説得?
2017年5月31日:誤投稿の為、編集
□ 天城秋悟
「ただいまー」
「戻りましたー」
冬華と二人そんな挨拶をして玄関をくぐる。春夜が居たとしても、2階に居たら気づきもしないだろうが、挨拶は大事だと思う。
「冬華は着替えるのか? 俺は先に荷物片付け「おかえりー」……て……?」
「……ははは……はぁ……」
リビングから女性の声がする。そんな馬鹿な。母さんが帰ってくるには早すぎる。いや、そもそも今日帰ってくると聞いてない。それにこの声は……
「帰ってたんですか。夏織姉さん。」
「ただいま。冬華ちゃん。はい、ぎゅー。」
はっ!?
居るはずの無い人が居ることで一瞬思考が飛んだ……。目の前で冬華に抱きつ……いや、抱きしめているのは、紛れもなく俺の姉だ……。あの人以外に脈絡なく抱き着くのは……いや、そういや母さんもそうだからよくある光景な気がする。気がするが、それとは別だ。
「姉さん、苦しいです。」
「あらあら。じゃあ秋くんもぎゅー。」
「ちょっ!? むー!?」
いや、姉さん!? 俺もう高校生だから!! 健全な男子高校生ですから!! ってマイバックの所為で抵抗出来ねぇ!? って言うか圧迫されてて言葉に出来ない!?
「姉さん、兄さんが窒息しそうです。春夜の方は終わったんですか?」
「ん~? 春くんは今イニシャライズが終わってパーソナライズプロパティ登録中だよ。」
「そうですか。じゃあ、兄さんの説得よろしくお願いします。私は兄さんの分のイニシャライズをしてきます。」
「お任せあれ。だよ。」
よく分からない単語が飛び交う会話を終えて、冬華がダイニングを出ていく。 いや、呑気にそんな考察をしている場合じゃない、本気で窒息しそう。苦しくなってきた。
「むー! むぅー!! むぅむむー!!」
「あら。ごめんなさい。ん? それは夕飯の材料ね? 支度、一緒にするわ。」
「ぶはぁっ! ぜぇぜぇぜぇ…………」
「ほらほら。早く荷物を半分ちょうだい。」
文句を言いたいのを我慢して、とりあえず呼吸を整える。本気で窒息するかと思った……。
ある程度呼吸が整ったところでそういえば、と夏織姉さんに荷物を渡す。もちろん、大樹に持たせてた方じゃない方を差し出す。そのまま二人でキッチンへと向かう。
「あらあら。相変わらずね。それで、今日は何を作るの?」
「……はぁ……五目おにぎりと五目炒飯、それから鳥の唐揚げにつみれ汁。」
「はいはい。知らない筈なのに的確なメニューね。冬華ちゃん達のおかげかしら?」
「……ん? 知らないって何を? っていうか、何故姉さんが家に居るんだ? 大学はどうしたんだ?」
「まぁまぁ、料理しながら話すわ。はい、エプロン。」
そう言いながらこっちの疑問をスルーし、エプロン掛けからエプロンをこちらに渡しながら、自分でも付けている。
2年前までこっちに居たのだから勝手知ったるなんとやらどこに何があるか分かるみたいだ。
「えーと……じゃあ私が唐揚げとつみれ汁を作るから、秋くんは先に五目おにぎりね。」
「はいはい。じゃあ、はい。お鍋。中華鍋はコンロの下にあるから。」
調理の準備のために取り出していた鍋を渡しながら、ほかの調理器具の場所も教える。すでに鳥肉を一口大に切っている姉の横でこっちも調理を始める。といっても、姉がまな板を使用して、唐揚げの為に下味をつける鳥肉、その後に処理するだろう汁物の野菜が終わらなければ、こっちも包丁を使う調理が出来ないので、自然とそっちの手伝いに回る。
「そういえば、そもそも、なんで姉さんが家に居るんだ?」
「それは明日が休みだから、戻ってきただけね。」
「いや、そんなほいほい戻ってこれる距離じゃないだろう……?」
並んで調理を始めているが、そもそもの疑問点が多すぎる。何故大学に合格して、寮住まいになったはずの姉が居るのか。いつ帰って来たのか。いつまで居るのか。そもそも何のために帰って来たのか。帰ってきて嬉しくない訳ではないが当然の疑問だ。
「そうね。ほいほい帰って来れないから寮に入ったんだし。まぁ、特別な家族イベントの為かしらね。」
「冬華が説得がどうとか言ってたけど、それ関係?」
「そうよ。ちなみに明日のお昼には帰るわよ? 私も課題を放置してきていますからね。それで、帰って来たのはみんなでオンラインゲームしよう。って話をしにきただけよ?」
そんな事ぐらいでなぜ説得になるのだろう? そもそも、そんな話電話で済みそうだ。
いくら俺がゲームをしないといっても、別にゲームが嫌いだからしない。という訳でもない。頼まれれば大樹のゲームに付き合ったりもしている。
まな板を洗いながら素直な疑問を返す。
「別にそれぐらい構わないけど……それって説得がいるような話なのか?」
「要るような話なのよ。安定志向の秋くんにはね。」
「……どういう事?」
「そうねぇ……開発者も、発売元も、不明なゲームなんて、やりたいと思わないでしょう?」
「え……?」
この姉は何を言っているんだ……どこが開発して発売してるか分からないゲームなんて個人製作のネット配布ゲームぐらいじゃないのか……?
「どこの会社で誰が開発したのか不明。そのゲームも、それを遊ぶハードも、どこが発売しているのか不明。分かっているのはそれを販売している会社だけ。その会社もネット通販以外では販売していない。そんな不明だらけのゲームよ。」
「ちょっ……それってどうなの? っていうか販売しているなら、その販売会社が開発したんじゃないの? それに開発費や維持費があるから、回収のために普通CMぐらい打つよね?」
個人の趣味じゃないならそんなものはあり得ない。ネット通販だって人件費が掛かっている。そもそも開発したのなら、その開発費の回収をしなければ企業として成り立たない。だから余計に支出してでも広めるためにCMを打つのだ。それがネットゲームならなおさらだ。サーバーの維持費もあるのに……
「そうね。でもそのゲームは販売元が販売して、従量課金制……月額いくらで遊べるゲームで、CMなんて見たこと無いわね。」
「……そんなゲーム……どこで情報仕入れるんだ……ゲームがあるって事も分かりづらくないか……?」
「そう。だから安定志向の秋くんにプレイしてもらうには、だまし討ちするか、正直に話して『怪しいゲームを一緒にやろう。』って説得するしかない。って訳ね。」
だまし討ち……ゲームの中身を告げずに? 不可能だ。俺は説明書を読んでから遊ぶ派だぞ。それによく攻略記事とかをネットで探す。それは大樹に頼まれて一度しかプレイしなくても。だ。
「……なるほ……ど? ちなみにそもそもの最初の情報は、誰がどこから拾ってきたの……?」
「私よ? 違う物を調べてたんだけど、たまたまそのサイトにたどり着いた感じね。クローズβテストに応募して3人分当たったわ。宣伝も何もしてないから全員分当たると思ったけど家族全員分応募して3人分。それで大くんと若葉ちゃんと話し合いをして、若葉ちゃんと冬華ちゃんがテストプレイヤーになったわ。」
「若葉ちゃんは分かるけど……よく冬華がそんなゲームで遊ぼうとしたな……」
「そうでもないんだけど……近いと分からないものかしら……それとも誤魔化すのがうまいのかしら……いや、秋くんが鈍いのかしら……」
「……ん?」
姉がよく分からない方向に脱線した。
不明だらけの怪しいゲームか。大樹に頼まれて、個人製作の同人ゲームなんかもするし、よく分からないカードゲームやボードゲームでも遊んだことはある。あるが……後から知って大樹に怒ってた記憶があるな……それは『説得』が必要と思うのも頷ける話かもしれない。だが、それは大樹が知らないのを良い事にルールを捻じ曲げたりしていたからなんだけど……俺も脱線してるな。
まぁ、家族全員で遊ぶっていうなら一人だけ仲間外れも嫌だし、オンラインゲームならルールブレイクも出来ないだろうから、怪しさぐらいは飲み込むけど。
「いえ、なんでもないわ。で、秋くんはそんな怪しさ抜群のゲームを一緒に遊んでくれるのかしら?」
「……まぁ、良いけど。大樹や、若葉ちゃんみたいな、廃プレイさえ要求されないなら、やっても良いよ。」
あの二人に合わせたゲームプレイなど無理だ。そこはしっかりと釘を刺しておきたい。のめり込んでいると休日をまるまるゲームしていた。と、月曜日の朝に聞かされるのだ。寝たのは金曜日の夜が最後と聞いたときは本当に呆れた。
「大丈夫よ。冬華ちゃんも、春くんも、私に会いたいからやるようなものだもの。」
「はい……?」
会いたいからゲームをする? どういう事? チャット機能が充実しているのだろうか?
「そのゲーム、実現不能と言われていた完全没入型のVRMMOなのよ。」
「は……?」
いや、だってVRって今は……軍事用が開発されたとか、医療用の視覚補助の実現の目途がついた。とかそんな状態じゃなかったっけ?
一般向けにはゴーグルつけて間近に画面があるだけ。とかそんなレベルだったはずなんだけど……
「やっぱりそういう顔になるわよね。分かるわ。嘘みたいだものね。でも、テストプレイした私が保証するわ。あれは完全没入型のVRMMOで間違っていないわ。……っとこれで唐揚げは終わりね。秋くんの方は……握るだけね。じゃあ炒飯の方やりましょうか。」
さらっと爆弾発言したのにナチュラルに調理を続ける姉。
テストプレイしたから本当だと信じられる。と。そういう事なんだろう。いや、でもそれならば『会いたいからゲームをする』というのも分かる。分かるけど……ここで流していいのだろうか……?
そういえば、姉が引っ越しをしてずっと、しょんぼりしていた冬華と若葉ちゃんがここ最近は元気だなぁ……とは思っていた。そんな裏があったのか……。単純に気を取り直したとかじゃなくて、ゲームで会っていたから元気を取り戻していたのか……
そんな風に思考を飛ばしながら、ご飯を握っておにぎりに変化させていると冬華が顔を出した。
「姉さん? 兄さんの説得できた? 兄さん用のイニシャライズは終わったけど……一緒に出来そう……?」
「ん~? 大丈夫よ。秋くんは家族のお願いを無為にするような子じゃないから。ちゃんとお話しすれば分かってくれるわ。」
「じゃあ、プロパティ登録したいから、兄さん借りていい?」
「今は……16時半ね……そうね。そろそろしないと間に合わないから連れて行って良いわよ。スタートさせたら、冬華ちゃんが夕飯の支度を手伝ってね?」
「はい、姉さん。 えっと……兄さん?」
心配そうにこちらを見上げてくる。そんな顔しなくても姉さんの言う通りだから大丈夫なのに。
俺は手を拭いて軽く冬華の頭に手を乗せる。それだけで嬉しそうな顔になるのだから本当に楽しみにしていたんだろう。そのまま軽く撫ぜながら冬華に声を掛ける。
「よく分からないけど、やることがあるなら行こうか。」
「やることといっても兄さんは寝るだけだけどね。」
「そうなのか? ちなみにどこでやるんだ?」
「兄さんが本当に遊ぶか分からないから、遊ばない時のために、私の部屋に用意してあるよ。」
「そっか。じゃあお邪魔するな。」
「じゃあ、姉さん。すぐ降りてきて手伝うね。」
俺たちの、というよりも子供の部屋は全部2階にある。1階にあるのは両親の部屋と寝室、それからダイニング。リビングは上地家と兼用の為、繋がっていてだだっ広い。その上に両家の子供部屋が鎮座している。4LDK改といったところだろうか。
階段を上がり手前の妹の部屋へと入る。机の上に本が1冊と、よく分からない輪が2つと、同じくよく分からないコードがあった。
「兄さん、屈んでください。そのままだと届かないです。」
「……お? おぉ、悪い。こうか?」
言われるがまま屈むというより、正座に近い。妹の目の前で正座とかなんか変な気分になるな。こう、何も悪いことしていないのに、悪いことをした気になってくる。
「兄さん? そのまま少し上を向いてください。」
「お、おう……」
「次は右を向いて下さい。」
「……こうか?」
「今度は左です。」
「ん……」
「そのまま前かがみになって下さい。」
「前…………」
あっという間に俺の頭にはサークレットのようなものと、前部分が無い首輪のようなものが嵌っている。間違っても眼前にあった妹の胸に意識がいった訳ではない。無いったら無い。誰も慎ましやかな胸だなんて、そんな事考え……「兄さん? 何を考え「何も考えてないぞ!?」……そうですか?」……あぶないあぶない。
「これで……よしっと。兄さん、痛いところとかありますか?」
「ん? ……頭と首に違和感はあるけど……痛いとかは特に無いな。」
「じゃあ……とりあえずこっちに来て私のベッドに寝てください。」
言われるがまま冬華のベッドに横になる。枕が当たって首の違和感が少し増したが、前部分が無いせいか息苦しくはない。
「コードを繋いで……よしっと。兄さん、ここのこれ、読んでください。」
妹が机の上にあった本を開いて、指を刺している。
「ん? 『パーソナライズプロパティ レジストレーションスタート』?」
その瞬間、俺の意識は反転した。
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