あの日から俺の親友は笑わなくなった
あの日から俺の親友は笑わなくなった。
あの日のことは今でもすぐに頭に浮かぶ。
あの日ーーー俺の親友のオーディン・レスターの婚約者のディアナ・オルソーが魔力を暴走させ、それが原因で記憶を失ったことだ。
それから俺の親友は笑わなくなった。
元々そこまで表情が豊かなわけではなかったが、よりいっそう表情が無くなった。
あの日、俺とオーディンは生徒会の仕事をするために生徒会室にいた。
いつものように書類を捌きながら生徒会メンバーで話していたときのことだった。
巨大な魔力の暴走を感じ取ったのは。
オーディンはそれを感じてすぐに血相を変えて生徒会室を飛び出していった。
なぜなら魔力を暴走させていたのはオーディンが目にいれても痛くないほど溺愛している婚約者のディアナだったからだ。
魔力の暴走は有する魔力が大きければ大きいほど被害が大きくなる。
ディアナは学園でも1、2を争うほど魔力が大きい。
その被害は甚大だ。
オーディンが血相を変えて飛び出していったのは、ディアナを心配してのことだった。
魔力の暴走は周りよりも本人に被害が及ぶ。
ディアナ本人に及ぶ被害がどれ程のものか、想像もしたくない。
幸いと思うべきか、生徒会のメンバーには治癒魔法を得意とする人間がいた。
大抵の傷ならそいつが治せる。
が、早めに暴走を止めないと被害が広がる一方だから全速力で大広間に向かった。
俺たちが到着したときには暴走は収まっていた。
おそらくオーディンが何とかしたんだろう。
大広間は酷い惨状だった。
壁や床、天井が跡形もなく破壊され周りには瓦礫の山ができていた。
大広間の中央には気絶したディアナを抱き抱えているオーディンがいた。
二人のそばに駆け寄ると、オーディンが必死に頼んできた。
「ディアナの傷を治してくれ!!ディアナが、ディアナが、目を覚まさないんだっ……!」
「わかったら、落ち着け!……この者に癒しの力を」
治癒魔法が得意なハルが魔法をかけると全身傷だらけだったディアナの体がもとの怪我一つない体に戻った。
オーディンはそれを見るとほっとしたのか泣きそうな顔でディアナをより強く抱きしめた。
ああなるとしばらくは使い物にならないので俺は周りを見渡し、ディアナが暴走した原因を探ろうとして壇上に目を向けた瞬間唖然とした。
なぜなら目の前でディアナを抱き締めているはずのオーディンが壇上にいたからだ。
オーディンが二人!?
落ち着け、俺。
オーディンはそこでディアナを抱き締めている。
つまり、壇上にいるオーディンは偽物だ。
……ややこしいから壇上にいるオーディンはオーディン(仮)と呼ぼう。
オーディン(仮)の側にはレイラ・ダルトンと第二王子を含む彼女の取り巻きがいた。
それを見た俺は数日前のことを思い出した。
数日前、俺は旧校舎の見回りをしていた。
旧校舎は既に使われなくなって久しい建物で不良の溜まり場になりやすいことから、風紀委員と生徒会メンバーによる定期的な見回りが行われていた。
その日は俺の当番だった。
旧校舎の中でも特に人の来ない教室に二人はいた。
一人はレイラ・ダルトン、もう一人は変身魔法の得意なゼラ・タイタニックという男子生徒だ。
何をやっているのか気になった俺は物影から二人をうかがった。
すると、ゼラがいきなり変身魔法でオーディンの姿に変わったのだ。
そして、その姿のままレイラをチヤホヤしていた。
二人の会話から察するに、レイラがゼラに頼んでオーディンに変身してもらっていたようだ。
レイラが見目麗しい男を侍らせているのは一部では有名だった。
レイラはオーディンも狙っていたのだが、残念ながらオーディンはディアナに夢中でレイラなんて眼中になかった。
……だからか!
ゼラに変身させてオーディンを手にいれたように思いたかったのか!
女って恐いーー!
そうなると、壇上にいるオーディン(仮)は……。
「ゼラ・タイタニック、変身をとけ」
生徒会長がドスをきかせた声で脅ーーーごほん、頼んだ。
「……よくわかったね。僕、変身魔法はすごく得意でほとんどバレないのに」
「だからこそだよ。本物はそこにいる。なら、お前は偽物だ。そして、私を騙せるほどの変身魔法の使い手は学園におまえしかいない」
「……そっか」
そう言ってオーディン(仮)は変身をとき、ゼラの姿に戻った。
「ここで何をやっていたかは知らんが、事情を聞かせてもらう。全員、生徒会室まで連行する!」
レイラやその取り巻きは抵抗したが、問答無用で生徒会室まで連行した。
ちなみに、ディアナはオーディンに保健室まで連れていってもらった。
結論から言うと、ディアナに危害を加えようと壇上にいた人達は退学となり、既に学園から去っている。
王子は王位継承件剥奪に加え、庶民に落とされた。
そのほかのものも同様に庶民へと落とされ、実家との繋がりを断たれた。
俺はどこぞでのたれ死にすることを望む。
ディアナは数日間目を覚まさなかった。
そして、目を覚ましたときには記憶を失っていた。
おそらく、記憶をなくしたのは魔力を暴走させたことによる代償だろう。
オーディンはそんなディアナの側にいてディアナに危害が加えられないよう目を光らせている。
オーディンはもう二度とディアナに危害を加えさせないと、言っていた。
オーディンはディアナを守りながら残りの学園生活を送った。
結局、在学中にディアナの記憶が戻ることはなかった。
学園を卒業してすぐにオーディンのところに嫁ぎ、今は子宝にも恵まれて幸せに暮らしているらしい。
俺にはたいしたことはできないが、二人がこのまま誰にも傷つけられず幸せにいられることを祈っている。