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プリンセスセレクション  作者: 笑顔一番
第一章 白銀の忘却姫
3/88

☆3話 2番目のプリンセス。紅の遭遇戦

挿絵(By みてみん)

イラスト:笑顔一番


 冷えた夜の校舎の中、俺達の前に血のように赤く染まった深紅の髪を二房にまとめ、真っ赤な瞳に火傷しそうな熱を秘める少女が現れた。

 それ以上に、獲物を前にして深められる笑顔になんとも言えない凄味と不吉な感じがする。


「あれ、お前の知り合いか?」


「会ったことはないと思いますけど、貴方の知り合いじゃないんですか?」


「あんなフリフリの少女趣味丸出しな服を着て闊歩する知り合いはいねえ」


 少女の衣装には軽装ながらも、随所に可愛らしい黒のフリルが施されている。

 それは確かに可愛いものであるが、ああいうタイプの服装は持ち主を選ぶのだ。

 およそ、日本人が来て似合うタイプの服ではない。

 俺達のやり取りを聞いて赤髪の少女はやれやれとばかりに肩を竦めた。


「おいおい察しが悪いな。その特徴的な白髪に青い目ん玉……お前、ワロテリアの候補者(プリンセス)だろ?」


「っ!? 貴方、候補者(プリンセス)!」


 俺達を指さして笑う少女に、ナニィと名乗る少女は慌てて戦闘態勢を取る。

 一体何事だと不思議に思った自分の迂闊さを呪ってやりたくなる。


「ほうけてていいのか? もう始まってるぜ?」


 次の瞬間には少女は俺の目の前に居たのだ。およそ、常人が出来るような移動速度ではない……その紅の瞳が俺を射抜き、恐怖で身が竦んでしまう。

 しまったと思った時には振り抜かれた右手が俺の腹を目掛けて繰り出されていた。


「危ない!!」


 少女の手が到達するよりも早く、俺は横から割り込んだナニィに突き飛ばされてごろごろと冷たい廊下を転がり、壁にぶつかって止まる。

 上下が逆さまになった世界で、二人の少女は正に一触即発の空気を出していた。


「ちっ、邪魔しやがって……いいぜ、まずはお前から潰してやんよ!」


「絶対負けない! 試練に関係ない人を巻き込まないで」


 白の少女と赤の少女が徒手空拳のままに取っ組み合い、幾度か拳の応酬を繰り返すが、素人目にもその実力差がハッキリと分かった。

 赤の少女の方が……強い。

 ツインテールに括られた髪の毛を振り乱しながら、獣のような敏捷と凶暴さを見せつけるのに対して

白の少女はお世辞にも喧嘩慣れしているようには見えなかった。

 あっと思った次の瞬間に、ナニィは態勢を崩されて赤の少女はその懐に潜り込む……掌底がナニィの顎を捕らえて、体ごと打ち上げられた。


「悪いね。俺は自分(てめえ)より弱い奴の話は聞く気ねえんだわ」


 赤の少女は、その浮き上がった胴体に蹴りを入れた。足が腹に食い込み、白の少女の身体がくの字に曲がる。


「あがっ!?」


 ガッと鈍い音を立てて、華奢な体が鞠のように吹っ飛び、廊下を滑るように転がりようやく止まったのは壁にぶつかってからだった。

 後にはナニィが被っていた白のヴェールがヒラヒラと舞って床に落ちる。


「おいおい、お前そんなんで候補者(プリンセス)なのかよ情けねえ」


 糸の切れた人形のように壁を背にしてガックリと項垂れるナニィを指さして笑う。

 ナニィからの返答はない、どうも気を失ったらしい。


「くそっ、いきなり何すんだよ!」


 恐怖に身が竦んで咄嗟に動けなかった自分が情けない。

 出会ったばかりに少女に庇ってもらって自分だけ尻もちをついている訳にいくか! 俺は傍にあった消火器のピンを抜いてレバーを握りしめて、噴射口から吐き出された白いのを少女にぶっかけてやった。


「うがっ!? てめえよくも!」


「やっかましいわ! これでも喰らえ!」


 子供だから女だからといって手加減はしない。

 それは俺を庇って傷ついた少女に対する侮辱になる。

 俺は持っていた消火器を少女に向かって分投げると、ゴスッという鈍い音が廊下に木霊した。

 顔面直撃だ、やったかと思ったが……次の瞬間俺の横を投げ返された消火器が飛んでいき、壁にめり込んでいるのを見て肝を冷やす。

 ガラッと壁の表面が崩れ落ちて廊下に散らばる、赤の少女は何事もなかったようにゆらりと立っていた。

 赤の少女が首をこきこき鳴らしながら紅の瞳に殺意を満たして睨んでいた。


「やってくれるじゃねえか……てめえは楽には殺さねえ。じっくり時間をかけて……ぶっ潰す!」


「ちっ、マジかよ」


 思わず悪態をつく。

 消火器顔面ブロックしてピンピンしてるとか何者だよ!? 

 廊下を蹴って猛進してくる少女の動きに合わせてカウンター気味に拳を振るう。


「あらよっと」


 しかし全力で振るった右手は先程まで少女の頭があった場所を虚しく通り過ぎる。

 頭を下げて軽く交わした少女はヤンキー座りをしながらニマニマと見上げていた。


「こなくそ!」


 馬鹿にされて溜まるかと、殴るだけでなく蹴りを交えて見るも、少女は軽々とした身の動きで躱し、いなしてくる。

 掠りもしないことに苛立ちだけが募っていく。


「なかなかセンスのあるパンチだ。身体も鍛えてはいるみたいだが、俺様の敵じゃねえ」


 パシッと軽い音が響いたと思ったら、視界がひっくり返った。


 出足を払われて投げられたのだと気づいたのは廊下に叩きつけられ、鈍い痛みが背中に走ってからで、その衝撃が抜け切るよりも早く、赤の少女は俺に馬乗りになっていた。


「さて、そういう訳だ。腸ぁぶちまけてもらうぜ?」


 少女の手が俺の腹を穿つ、ブスリと肉を刺す音が聞こえて腹に熱が走った。

 目線を下げて見れば俺の腹に少女の手が突き刺さっている。


「感じるか? 俺様のがお前の中に、奥まで入ってるのが」


 ぐっと少女が力を入れるたびに腹から血が溢れ出てくる。

 おい、嘘だろ? 俺、こんなところで死ぬのか? 口からも血が零れて、激痛で意識が朦朧としてきた。


「おねむにはまだ早えぞ。夜はまだまだこれからなんだからよ」


「ごはっ!? や、やめ……ろ」


「やめろって言われて、やめる奴はいねえわなあ」


 少女の手がぐちゅぐちゅと俺の中をかき混ぜる度に痛みで気が変になる。

 くそ、このままただで死んでたまるか! 

 せめてもの抵抗に馬乗りになって手を突っ込んでくる少女の首を両手で引き絞る。

 歯をギリギリと噛み締めながら、両手に力を込めた。

 これならどうだと少女の顔を見上げて、俺の心は絶望に染まった。


「へぇ、男の癖に結構やるじゃん。嫌いじゃねえぜそういうの」


 少女は笑っていた。初めてお前の顔を見たと言わんばかりの笑顔で俺を見下ろす。


(くそっ、今までは相手にもならねえと思われてたのかよ、ちくしょうめ)


「さぁ、せめてもの手向けだ。俺様の手で絶頂迎えちまいな!」


 ぐしゅっと一際高い水音が木霊し、視界が闇に覆われて目の前が真っ暗になる。

 自分が誰なのかも分からなくなって、世界に溶けていくようだ。

 嗚呼、俺は死んだんだな。

 長いようで、短い人生だった。

 やり残したことだってたくさんあったのに……本当に死んじまったのか?


『本当に、ここで終わってしまうのかい?』


 不意に誰もいないはずなのに声が聞こえた気がした。

 闇の帳で覆われた世界で何故か白い光の玉がふよふよ浮かんでいる。

 誰だと問い返してみても声は返ってこないので、問いかけられた質問に答えることにした。


「終わりたいわけないだろ?未練たらたらだよこの野郎」


 待ちに待った未知に遭遇したってのにすぐゲームオーバーじゃあ締まらない。


『じゃあ叶うなら生き返りたい訳だ?』


 当たり前だ! とりあえずあの女のムカツクにやけ顔を殴らないと死にきれないだろうが。


『だったらさ、生き返っちゃえばいいじゃん』


 それができないからここにいるんだろ? 腹を手で食い破られて助かったら奇跡だわ。


『奇跡? 奇跡か……ふふっ、奇跡ぐらい起こしちゃえばいいんだよ。だって……』


 クスリと誰かは笑いながら言った。


『奇跡はもう、君の中にあるんだから』


 丸い球体が、輝いて闇の世界を光で満たす。

 眩しいと、そう思ったらそこには天井が見えた。

 いつも見慣れている学校の天井だ。

 俺は静かに身体を起こすと、カサリと手に触れる白い布があった。


(これは確かあいつが被ってたヴェールか)


 どうやら夢というわけではないらしい。

 腹をさすってみるが血がついているのは制服だけで、穴が開いているといったことはないようだ。

 周囲を伺うと赤の少女が背を向けて立っているのが見えた。


「全く面倒なことさせやがって宝珠も見つからねえし餅は餅屋に聞くしかねえか」


 赤の少女は気を失ったままの白い少女へと歩いていく。

 どうやらこちらには気づいてないらしい。

 俺は少女に向かって全力で走り出した。


「バーカ、まだ終わってねえよ!!」


「は?」


 幽霊でも見たのかと思うぐらいの間抜け面を全力全開でぶん殴ると、ゴシャっと潰れるような音を立てながら少女は倒れ込んだ。


「痛っ、てめえ確かに殺したはずだろがっ!」


「この通りピンピンしてるっつの」


 死んだことを確認しなかったのが運の尽きだってことだ。


「うぜえな! 生き返ったなら、もう一回殺してやる! 今度は迷わず逝けよ?」


 赤の少女は再びその健脚を活かして素早い連続攻撃を繋げてくる。早い、確かに早いが……。


(あれ? なんかさっきより遅くなってないか?)


 身体に入ったダメージで動きが緩くなったのか、先ほどよりもやたら少女の動きがクリアに目に入る。


「くそっ、なんださっきと別人みたいに……避けんじゃねえ!」


「無茶言うなよ、避けれるなら避けるわ」


「うらぁあ!!」


 焦りのせいで大振りになった少女の拳を躱して背後に回り込む。

 俺の手には先程拾ったナニィのヴェールが握られていた。

 それを少女の首に巻いて縛り上げると、少女の小さな身体が、宙に浮いて行き場を失った足がバタつく。


「うごっ、は、はな、やめ……ろ」


「やめろって言われて、やめる奴はいないってお前そう言ったろ?」


「ごふぁっ……」


 ギリギリと更に強く締め上げると抵抗を続けていた少女の足が止まった。


「ふぅ。勝ったぞぉおおお!」


 少女が気を失っているのを確認して体を床に置き、胸を撫で下ろす。


「それにしてもなんだよこいつ、いきなり襲い掛かって来やがって……あいつの関係者っぽいが、確か女王選抜試験プリンセスセレクションがどうとか言ってたけど、これはその手合いなのか?」


 まあ赤髪の少女に関して考えてもしょうがない。

 なにせ肝心要の女王選抜試練とやらについて俺は何も知らないからだ。


「長居は無用だな。」


 ここに居てはまた同じような輩に絡まれるかも知れない。

 警察を呼んでいい案件なのか迷うが、鏡の中から現れた女の子に襲われましたとか言っても信じてもらえる気がしなかったので、放置していくことにした。

 ヴェールをロープ代わりにして赤の少女の両手を縛って放り出すと、吹き飛ばされてから何の反応も示さないナニィの様子を見に行く。


「おーい生きてるか?」


 ぺしぺしと壁を背に寝ているナニィの頬を叩くが反応がない。


(ダメだなこりゃ。完全に気を失ってる)


 でも、こいつに話を聞かないと何も分からないので、しょうがないから家に連れて行って、目が覚めるまで待つことにしよう。


「さて、これから何が起こるのか……」


 ガリガリと頭を掻くと、俺はナニィを背負って踵を返す。

 ふにょっとした小柄な体躯に似合わない少女の豊かな膨らみが背中に当たる。


「……うん、悪くないな」


 俺は背中に当たる役得を噛み締めつつ、学園を後にする。

 これから先に何が起こるのか、俺はその期待に胸を膨らませるのだった。


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