晩御飯の語らい1
□ 天城秋悟
壊さないように慎重に、鏡とにらみ合いながら機械を外し、一息つく。何とか外せたけど付け方はいまいち分からないな。
冬華の部屋を出て、階段を下りていく途中で、リビングから声が聞こえてきた。
「春くんがそろそろ終わりそうだから、私は春くんの部屋に戻るわね?」
「そうですね。兄さんはあと30分ぐらいでしょうか?」
「始めた時間からするとそのぐらい掛かるでしょうね。」
「私も部屋で本でも読んで……」
かちゃりと音をたてて、掴もうとしていたハンドル型のドアノブが、遠ざかっていく。
「え……?」
「姉さん? どうかしたんで……す……」
俺を見るなり扉の前で固まってしまった夏織姉さんに、後から不思議そうに近づいてきた冬華も、俺を見て固まった。
何だ? 聞いちゃ不味い会話の様には聞こえなかったんだけどな……いつまでも固まられていてもこっちが気まずいので、話しかける。
「二人揃ってどうしたんだ? 幽霊でも見たような顔して……」
「う、ううん……何でもないのよ秋くん、それにしてもどうしたの?」
「兄さん……どうやって下りてきたのですか……?」
逆に二人揃って聞き返された。人の顔を見て固まったのはそっちだろうに……。俺か? 俺が悪いのか?
「どうした……って言われても、なんたらプロパティ? ってやつの登録が終わったからで、どうやってって普通に2本の足で下りてきた……以外に答えようがないんだが?」
答えたのに二人がまた固まった……さっきから何なんだ?
まぁ、二人揃ってぽかんしてる顔は面白いかもしれないが、夏織姉さんより早く再起動した冬華が不満げに口を開く
「……登録が終わったって……こんなに早く終わるものでは無いのです、兄さん。」
「そ、そうね、秋くん、最低でも1時間半はかかるのよ?」
「そんな事言われてもなぁ……そういえば、今は何時なんだ?」
そういえば終わってから、時計なんて確認してなかったな。体感だと30分ぐらいだと思うけど、実際はどれぐらい掛かったんだろうか。
「今は17時半です、兄さん。」
「プロパティ登録を始めてからだとたぶん、50分ぐらいね。」
「結構、たってるもんだな。夕飯の支度は……とっくに終わってるか。俺が終わってるんだし、先に始めた春夜も終わってるんじゃないのか? 機械が外せずに困ってるのかもよ?」
「そ、そうね、見てくるわ。冬華ちゃんは秋くんに何か飲み物入れてあげて。」
俺の指摘に夏織姉さんが慌てて2階に上がっていく。春夜は基本的に機械音痴で、壊すのが嫌で慣れていない機械には触りたがらないから、終わっていたとしたら途方にくれているだろう。さてと、声は低めにしよう。騙し打ちみたいなことをした冬華が悪い。
「冬華。始めるときの不意打ち気味な開始方法に対して、弁明はあるか?」
「に、兄さん? 怒っていますか……?」
「……弁明は?」
「……ありません。あの作業は口では説明しづらいですし……時間も無かったものですから……」
しょんぼりとして冬華が答えた。そういえば、ついさっき夏織姉さんが1時間半は掛かると言っていたな……。
冬華に言われて、リビングを出たのが16時半。そこから1時間半、つまり最低でも18時にならないと終わらない筈だった。何時からゲームをしたいのか知らないけれど、晩御飯の時間を考えると、たしかにぎりぎりってところだろう。ならば情状酌量の余地はある。が、軽度の反撃はさせてもらおう。
「頭を出せ。」
すんなりと頭を出してきたので手のひらで側頭部を挟み、力を入れる。
「い、いたいいたい、痛いですっ兄さんっ!?」
「反省したか?」
「しましたっ しましたからっ いたいぃぃっ」
力を緩めてそのまま離すと、自分の手で側頭部を揉みほぐしながらも、恨みがましく見てくる。
「うぅ……兄さん酷いです……表情筋が動かなくなったらどうしてくれるんですか……」
「こめかみじゃないし、拳骨でもない。それにそこまで力を込めた覚えはない。反省もしているから、軽めにしたからな。」
「痛いものは痛いです……うぅ……」
まだ呻いている冬華を放置して、飲み物を取りにいく。さて、ゲーム自体の話は晩御飯の時に聞くとして、先に聞いておきたい事はあったかな……。βテストの時のプレイ内容でも聞いておこうか。
「ほら、いつまでも呻いてないでこっちきて座れ。」
そう促しながら冬華の分の飲み物を置いてやると、渋々といった感じで冬華が席に着く。
「うぅ……まだ痛いです……何か聞きたいことでもありますか?」
「プレイスタイルかな。皆βの時はどんな風に遊んでたんだ?」
「そうですね。私はファンタジーの騎士っぽいプレイをしていましたよ。」
要約するとゲームとか小説の騎士の様なプレイをしていたらしい。なぜ頭にファンタジーが付くかと言うと、実際の騎士はファンタジーほど軽装じゃないし、盾もごっついのを持っていただろう。剣も装飾以外ではほぼ使われず、鈍器の様な扱いになる。主武装は槍だったはずだ。ゲームでカテゴリーするなら重戦士みたいなものだ。そこを冬華はレザーアーマーと両手剣をもって避けて切るようなプレイをしていたらしい。さすがVRMMO。運動が苦手なのに避けれたのかは突っ込まない。
さらに若葉ちゃんは弓と短剣の狩人スタイルだったのにいつの間にか両手短剣のアサシンスタイルになっていたらしい。弓のコストパフォーマンスが悪過ぎて転向したそうだ。狩人からアサシンって、どこぞの小説みたいで感慨深いものがあるな。まぁ、色々なMMOでも弓は矢代が掛かる上級者向けの職業扱いだしな。廃ゲーマーの若葉ちゃんでも転向するほどっていうのは、覚えておいても良いかもしれない。
そして夏織姉さんは水属性の魔法使いだったみたいだ。ゲーム的には魔術師スタイルというらしい。違いが分からないけど、何か線引きがあるのだろう。服装は浴衣っぽい上着にロングスカートだった……なぜ夏織姉さんだけ服装にまで話が進むんだろうか。
3人のプレイスタイルを聞き終わるあたりで上地家側の扉から話声が聞こえてきた。
「やっぱりお前に譲るんじゃなかった……」
「お兄ちゃん、女々しいよ……」
明らかに落ち込んでいる大樹と面倒くさそうな若葉ちゃんだった。いや、なんで落ち込んでて、なぜ面倒くさそうなんだ……?
「あれ? 秋? なんで?」
「ん? 秋さん? あれ?」
「何で兄妹そろって疑問なんだ? そんなに俺がここに居るのが不思議か?」
兄妹揃って俺を見るなり疑問の声をあげる。何故だ。冬華と夏織姉さんを入れれば、今のところ俺を見たら全員変な反応をする……。俺が落ち込みそうだ。
「だってなぁ……あっ、まだやってないのか?」
「ん~。冬華ちゃんも居るから、説得に失敗したのかも?」
なるほど。分かりづらいが、プロパティ登録を俺がしていないという話になるのか。しているなら、今この場に俺が居るはずがないと。そして、一緒に遊べると思ってたのにまだしていないから何故。という事か。
「いえ、兄さんのパーソナライズプロパティの登録はもう終わりましたよ。」
「えー? あれ2時間は掛かるじゃない。」
「俺は1時間半だったぞ……まぁ、取説じゃ1時間半から3時間って書いてあったな。」
「そうなのか? そういえばまだ取説なんて読んでないな。」
冬華がびくっと肩を強張らせた。お仕置きも済んだし、もう気にしていないんだが……。俺が極一部分だけ読まされて、机の上にあったのがそうだろう。後で読ませてもらおう。などと姦しい声を聞きながら考えていると我が天城家側の扉の開く音がした。
「うわー……本当に兄ちゃんが居る……」
「まぁまぁ、皆準備は終わったみたいだから後はご飯を食べながらにしましょう? もう18時よ?」
「「「はーい」」」
声を揃えた腹ペコどもの返事に俺と冬華が立ち上がって支度を始める。といってもやることは盛り付けと皿を運ぶだけだ。多少冷めているぐらいは誰も気にしないから、温めなおさなくて済むのから楽だ。
大体俺が盛り付け、冬華と若葉ちゃんが配膳という分担になっている。急ぎめに人数分の椀と皿に、つみれ汁と炒飯を盛り付けて並べ、大皿2枚にそれぞれ、残りの炒飯と唐揚げを適当に盛り付けている間に、冬華が個人分をテーブルへと運ぶ。テーブルから先は若葉ちゃんが席へと配膳し、鍋敷きも用意してくれている。あとは大皿を冬華が運んで、俺がつみれ汁の鍋を持っていけば配給終了だ。
「手伝ってないとお客様みたいね。じゃあ、食べましょうか。」
「「「「「「いただきます。」」」」」」
さっそく唐揚げを口に入れる。やっぱり自分で作るよりおいしい……。何が違うんだろうか? 材料は同じはずなんだけどな……今度聞いてみよう。
「そういえば、兄ちゃんはどれぐらいで、はむ。ぷろふぁひぃほうほくふぉわはお?」
「会話の途中で口にものを入れるんじゃない……50分ぐらいらしいぞ。」
「んぐっ!?」
「あーもー……大樹も驚いたからって咽るな。お茶いるか?」
「ごほっ! げほっ! いらん……。」
「ほえー……」
「若葉ちゃんは呆けてないでちゃんと食べようか……」
「あらあら、相変わらずねぇ。疲れない?」
「兄さんはあれが素だから大丈夫だと思いますよ。」
会話が入り乱れつつも食事を騒々しくとる。これがうちの日常だ。それと冬華よ。俺はもう少し静かに食べたい。
「そういえば、実際どんなゲームなんだ? VRMMOっていうのと、βの時のプレイスタイルみたいなのは冬華から聞いたけどさ。」
「あ、僕も聞きたい。」
「それは俺も聞きたいな。若葉は教えてくれないんだよ。」
「そうねぇ。システム面は完全スキル制かな。」
「「うわっ 面倒くさそう……」」
大樹と春夜が揃って不平を口にした。スキル制って言うと確か、やたらと自由度が高くて、ある程度絞れば古参の廃プレイヤーにも追いつける、とかそんなのだっけ。
「ただ、βの時は上限まで誰もたどり着かなかったわね。」
「そうですね。検証してたユーザーも果てが無いとか言ってたような。」
「適当にやれば良いんじゃない?」
β経験組がすごい事を言い出した。上限にたどり着かないのはテスト期間によるから分かる。果てが無いっていうのもテスト人数にも左右されるから仕方がないともいえる。適当にやればって……それはどうなんだ……。
「派生だなんだと種類が膨大でしたからね。若葉ちゃんの気持ちも分かります。同じ組み合わせなのに派生しなかったりとか不思議な感じがしました。」
「補足しておくと、今までの行動とかで取れるものが変わるみたいだから、一人一人違うのよ。」
「それは確かに面倒くさい……で、もう少し内情は?」
「そうねぇ……。」
ゲームの中身が知りたいのに結論が『適当にやればいい』だと何も分からないと変わらない。もう少し情報が欲しい。
「スキルとセンスを組み合わせてアーツを交えて戦う……説明が難しいので実例をあげますね。まず、【剣】という攻撃スキルを取得すると、カテゴリーが剣の武器に攻撃判定と補正が掛かるようになります。そして【剣の心得】というその補正を上昇させるセンスというものを取得できるようになります。さらに剣を扱う上で役立つスキルが習得できるようになります。そして【剣】のスキルをあげていくと特化スキルの【両手剣】【片手剣】【短剣】へと派生します。さらに【両手剣】と【片手剣】を上げると【騎士剣】と【大剣】へと派生しました。この先はβが終わってしまったので分かりません。」
「私は魔術の方ね。魔術を使うには【魔力】と【魔力制御】それから各属性のスキルが必要よ。私は【水属性】を取っていたのだけどLV5ごとに新しい魔術を覚えられるわ。ただ、何を覚えるかはランダムって言われているけど、困った事は無いわ。そして【水属性】はLVが上がると【氷属性】になるわ。けれど、【水属性】で覚えた魔術はそのまま使えるわね。それから、【魔力】と【魔力制御】のLVを上げると【魔術】っていうスキルになるわね。」
一度に言われると、覚えきれなかった……大樹は何とか咀嚼しているみたいだが、春夜はすでにオーバーヒートしている。
「えーと、7個のスキルと1つのセンスの組み合わせてハックアンドスラッシュするんだよ。」
分かりやすい。けど、こう……中間の情報が欲しい……。冬華と夏織姉さんは詳細すぎて分からないし、若葉ちゃんは噛み砕きすぎてもやっとする……。春夜と同じくオーバーヒートしそうだ……。
「ふむ。つまり、舞台はファンタジーで、初期取得スキルを取ると、センスっていう職業みたいなのに付くことが出来て、職業用のスキルも取得できるようになる。合計7つのスキルとセンスを組み合わせてモンスターを狩ったりダンジョンもぐったりするって事か。」
大樹が中間の分かりやすい解説をしてくれる。あ、春夜が立ち直った。俺も乗っかろう。
「大樹さん、分かりやすい。」
「そうだな、プレイ前としてはちょうどいいと思う。」
「概ねそんなところです。」
「あらあら、的確ね。」
なぜか、冬華と夏織姉さんも乗っかった。相変わらずゲームの事に関してはすごいな。よし、今度から緩衝要因として説明を聞いてもらって、俺は大樹から聞こう。
あっという間にユニークが200超えていてびっくりです。
何か似たようなことを前話でも書いたような……。
思っていたより掛かっていまだに始まらないVRMMO