんが驚いた眼でこちらを見ている。


 うっ! 


 思わず不自然な愛想笑いを浮かべてしまう。


「サトちゃん。危ないから俺の首に手を回して」

「あ、歩けると思うんだけど……」

「いいから」

「はい……」


 恐る恐る彼の首に手を回すと、ぎゅっと抱きしめる様に彼が力を籠める。


 どきん。


「どうしたんですか、聡美さん!?」


 うわ……達郎さんが店から出てきた……。


「あの……ちょっと脚立から落ちまして……びょ……病院にですね……連れて行ってもらうところです……」

「大丈夫ですか?」


 達郎さんは何故か私ではなく彼の方にそう問いかけた。


「本人は大丈夫だと言うんですが、心配なので連れて行ってきます」


 彼がそう言うと、達郎さんは問いかけるような顔で私を見た。不審げに彼をチラチラ見ている。


「ああ……えと……私の知り合いの……神崎さんです……たまたま店に来ていて……。大丈夫なんですけど……」

「聡美」

「え? はい……」


 聡美?


「骨折でもしてたらコトだろう? 念のためだから大人しくしてて?」

「……はい」


 そんな怖い顔しなくても……。


「あの……救急車を呼びましょうか?」

「結構です。すぐそこのパーキングに車を泊めてますので」

「そう……ですか……。あ、じゃあ、ついてって車のドアを開けますよ」

「そちらのお店は大丈夫なんですか?」


 店内に目をやり、他に店番がいないのを見て彼が言う。


「奥に家の者がいますので……じゃあ、一声かけてきます。先に行ってて下さい」


 ああ……恥……。


 大の大人が、お姫様抱っこで……


 道行く人が当然こちらを振り返る。


 ちょっとバランスを崩してコケただけなのに……大げさなことになってしまった。


 それもこれも千奈美が『ボーイフレンド』なんて言うから……。


 分かっている。過剰に反応し過ぎだ。直訳すれば男友達なのだから……。


 しかし、こんなところをもし芙沙子さんに見られたら……。どう釈明しても許してもらえそうにない……。


 さめざめと涙をこぼす何時かの彼女の顔が浮かぶ。



「どの車ですか?」


 小走りに駆けてきた達郎さんが、私たちを追い越してこちらを振り返る。


「そっちのグレーのセダンです」


 近づくと自動でロックが解除された。


 達郎さんが助手席側のドアを開け、彼が大きな体をかがめて助手席に私を降ろす。


「達郎さんごめんなさいね。早くお店に戻って」

「はは、はい。気を付けて」

「たつろう……さん?」


 運転席に腰を落ち着けながら彼が小さくつぶやいた。


「?」

「……安全ベルト……しても良い?」


 しても良いって何だろ? そりゃしなくちゃダメよね?


「え? あ、ああ、うん」


 手を振る達郎さんに小さく会釈する私が答え終わらないうちに、彼が私の左肩に手を伸ばした。


「っ!」


 私にか! 私の安全ベルトのことか……。自分でできますけど……これは……近い……いや……抱きかかえられてたんだから……さっきの方がもっと近かったんだろうけど……


 彼の吐息が口元をかすって思わず体が震えた。


 ガチッと、安全ベルトが装着されて、彼が一瞬苦しそうな顔でこちらを見た。いや気のせいだろうか?


「お……重かったでしょ? ごめんね。たまたま店に来てただけなのに巻き込んで……」

「……ううん」


 そのまま彼は静かに車を発進させた。



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