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プリンセスセレクション  作者: 笑顔一番
第三章 紅の残虐姫
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閑話休題 道化師と眠獅子

 人間の歴史とは闘争の歴史でもある。

 人はいついかなる時も隣人と競い合い、果ては血生臭い闘争に明け暮れてきた。

 それは戦争もなく、平和を享受しているこの世界に置いても変わりはしない。

 受験や仕事、魅力的な異性の取り合いなど争い事は姿形を変えても人間に根付いている。

 未だプリンセスセレクションという慣例を延々と続ける自分達の世界に置いてもそれは変わることは決してない。

 プリンセスセレクションとはつまるところ蹴落としあいだ。

 弱きを淘汰し、強きを選り分けるための戦いにプリンセス達は己の国の威信と信念を賭けてただ一つの座を得るためにしのぎを削っている。

 そのために基本的に自分以外のプリンセスを見かければ即打倒するのが正しいのだが、何の意図があるのか準備期間中という短い期間、されどお互いのプリンセスに直接的な手出しができない期間が存在していた。

 一触即発するプリンセス達もこの期間は互いに手出しが出来ない。

 そのためにこの時間でやるべきことは休養を取り、戦略を練るなどして備えるのが当然とも言えるだろう。

 そして今、選定官No.0:道化師のジャウィンもまた同僚のメウルファから得た情報を基に自身の願いを果たすための次なる一手を打つべく奔走していた。


「ふぅ。まったく汗水流して肉体労働なんてボクのキャラじゃないんだけどなあ〜」


 愚痴を零し、汗を拭いながらもジャウィンはひたすらに緑が生い茂る木々をかき分け、山道を登っていく。

 どことも知らぬ山の中、当然のように人の手が入っておらず、獣が通って出来たと思われる細い道を頼りに足を進めていった。

 メウルファの情報が正しければ自身が会おうとしている人物はここに潜伏しているらしい。


「それにしてもこんな人里離れたところでお山暮らしとはプリンセスがやることじゃないよねぇ」


 プリンセスは各国の代表であり、やんごとなき身分の者たちだ。

 極小の例外を除けば恵まれた環境で育ち、こんな野生的な場所には近づこうとはしないだろう、まして拠点として構えるにはここはあまりにも不便が過ぎるのだ。


「まあ、確かにここなら他のプリンセス達には狙われないだろうけどね」


 完全に自給自足を成立させられて、不便さに目を瞑ることができるという前提があるならばここは正に天然の要害だ。

 土石や材木が豊富で拠点も作りやすく、生い茂った木々が視界を塞いでくれるために守るにしても奇襲を仕掛けるにしても容易だ。


「まったくトラップがルールの適用範囲外だなんて融通利かないなあ」


 かくいうジャウィンもここに来るまでに無数のトラップに襲われ、手傷こそ負わないまでも自前の赤いマントはボロボロになっていた。

 インターバル期間なので直接的な攻撃は出来ないものの、こういう事前に仕掛けていたトラップを踏めば問題なく作動するようだ。

 おかげでこれを仕掛けた奴には自分の存在は確実に気づかれただろう。

 思わず苦笑するジャウィンの耳にカコーン、カコーンという音が聞こえてきた。


「やれやれ、ようやくたどり着いたか」


 ジャウィンの存在には気づいているのに、その少女は敵を無視して一心不乱に大剣を斧代わりにして薪を割っていた。


「いいのかい? その剣、君のところの秘蔵の剣なんだろう? そんな薪相手じゃ業物が泣くよ?」


「……関係ない。どんなにすごい武器でも使わなきゃタダのガラクタ」


 気怠げにあしらう少女は茶色のフードを被る。


「お前……誰?」


 警戒心を露わに、凄まじい殺気を放つ小さな怪物。

 その迫力はライオンを彷彿とさせる気迫があった。


「お初にお目にかかるね。僕の名前はジャウィン、君と同じくプリンセスさ。まずは手荒い歓迎について感謝しなくちゃいけないかな?」


「歓迎なんてした記憶ない。お前が勝手にやってきて、勝手に罠にかかって、勝手にボロボロになってるだけ」


「ははっ、つれないなあ。同じプリンセス同士なんだし仲良くしようよ?」


 警戒心を解こうと笑みを浮かべるが、そのジャウィンの隣をヒュンという音が過ぎていった。

 その行く末を目で追うと、その音が通り過ぎた場所にあった木が真っ二つに割れて山に倒れる。


「へぇー、斬撃を飛ばすことも出来るのか。すごいねそれ」


 両手を打ち鳴らして目の前で絶技を披露してくれた少女に賞賛の声を送る。

 少女がその身に不釣り合いな剣を振るっただけで遠くにあった木を斬って見せたのだ。

 もしも今が準備期間中でなければきっとあそこで真っ二つになっていたのは自分だっただろう。

 そう思うとジャウィンの背中に冷や汗が流れた。


「お前……運がいい。ネミィは今忙しい、お前に構ってる余裕……ない」


「邪険にしないで欲しいな? 今は準備期間中だし、お互い手は出せないでしょ? どうかな、折角の機会だし情報交換でも」


「ネミィに同じこと、二回言わせる?」


 ワロテリアの第三王女、ネミィ・ワロー・テール。

 未だ幼いながらも眠獅子と謳われた武の申し子が確かにそこに居る。

 しかしこれでは取りつく島もないとばかりにジャウィンは大げさに肩を落とす。


「そうか、それは残念だね。実はこうやって話しかけたのは人探しを頼まれていたからでね、被り物をした銀髪蒼眼のプリンセスに出会ったら教えて欲しいと言われていたんだ。ナニィという人からなんだけど、聞き覚えはないかい?」


「ナニィ姉!?」


 その名前を聞いた瞬間、眠そうに細められていた少女の瞳は大きく見開かれていた。

 しかしそれも束の間、ネミィは猜疑心に満ち溢れた目でジャウィンを睨む。


「信用できない。きっと嘘、ナニィ姉ならきっとエミィ姉に会って元の世界に帰ってるはず」


 持ち込んだアイテムを渡したらすぐに安全な元の世界へと帰還する手はずとなっているのだから予選が終了した今の段階でこの世界に留まっている訳がない。


「嘘なもんか、僕は君のお姉さんにあったし話もしたよ? 僕はナニィの居場所を知ってる。彼女も妹に会いたがってたし、見かけたら教えてあげようと思ってたんだ。ほら、これが証拠さ」


 ジャウィンは一枚の紙を懐から取り出すとそれをネミィに投げる。


「これ、何?」


「写真っていうこっちの世界の技術だよ。見たことないかい?」


「……ネミィ、こっちの世界に来てからずっとこの山に居た……だからあんまりこっちの世界と接点なかった」


 とはいっても世界扉から得た知識で写真というものがどういうものかは知っているのだろう、ネミィはその紙切れを見てそっと息をつく。


「ナニィ姉……何やってんの?」


 そこには一人の少女を挟んで笑っている自らの姉と……目の前にいるジャウィンの姿があった。

 もしかして本当に目の前の少女は姉の友達なんだろうか?

 少なくとも接触していることは間違いないだろうと判断する。


「どこ? ナニィ姉の居場所? 正直に教えるなら見逃してもいい」


 何故姉が未だこの場所に留まっているのかは分からないが、これから本戦が始まろうという時に姉一人にしておく訳にはいかない。


「彼女は今、星見ヶ原という場所にいるよ。よければ案内しようか?」


「……むぅ」


 写真という動かぬ証拠を見せられながらも、ネミィは目の前の道化師を信用しきれないでいた。

 見るからに胡散臭そうな佇まいはネミィの勘をひしひしと刺激してくる。

 しかし姉の情報を持っているのは目の前の少女だけで、今は力づくで情報を抜き出すということも出来ない。


「……準備期間中だけ。それまでに辿り着けないなら後はネミィで探す」


 敵の言葉を信じるリスクと姉の安否を天秤にかけ、迷った末に準備期間が解除されるまでを区切りに同行することを了承する。


「オーケー、星見ヶ原はこっちさ。何か持っていくものはあるかい?」


「……別にない。それよりも早く行く。時間が惜しい」


「了解了解っと、それでは不肖ながら僕がエスコートさせてもらいますよお姫様?」


「……ん」


 人を喰ったような微笑みを見せるジャウィンに頷き、先を歩くその背中を警戒しながらもネミィはついていくしかなかった。


「……勿体ないけど、仕方ないよね?」


 折角作った拠点ではあったが、姉には代えることができない。

 名残惜しそうに後ろを振り返るネミィを見ながら、ジャウィンが薄ら笑いを浮かべていることには流石のネミィもついに気がつかなかった。


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