チュートリアル3
遅くなりました。
暑いのが悪いのです。
□ 天城秋悟 ─アキ─
「兄さん、出来ましたよ。」
しばらくカタログを睨みつけていると冬華が声を掛けてきた。いや、ゲーム内だし、プレイヤー名も設定したのだから『フユ』と呼ぶ様にしよう。
「出来たって何が?」
「……兄さん、現実逃避してもどうにもならないですよ。」
「うっ……。」
溜息をつきながら冬華が諦めるように言ってくるが、俺は出来るだけ諦めたくない。女装しなくて済む間はしたくないのだ。
「じゃあこっちでアバター反映させちゃいますよ。」
「ちょっ、まっ……」
──アバターデータを反映します。
反論しかけたままの俺の視界にノイズが走りはじめ、ひときわ大きいノイズの線が上から下へと下がっていき、ノイズが走った後の俺の手はしっかりとした肌色になっていた。
「ふむふむ。ポーズは間抜けですが良い感じですね。」
冬華が俺の周りを回りながら色々な角度から見てそう呟いた。鏡が無いから俺は分からないんだが、良い感じらしい。そして妹よ、その服で動き回るな。色々見えそうだ。
「服が暗色系ばかりなのが少し頂けませんが、まぁ似合うんじゃないですか?」
「そんなカラフルなものは着ない。」
「そうは言ってもTシャツとか結構カラフルなの持ってるじゃないですか。」
「それはそれ、これはこれっ!」
断固拒否! と態度で示すと冬華は溜息をついてから指を振った。たぶん俺のアバターウィンドウを消したのだろう。
「それで、兄さん。私の装備は選んでくれましたか?」
「あぁ、こんな感じの装備でどうだ?」
俺は自分のカタログを裏返して、可視化し冬華に見せる。やや眉を寄せているな。
「どこかの民族衣装みたいですね。」
「お前のアバターだとその方が似合う。」
「まぁ、良いです。じゃあOKっと。」
冬華の服が光ったなと思ったら、光の残滓と俺が選んだ装備を着ている冬華がそこに居た。ん~。と言いながら動きやすいかどうかを確かめるように、体を捻ったり、屈伸をしてからその場でくるりと回る。
「確かに動きやすいですね。どうですか?」
顔をやや赤くしてそう聞いてくる。恥ずかしいなら聞くなよ。と思いながら俺は、まぁまぁだな。と返す。
俺が選んだのは水色のノースリーブシャツに半着の様な白のアウターと、同じ様な中が青で外が白のスカンツとかいうもの。それに濃いめの青のベルトと靴、足りないのはグローブだが、弓の引き方によって種類があったので、相談しようと思っていた。我ながら良いチョイスだと思う。
「ところで冬華、弓ってどうやって引くんだ?」
「どうって……適当にですかね?」
「……グローブどっちがいい?」
俺は説明を諦めた。アーチェリーなどの地中海式、和弓などの蒙古式など3種類ぐらいあったはずだが、特に考えて無さそうだし、ゲームだし、当たればなんでも良いだろう。
「あ、グローブは弓用のがあったはずです。若葉ちゃんが使ってました。」
「ん? だからこの二つが弓用だろ? 指に保護材が付いてるし。」
俺は自分が選んだ弓道で使う様な親指、人差し指、中指に保護材が付いている手袋とアーチェリーで使う様な人差し指、中指、薬指に保護材が付いている手袋を再表示させて可視化する。
「えーと……兄さん、ここはゲームで、現実にはあり得ない様な物もあるんですよ?」
「それぐらいは分かってるつもりだが……。」
「ですから、あぁ、ありました。こんなのですよ。」
冬華が手首を捻るとその上にウィンドウが現れた。可視化の動作ってこんな風に見えるんだな。さらにそのまま腕を振るとそのウィンドウがこっちに飛んできて止まる。そのウィンドウには魔弓手袋というものが表示されている。俺が付けている様な指だしグローブだが、左手の方だけ肘まであるような日除け手袋になっている。
「これだと指、痛くないか?」
「弓を引く時だけ、指に保護がかかる筈です。若葉ちゃんが興奮して説明してきたので、大丈夫だと思います。」
「なるほど。確かにファンタジーで、ゲームらしい便利な効果だ。」
そういうことなら納得だ。俺はウィンドウで色をツヤ無しの銀色に変更し、ウィンドウを裏返して冬華に返す。
「ここまで白と青なのに銀ですか。」
「小手っぽさを目指したんだが……消去法だから好きな色に替えてもいいぞ?」
「でしたらアンダーと同じ水色にしましょうか。この組み合わせならそっちが良いです。」
再び冬華の手の辺りが光ったかと思うと手袋を付けていた。これ、わざわざ光る必要あるのかな。
「さて、お互いアバターと初期衣装が決まった所で次はスキルとセンスですね。」
「そうは言うけどな……」
ヘルプは読みこんだから大体の方向性は決まっているけど、実際に取るものまで考えてた訳じゃない。なんとなくプレイスタイル的なものを決めただけだ。それにそのスタイルすら俺は生産系になる予定だ。
「大体の方向性は決まっているけど、詳しく決めてない、か、決めかねている、と言ったところですか。経験者として助言ぐらいなら出来ますよ?」
「じゃあ聞くけど、このゲーム、生産系ってどうなんだ?」
「実際に生産系をプレイした訳じゃないので、又聞になりますけど、戦闘能力はあまり上がらない、レシピ、性能、デザインが作り手次第っていうのが基本になります。」
指折り数えながら冬華が教えてくれる。たぶんこの後はずらっと続くのだろう。というか、生産職だから戦闘能力が高くないのは分かる。普通のゲームなら同じレシピを使えば失敗する事はあっても同じものが出来るはずだが、性能やレシピが作り手次第っていうのが良く分からないな。ゲームなのだから画一的な生産になるはずだろう。そこからデザイン性や拡張性を出すゲームがほとんどだ。
「戦闘能力は分かるけど……レシピや性能が作り手次第ってどういう事だ?」
「なんでも、そのアイテムに辿り着く道筋が一つじゃないそうです。聞いたのはポーションとショートソードですが、聞きますか?」
「……教えてくれ。」
俺はずらっと呪文を聞かされる覚悟を決め、お願いする。頭を回せ、大樹は居ないから自分で噛み砕かないといけない。
「まず、ポーションですが、薬草を使って【調合】のスキルを使って作れます。この時点で2通りの作成方法が存在します。ひとつが磨り潰した薬草に水を加える方法、もうひとつが薬草をお茶を淹れるように煮出す方法。さらに【合成】のスキルを使っても作成する事が出来ます。この時の材料は薬草と水ですね。同じく【錬金】のスキルを使っても同じように作る事が出来ます。それに、【料理】のスキルでも効果は落ちますが作る事が出来ます。作り方は調合の煮出しと同じ手順で作成出来るそうです。」
色々なスキルで効果の違うポーションが作れるらしい。いや、ちゃんと噛み砕こう。ポーションを作る絶対的な材料は、薬草と水で変わらないみたいだけど、過程がそれぞれ違う。でも出来あがるのは効果は違えどポーション。謎かけの様だけどどんな過程を経ても出来あがるのは凄い気もする。
「次はショートソードですけど、これは【鉄工】のスキルで作るのが一般的です。方法は現実と同じで鍛造と鋳造です。それに【細工】のスキルで削り出して作る事も出来ます。あとはスキル名が分からないのですが、練って作ったという品が数点ありました。金属製品なのに練って作るって何でしょうね。銀粘土みたいなものでしょうか。」
待ってくれまだポーションを噛み砕いてる所なんだから追加しないでくれ。
「と、こんな感じで過程に違いがあっても製作が出来、それぞれに性能差が出ます。スキルで作ると性能が若干落ちるって話も聞いてますが、こればっかりは実際に生産してみないと理解は出来ないかもしれません。」
最終的には『やってみないと分からない』か。それなら考え通りに生産系にしようかな。噛み砕けはしなかったけどそれはやってみればいい。
「よし。俺は生産職になる事にする。」
「やっぱりそうなりますか。きっと皆文句言いますよ。」
「大丈夫だ。ある程度は戦える様にも考えてる。それに俺はまったりと遊びたい。」
廃ゲーマーの上地兄妹もそうだが、夏織姉さんにも付いていける気がしないのでのんびりスタイルで遊ぶ予定だ。キャラがのんびり仕様なら無理に誘っても来ないだろう。そういう意味で生産系はちょうどいい。
「あとは、系統を絞るだけって事ですね。ちなみに私も今回はのんびりするつもりなので半生産ですよ。」
「そうなのか? じゃあ被らない様に考えなきゃな。冬華は何取るんだ?」
「多少は被ってもいいと思いますけどね。私は【弓】【遠目】の戦闘スキルと【付与】【魔力】【魔力制御】の支援魔術系、【合成】【錬金】の生産系ですね。器用貧乏な感じになりそうですが、のんびり遊ぶには良いと思ってます。あとは足りなさそうなのを補充する感じですね。」
「そうか。じゃあ俺はどうしようかな。」
生産にも色々ある。俺が決めかねているのを見て、冬華が指折り数えながらそれぞれに対する予測を教えてくれる。
「たぶん姉さんは前と同じでしょうから遠距離砲台でしょうし、春夜は剣士系か拳闘系でしょうね。若葉ちゃんも盗賊系のまま来るでしょう。大樹さんは剣士系でしょうね。このままの仮定で、皆でパーティーを組む、と考えたら、物理遠距離1、魔術遠距離1、物理前衛2の遊撃1となります。耐久職のタンクが足りませんね。」
「ふーむ。じゃあ俺が守備寄りのキャラにすれば良いのかな。」
「そうなりますけど、このゲームのタンカーはきついですよ?」
「そうなのか? まぁ、前線で耐えるだけならどうにかなるだろう。」
冬華が少し眉を寄せながらそう言うが、俺は気楽に考えている。攻撃職は足りてるんだから皆を守る耐久職で良いだろう。あまり動き回る必要もないし、せかせかしないだろうからな。だったら……
「じゃあ、俺は【盾】のスキルと【回復】【魔力】【魔力制御】で耐え続けるタンクにでもなるよ。自己回復しながら耐えてれば邪魔もしないだろう。」
「兄さんが良いなら良いですけど、鎧系のスキルは取らないんですか? 耐久職と言ったら全身鎧の大盾なイメージがありますけど。」
「必要そうなら後で取るよ。あとは生産系だけど【料理】【木工】【鉄工】かな。回復アイテムと自分の装備が作れる様になるみたいだし。」
確かに耐久職といったらフルプレートメイルにタワーシールドの全身金属なイメージがある。でも、俺がなるのは生産系なので、軽装に盾装備で十分だろう。そんな事を言ったら勇者や騎士もモブキャラは全身鎧なのにヒロインとかの主要キャラになると軽装になるからな。
アイテム生産してのんびりしつつ、たまに皆で冒険する。それが俺のプレイスタイルだ。俺がそんな事を考えていると冬華が水晶に近づきながら声をかけてくる。
「では、スキルを取得してしまいましょう。スキルを取ると武具がもらえますから、それを装備して戦闘のチュートリアルに行きましょう。」
「え? スキル取ったらアイテムもらえるの?」
「この場所というか、チュートリアル内で取得する事が条件ですけれど、対応する初期装備を貰えますよ?」
「へー。じゃあ俺は盾が貰えて、冬華は弓が貰えるのか?」
「はい。それに対応するスキルの初期アイテムも貰えますよ。生産系に関してはセンスが生産である必要があったはずですけれど。」
そういえば、スキルは取るもの決めたけど、センスの方は何も考えてなかったな。せっかくアイテムが貰えるなら生産系のセンスにしようか。そんな事を考えていると冬華がこっちを向いた。
「次は兄さんですよ。私はスキルもセンスも取りましたし。アドバイスとしては水晶から手を離さない事でしょうか。」
「分かった。」
返事をしつつ水晶に触れる。今気付いたけど、この水晶って中に別の水晶が入っててそっちが回ってるんだな。触れてるのに回転してるのが不思議だったんだけど、円柱の中に水晶体が入ってるのか。
──スキルを取得します。必要なスキルを思い浮かべて下さい。
ふむ。まずは【盾】、それに【魔力】【魔力制御】【回復】あとは【料理】【鉄工】【木工】っと。
──スキルを取得しました。センスを選んで下さい。
良く分からないけど取得出来たらしい。センスねぇ。選択肢は【生産の心得】と【盾の心得】、【回復の心得】か。アイテム目当てだから【生産の心得】だな。
──センスを取得しました。
──チュートリアル報酬を付与します。
「うわっ!?」
突然頭の中にファンファーレが響いた。視界にはウィンドウが表示されている。えーと。チュートリアルクエスト『スキルを取得』『センスを取得』達成。獲得アイテム:『初心者の盾』『初心者の書』『鉄工お試しセット』『木工お試しセット』
いや、本当にびっくりした。こんな事になるなら事前に教えておいてほしい。俺は横でくすくす笑っている妹を睨んだ。
「まぁまぁ。慣れると気にならなくなりますよ。言い忘れたというか、普通の事になっていたので言うのを忘れたというか。悲鳴を聞くまで分からなかったというか。とにかくごめんなさい。兄さん。」
「はぁ……分かった。」
「大丈夫ですか? 次は戦闘ですよ?」
手の先にひんやりとした感触があり、何かと思ったら冬華が俺の手に触れていた。直前に聞こえた物騒な単語も気になり、口を開こうとしたらログアナウンスが表示された。
──チュートリアル戦闘を開始します。専用フィールドに転送します。
「転送……って冬華!」
「ふふっ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。兄さん。」
視界が突然ぐにゃりと歪み、気持ち悪さに目を閉じる。そうして浮遊感の様な、眩暈の様な感覚をやり過ごして目を開けると、そこには草原が広がっていた。
-アキ-
スキル
【盾】【魔力】【魔力制御】【回復】【鉄工】【木工】【料理】
センス
【生産の心得】
-フユ-
スキル
【弓】【魔力】【魔力制御】【付与】【遠目】【合成】【錬金】
センス
【生産の心得】
装備
頭:なし
内着:布の無袖シャツ
外着:皮膜の長羽織
胴:皮のベルト
腰:皮膜のスカンツ
腕:皮の魔弓手袋
足:皮のロングブーツ
装飾:
あれ、またモンスターに辿り着けませんでした。
忘れ去られてますがまだ犬はいます。
生産系を目指す秋悟。
そして秋悟が生産をするだろうと半生産にする冬華。
次こそ。
チュートリアル4 初めての戦闘