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O O Online  作者: 語部境華
チュートリアル
6/10

チュートリアル1

□ 天城秋悟


 またしても不意打ち気味に機械を作動させてしまった俺は、目の前を横切っていた極彩色が無くなり、真っ黒になったことにも気が付かず、がっくりと項垂れていた。やがて水から浮き上がるような感覚が訪れたのでそちらに意識を向けると、微睡から覚めるような気がして目を開ける。視界に一番に飛び込んできたのは本棚だった。そのまま辺りを見回すとここが弧を描くような通路っぽい事が分かる。その左右の壁にびっしりと本が収まっていた。


「なんだ……ここ?」


 思わず呟いてみたがどこからも返事はない。たしか『大きな水晶がある部屋』に居るはず。と冬華が言っていた。どう見ても通路だ。そして水晶じゃなくて本だ。どうなっているんだ? そんな風に自分の置かれた現状を考えて途方に暮れていると足元から不思議な声がする。


「……これがそうなのかワン。」

「ん?」


 そのまま見下ろすと犬が居た。何故犬? と首を傾げていた俺に、その犬はキャンっと吠えた。


「……ポメラニアンか?」


 たぶんポメラニアンだ。たぶんが付いているのは、毛の色が見事な銀色なんて初めて見るからだけど、白か灰色の亜種ならあり得るのかな……? とりあえず俺はしゃがみこんで犬と目線を合わせる。ゲーム世界だし、ファンタジーなんだから毛色とか喋る動物もありえるのだろう。


「さっきは人の言葉が聞こえてきたんだ。喋ったのはお前か?」

「本当に順応が速いワン。」

「おぉっ。やっぱりしゃべった。すごいなぁ。」

「……とりあえずこっちにくるワン。」


 犬はそういうと本棚に向かって歩いていく。ぶつかるんじゃないかと思ったら、突然目の前の本棚が消えて真っ黒な空間になり、そのままそこに入っていった。


「いや、これはちょっと……勇気が必要だと思うんだが……。」

「早く来るワン。」


 突然に開いた、しかも先は全く見えないという謎の空間に俺が躊躇していると中から催促された。……仕方ない。ゲームも始まっていないのに死ぬって事も無いだろう。覚悟を決めて入ると中は真っ暗という事もなく、広い円形の空間と仄かに発光する壁、真ん中には淡く光る大きな水晶があった。幻想的という言葉が似合う部屋だ。俺は知らずに感嘆の声を口に出していた。


「綺麗だ……」

「そうワン? でも、その感想は珍しいけど嬉しいものワン。」

「……その口調でぶち壊しだけどな。」


 こいつといい、登録AIといい雰囲気ぶち壊しである。俺はジト目で文句を言うが、そんな俺を無視して犬はさっさと水晶の前へと歩いていきくるりとその場でこちらへ振り返って座り込んだ。ふむ。雄か。性別を確かめているとこちらの視線か、考えを読んだのか犬から文句を言われる。


「どこ見てるワン。さっさとこっちに来るワン。」

「はいはいっと。」


 とりあえず犬の側、水晶の前まで来てみたけど、本当に大きい水晶だな。5mぐらいか? 1階の床から2階の天井までって感じだ。それに近づいて分かったけど、時々強く光ると思っていたのは回っているからで、少し浮いている。さすがゲーム。どうやって浮いているとか何故とかは気にしたら駄目なんだろう。水晶に見惚れているとまた足元から声がする。


「検査をするから触るワン。」

「検査? 何のために?」

「良いから水晶に触るワン。」

「はいはい。」


 こっちの疑問は全部スルーのくせに、要求だけ通そうとするとは生意気な犬だ。俺は言われるまま水晶に触れる。……特に反応無いな。


「なぁ、これで何が分かるんだ?」

「ふーむ。特に問題無しだワン。念の為ログだけこっちに回すようにするかワン。」

「おーい。」

「いや、念には念を入れて経過観察した方が何かあったときに……」

「おいっ!」


 本当にこっちの事はスルーだな……。しかしチュートリアルはどうなったんだ。それに冬華が来るって言ってたのに全然来ないし、結構時間がたった気がするんだけどな……。


「もう手を離しても良いワン。」

「はぁ……」


 聞いていた話と実際に起こっている事が違いすぎてどうしたら良いか分からない。状況を知ってそうな犬はこっちの疑問には答えてくれそうにないし、どうしたものかなぁ……。ダメ元で聞いてみるか。


「おい、犬!」

「…………どうかしたワン?」

「俺のチュートリアルはどうなっているんだ? それに妹が合流するって言ってたのに全然言ってた通りにならないし、もう少し説明してくれ。」

「合流ワン? ……あぁ、確かに直結コードが繋がっているワン。対象以外との接触は良くないけど仕方ないワン。」

「だから、説明をしてくれ……」


 いつの間にやら犬の前には半透明のウィンドウが出ていて、それを2本の前足で器用に操作している。なにそれ、どうなってるの? そして、相変わらずこっちの話を聞いている様で聞いていない。仕方ない、こっちの話を聞いてもらおう。俺は一度溜息をついてから後から犬を抱き上げ、一度持ち直してから目線まで持ち上げた。犬の苦情は無視だ。


「いきなり何するワン!」

「いい加減にしろ! 俺はさっきから説明してくれと言っている!」

「離すワン!」

「離して欲しかったらこっちの要求も聞け!」


 ウゥーと鼻梁に皺を寄せ、牙を剥いて俺を睨みつける。しかし、悲しいかな所詮は少し毛色が変わっているポメラニアンである。抱き上げているので噛まれる事もない、そんな超小型犬が唸ったところで怖くないのだ。噛みつけない範囲で顔を近づけ、疑問や状況を把握するべく俺は質問をする。


「とりあえずお前の名前を教えてくれ。」

「それは教えられないワン。」


 牙を納めてあっさりと応じられる。持ち上げられているからか今度はちゃんと会話が成立した。答えられないというのが成立しているとすれば。だが、じゃあこれからも犬と呼ぼう。俺はさらに質問を重ねる。


「……お前は何なんだ?」

「それは答えれるワン。管理AI23番 モデルタイプ犬だワン。」


 管理AI? インターフェースもそうだけど応答がすごいな。ゲームを管理してるって事は運営側か。何故俺が運営側と接触してるのかは分からないが、次は一番大事な事を聞こう。


「俺のチュートリアルはどうなっているんだ?」

「まだ始まっていないワン。お前はパーソナライズプロパティ登録が早すぎた所為で、要検査となっているワン。チュートリアルの前に異常が無いか検査が行われる事になったワン。」

「あぁ……そういえば、早いとは言ってたな。」


 何かインターフェースが驚愕とか言ってたが、その所為で検査が必要という扱いなのか、それで運営側がわざわざ検査をしてくれていると……善意だと思うんだがここまでの経過でそんな気はしないな。こんなに時間が掛かってると冬華がどうなっているのか不安になってくるな。


「検査の結果は?」

「解析してたのを邪魔したのはお前だワン。」

「あぁ、さっきの……ウィンドウに犬パンチしてたのがそうか。」

「分かったら離すワン。」

「はいはい、今度はもう少し説明してくれたら、邪魔しない。」

「分かったワン、もう少し説明するワン。」

「頼む。」


 説明してくれる事を約束してもらったので、俺は犬を降ろした。さて、と俺は思案する。解析とやらが終わるまでの待ち時間。現在の状況。つまり、まだ始まっていないチュートリアルと、待っているであろう冬華の対応、待たせた冬華の処理もだ。現実で好物を作る、何かを奢る、お願いを聞く……は若干怖いな。どうしたものかと思案をしている俺の足にぺしぺしと何かが当たる。下を見ると犬が俺の後ろを指し……いや、前足で示している。


「なんだ? もう解析が終わったのか?」

「まだだワン。これにでも座ってるワン。ついでに暇つぶし用の本も出しておくワン。」


 そんな駄目な子を諭す様に言われ、憮然として後ろを見るといつの間にか椅子とテーブルがあった。いや、さっきまで何も無かっただろう。本当にいつの間に出てきたんだよ。と突っ込みたいのを我慢している俺に対し、椅子の貫を蹴り、座面が高めの位置にある椅子に登った。さらに突っ込みたくなったが、何とか堪えた。


「……いきなり気遣いが良くなったな。」

「さっきみたいに邪魔をされる方が困るワン。大人しく待ってるワン。」

「はいはい。待ちますとも。」


 仕方がない。せっかく用意してくれた本でも読んで時間を潰すしかない。俺は古本というよりは古書と言えそうな装丁の本の表紙をめくる。


「うわっ!?」


 表紙をめくった途端に本が独りでに頁をまくり、本のちょうど半分ぐらいの頁で止まる。少し怖々と頁を見ると何も書かれていなかった。え?


「おい、犬。この本何も書いてないぞ?」

「そんな事はないワン。それは本の形をした端末だワン。チュートリアルを終えてないお前はまだシステムが使えないからヘルプをその端末に繋げてあるワン。見たいと思えば見れるはずだワン。」

「ん~?」


 だったらそれを先に説明して欲しいものである。つまりこれは、本の形をした端末、タブレットみたいなものか。で、タブレットなら自分で見たい情報を探さなければならない。ふむ。と俺は今の犬の言葉を何とか噛み砕いて本を見つめる。じゃあ、目次が見たいと思えば見れる。という事だろう。俺はもう一度覗きこんだ。


 『目次・大分類を表示します。』

──・ゲームシステムについて

──・アシストシステムについて

──・スキルについて

──・センスについて

──・アイテムについて

──・NPCについて

──・サポートについて

──・データインポートについて


 本の左側にズラズラと文字が浮かび上がった。本当に見れた……。しかも文字が淡く光っていて、少し目がチカチカする。俺は何を見るべきか思案する。現在進行形の問題はひとまず置いておいて、直近で起こるであろう問題。妹、冬華が現状どうなっているかを調べた方がよさそうだ。それを調べれば俺の現状も少しわかるだろう。しかし、どう調べたものか……。


 『直結コード接続についてを表示します。』

──・直結コードを接続しているとチュートリアルを共同で行う事が出来ます。この機能は肉親、友人間でキャラに共通項を持たせたい、または、相手のキャラを設定したい等を目的としています。また、共同でチュートリアルを行う事による経験者からのアドバイスによる初期技能の向上、リアリティへの恐怖の削減も副次効果として期待しております。この機能は第2期販売品の中に付属のコードを──


 今度は本の右側に文字が浮かび上がった。おぉぅ……。本当にヘルプっぽい。でも、運営側の意図とかまで載ってるけど、これは俺が見ても良いヘルプなんだろうか? まぁ、良いか。知りたいのは接続してる相手がどうなっているかなんだけどな。と思うと本の左側の文字が書き変わっていく。


 『直結コード接続について・該当項目を優先表示します。』

──・接続者A、B間の取り扱いについて

───・先にゲームにダイブログインした方をA、後からゲームにダイブログインした方をBとします。接続者Aに接続者Bよりの接続承認ウィンドウが出ますが30秒間放置すると自動承認されます。承認をした状態で、接続者Aがチュートリアルを行う場合、接続者Bは接続者Aのチュートリアルモードを行っているエリアへ転送されます。接続者Aが通常エリアに居る場合は接続者Aのスキル範囲内の後方160度内にランダム転送されます。承認を拒否した場合───

───・接続者Bから接続承認を手動で行う場合の操作方法はシステムウィンドウ内──Error Code 002──エラーコード401 権限がありません。──

───・接続者Aから接続承認を行う場合の操作方法はシステムウィンドウ内──Error Code 002──エラーコード401 権限がありません。──

───・接続承認をした接続者同士には特殊スキル『親愛の絆』特殊アイテムボックス『親愛の証』を使用する事が出来ます。これは直結コードで接続している間のみ有効です。


 書き変わった文字を読み込んでいく。承認しなくても、自動で承認状態になるのか。だったら放っておいても良いのかもしれない。あれ? 冬華は確かOKボタンとか言ってたような……実際にウィンドウが出てきたら分かるか。

操作方法になるとエラーが出てるのは何故だ? 犬はヘルプと直結してるって言ってたから俺単体でアクセスしていない所為か? これも答えが出ないな。

直結コードで繋がっている同士だと特殊スキルが使えるようになる……。これもゲームがまだ始まっていないからよく分からないな。

 当面の事には答えが出たけど、他の謎がぽこぽこ出てきたな。どれもゲームをしていればその内解けるだろう。俺は深く考えるのをやめた。


「よし、解析完了だワン。特に問題無し。」

「おー。早かったな。お疲れ様。」


 気持ち嬉しそうな犬の言葉に、俺は素直に称賛したのだが、俺の言葉を聞いた犬は嫌そうに目を細めた。


「あんまり余計な仕事を増やさないで欲しいワン。」

「いや、そんな事言われてもな。」


 俺だって仕事を増やすつもりも、迷惑をかけるつもりもない。不可抗力だ。それに俺が邪魔をしてしまったのも、犬が説明をきちんとしなかった所為だ。俺は悪くない。


「これから経過観察用のプログラムを組むワン。だからさっきの本を読んでおとなしく待ってるワン。」

「へいへい。そうやって言ってくれれば、こっちだってそうするさ。」


 犬の軽い嫌味をスルーして、皮肉を返してやる。だったらゲームシステムとかこれから必要になりそうな項目でも読んでるか。それにしても冬華遅いな。かれこれ1時間は経ってると思うんだが……。そんな事を考えながら俺は古書型タブレットに意識を向けた。

おかしい。

妹ちゃんと合流出来ませんでした。

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