晩御飯の語らい2
□ 天城秋悟
システム的な注意事項は他に無いんだろうか……? VRMMOって言うのはもの珍しいし、他に何かありそうな気がするんだけどな。
「他に何か特色みたいなのは無いか? スキル制っていうのも特色だけどそれだけが特色か?」
大樹が説明を噛み砕こうとする春夜と、どう聞いたら欲しい情報が出てくるかを悩む俺を置いて質問をする。今度もずらーっと説明されたら俺もオーバーヒートしそうなんだが……。
「特色ねぇ……完全没入型、完全スキル制、あとは……ゲームが倍速で進んでることかな……」
「あ、それがありましたね。ゲームをしていると1日が48時間になります。」
「はぁっ!?」
「普通に行動して、時間が経過しているんだけど、現実では半分ってイメージが良いのかなぁ……」
それはどんなイメージだ……。ゲームをしていると一日が48時間ねぇ……。訳が分からないんだが……大樹が噛み砕いてくれるのを待とう。
「ん~……現実の1日がゲームの2日って事か……ゲーム内でも時間が短いって言うか、そんな感じはしないんだな?」
「全然しないよ? 向こうでしっかり6時間過ごしても、こっちでは3時間しか経ってなかったよ?」
「信じられないけどゲーム内時間が加速してるって事か……これは実際にやってみないと分からないな……」
「お得って事しか分からない……。」
戸惑い気味に大樹が若葉ちゃんに確認している。春夜は会話に混ざらない方がいいぞ?
しかし、大樹でも噛み砕けないとなると、体感してみるしかなさそうだ。
「夏織さん、冬華ちゃん、他には何かあるかい?」
「あとはそうねぇ。特色であり、注意事項なんだけど、NPCにNPCって言っては駄目な事かしら。」
「……はい?」
「そうですね。実際にゲームをしてみれば分かると思うのですが……NPCのAIがとんでもなくリアルなんです。」
「なるほど、NPCも人として扱えって事か……?」
「はい、その認識で間違って居ません。」
「大樹くんが見知らぬ人からNPCって連呼されたら嫌でしょう?」
「嫌……っていうか何言ってるんだこいつ。ってなるね。」
「そんな認識で大丈夫よ。あとはやってみてのお楽しみね。」
すごく良い笑顔で夏織姉さんが笑う。NPCがリアルなのは面倒くさそうだ……。例に出された大樹も顔をしかめている。それにそこまでリアルだとすると、引っ込み思案だとゲーム出来ないんじゃないのか……?
「そうだ、兄さん、春夜。ゲーム内の名前なんですが、夏織姉さんが『ナツ』で、私が『フユ』なんです。」
「そうねぇ、関係がある方が楽しそうね。」
「はい。それで、兄さんは『アキ』で、春夜は『ハル』って名前でやりませんか?」
「えー……? 女の子みたいな名前で嫌だ……」
「同感だ。」
眉を顰めた春夜の文句に同意する。ただでさえ女顔な上に、家事全般をこなす所為で『生まれてくる性別を間違えた』や『欠点は男であること』なんて言われている。これ以上の女っぽい要素は勘弁してもらいたい。
春夜は春夜で、俺と同じ女顔。背の低さも相まって『男の娘』なんて呼ばれている。遺伝とは怖ろしいものである。兄弟からのブーイングに首を傾げた冬華と夏織姉さんが追撃してくる。
「でも、せっかく家族でプレイするんですから何か関連が欲しいです。」
「そうねぇ。こっちが変更出来ないから何とか飲み込んでほしいんだけど……」
「仕方ないなぁ……ゲームはゲームだしね……諦めるよ。」
「春夜、いきなり負けるな。断固抗議するんだ。」
若干目のハイライトが消えている春夜があっさりと引き下がった。嫌なら嫌と言い切らなければそのまま定着するぞ? 俺は断固として反対だ。兄妹繋がりなら、同じ苗字を設定するとか、他にも手段はあるはずだ。そんなことを考えていると、実に良い笑顔で夏織姉さんが止めを刺しに来た。
「そうねぇ。じゃあ、お姉ちゃん権限で。」
「っ!?」
「……姉さん。大人げないです。きちんと頼みましょうよ。」
「……兄ちゃん、何事も諦めが肝心だよ?」
唖然とした俺に冬華が姉への仲裁に乗り出し、春夜は慰めにならない慰めを口にする。姉権限を持ち出されると負けるしかない。家族ならではの秘密をバラされる……主に黒歴史だ。どれが流出するか知らないが、流出したならば、俺は引きこもり一直線になる自信がある。春夜はこれを見越して大人しく引いたというのか……? 俺はこれ以上の女っぽい要素など望んでいないというのに。そんな俺達天城姉弟を見て、憮然とした顔で大樹が若葉ちゃんに問いかけている。
「なぁ、若葉。アレを見習うと俺の名前は『ビッグツリー』とか『グレイトウッド』になるんだが……」
「あ、お兄ちゃんは別に気にしなくていいよ?」
「……楽で良いけど、それはそれで何か釈然としないものがあるんだが……」
大樹が首を傾げているが、俺はそっちの自由が羨ましい。俺もそっちに入れてくれ……。
そんな風に隣の芝生を羨んでいたら、夏織姉さんからゲーム開始後の通達を言われる。
「あとはそうね。現実の19時半からオープニングイベントがあるから、街の大噴水前で待ち合わせでいいかしら?」
「いいかしら……って言われても噴水前?っていうのはすぐに分かるものなのか?」
「姉さん……それじゃあ分からないし、通じないですよ?」
「あたしは分かったから大丈夫!」
若葉ちゃんが元気よく答えるが、今日始める人間が分からなければ、待ち合わせる事など出来やしない。
大噴水って言われても、こっちは一か所なのかすら分からないぞ? 小噴水とかもあるのか?
「大丈夫よ。そのために私が帰って来たんだし、直結コードも入っていたでしょう?」
「「直結コード?」」
俺と大樹が疑問を挟んだがスルーされる、そのまま会話が進む。解せぬ。
「若葉ちゃんと冬華ちゃんには説明しておくから、今日から始める三人は代わりに後片付けお願いね?」
「よく分からないけど、分かった。」
「よし、任せた。秋悟。俺は一緒に説明聞く。」
「大樹さん、いきなり投げ出さないでよ……」
「諦めろ、春夜。大樹が聞いておかないと多分どうにもならない。」
「あー……若葉さんだもんね。」
眉を下げて名前で片づける春夜だが、その通りだ。若葉ちゃんが説明を聞いても、慣れた動作以外の事ではあまり役に立たないはずだ。
皆で遊ぶと決まった以上、必要そうな事は気を配らなければならない。俺は食べ終わった食器を重ねて二つに纏め、片方を春夜の方へ押し出し声をかける。
「ほら、春夜食器持ってきてくれ。」
「はいよー」
諦めがついたのか、軽い返事が返ってくる。特に気にはせず、プラ製の洗い桶に持ってきた山を入れ、タオルとスポンジを用意する。分担はいつも通り、俺が洗う係、春夜が拭く係でいいか。春夜は時々食器を欠けさせるからな……。
「いつも通りの分担だな。拭いて重ねていってくれ。」
「はいよー。タオルタオル……あ、もう用意してあるね。」
そこからは流れ作業だ。洗ってゆすいで水切りかごに入れていく。横では春夜がかごから出して拭いて重ねていく。二人で無言で作業をする。
「よし、これで最後っと。」
「はいはい、ご苦労様。春夜は夏織姉さんと一緒かな?」
「なんたら登録を考えるとそうなるのかもねー。」
何気なく聞いたら、名称を全く覚える気のない答えが返ってきた。皿を仕舞いながら軽く考える。確かに俺の登録の時は冬華がしてくれたから、このまま直結なんたらは俺と冬華のペアになると思う。買ってきた飲み物と、ついでに夜食も上のリビングの冷蔵庫に入れておいた方が後々楽かもしれない。
「じゃあ、先に上に行って良いぞ。俺は飲み物とかを上の冷蔵庫に入れたら、冬華のところに行くから。」
「兄ちゃん、僕はどこに行ったら良いんだと思う?」
「登録した場所じゃないのか?」
そんな事を聞かれても俺にも分からない。聞くなら夏織姉さんに聞いてほしいものだ。俺の問い返しに少しだけ嫌そうな顔を春夜がしたが、分からなくもない。冬華の機能美というかさっぱりした部屋に比べて、夏織姉さんの部屋はぬいぐるみが溢れるファンシーな部屋だ。明らかに部屋の中身を交換した方が良い案件だと思う。
「姉ちゃんの部屋か……」
「まぁまぁ、次はゲーム内かな。また後でな。」
そのままとぼとぼと出ていく春夜を眺め、会話しながら用意していた夜食と飲み物を持って、俺も2階に上がる。そのまま一旦冬華の部屋を通り過ぎて上地家と共用のリビングというか、子供部屋の冷蔵庫に仕舞い込み、戻る途中のやたらとにぎやかな上地家を後ろに、同じくにぎやかな夏織姉さんの部屋の前を超え、冬華の部屋の前へと戻り、コンコンと軽くノックをしつつ中へと呼びかける。
「冬華。とりあえず来てみたけどここで良いのか?」
「あ、兄さん。手が離せません。開いてるので入ってきてください。」
またゲームの支度でもしてるのかと、疑問に思いながらもカチャりと扉を開けると、ベッドのマットレスと格闘している冬華が居た。俺は当然の疑問を投げかける事にする。
「……何やってるんだ?」
「兄さんがっ、横になるっ、場所をっ。作ろうかっ、と思いましてっ ……ふっ。」
若干息切れしながら回答されてもな……。手伝う……よりは代わったほうが手早く済みそうだ。
「冬華。代わるからどうしたいのか教えてくれ。」
「ふっ……はぁはぁ……えっと……ふぅ……ベッドからマットレスだけ抜いて、床に敷いて貰えたらいいと思います……ふぅ……」
ベッドから降りて息を整えながら教えてくれる。なるほど。それは冬華には重労働だろう。さっさと交代して俺は言われたとおりにマットレスだけ床に敷き、布団を改めてベッドの上に整えた。
「そうだ、冬華。今度はちゃんと付け方から教えてくれ。」
「はい、兄さん。説明書は読みますか?」
「いや、それは後で読む。本と付け方を同時には無理そうだ。」
「ふふっ、そうですか。」
穏やかに微笑んで機材を手にこちらに近寄ってくる冬華。まだ片づけていなかった姿見を見ながら付け方を覚える。ゆっくりと付けながら教えてくれるが、一回では覚えられそうにない。自分でやってみて合ってるかどうかを見てもらわないとな。きっと春夜はもっと苦戦しているだろう。姉さんがいつまでいるか分からないけど、教える労力と人数の為にも早く覚えたほうが良いだろう。
「ん~、なんとなく分かったかな。後で自分で付けてみるから合ってるか確認してくれないか?」
「分かりました。春夜に教えるよりは楽なので大丈夫ですよ。」
冬華も同じ事を考えていたみたいだ。鏡越しに目を合わせ、二人で先のことを考えてて苦笑した。機械音痴に教えるのは骨が折れる。スマートフォンを教えた時もかなり苦労した。
「今度はどうなるのかきちんと教えてくれよ?」
「もちろんです。『サーティフィケーションスタート』の掛け声で始まるのですが、これは機械が本人の物かを認証し、そのまま自動でゲーム接続まで行きます。パソコン等と違ってこの機械がこれからやるゲームの専用端末だからオーセンティケーションは省かれます。接続後はアバター作成、チュートリアル等を行う大きな水晶がある部屋に居ると思いますので、そこでしばらく待っていて下さい。これから目の前に半透明なウィンドウが出たらOKボタンを押して下さい。押したら私が同じ部屋に行きますので、それから一緒にアバター作成やウィンドウ設定、チュートリアル、スキル設定をしましょう。ざっとこんな感じですが大丈夫ですか?」
大丈夫ですか?ってそんなに一気に言われてもなぁ……教えろと言ったのは俺で、教えてくれたのは確かなんだが……。えーと、掛け声をするとゲームが出来て……ウィンドウが出たらOKボタンを押すのが俺にとってやらないといけない事……あとは初期設定とかを冬華と一緒にやるって事か……。もう少し噛み砕いた言い方は無いのだろうか。
「……たぶん大丈夫。」
「でしたら横になって下さい。直結コードを繋いだら掛け声出して下さいね。『サーティフィケーションスタート』ですよ?」
「分かった。」
「ちょっと失礼します。」
「待て待て待て!! ちょっと待て! なんで馬乗りなんだっ! 他にやり様があるだろうっ!!」
「他にですか?」
コードを手に困惑しながら首を傾げている。俺がおかしいのか? 待て、冷静になるんだ……。頭に付けている機械にコードを繋げるんだろう? だったら別にわざわざ馬乗りしなくてもいいはずだ。こう、頭の横から刺せば問題ないだろう。っていうかいつまで俺の上に座っているんだ……。
「頭の横から指せば良いだろう?」
「まぁ、もう手を伸ばして指すだけですし、このままで。」
「うぉい!」
結局そのまま四つん這いになり、首の右側からカチッと音がする。目の前に冬華の額がある。近い。恥じらいとかはどこにいったんだろうか、さらに伸びあがってきて目が合うと微笑んで告げられる。
「では兄さん。掛け声をどうぞ。」
「近いっ! 目の前で見てる必要は無いはずだ!」
「ですから、掛け声をどうぞ。」
「スルーするなっ!! 差したならどけっ!」
俺の文句にやっと体を起こした冬華は笑みを深めて紙を出してきた。いや、どこに仕舞ってあったんだ?
「兄さん、これ読んでくれたら退きますから。はい。」
「良いからどけよ!?」
「はい、読んで下さい。」
「あーもうっ。サーティフィケーションスタートっ!! あっ!?」
そして俺の視界は極彩色に染まった。