20話 価値観相違
薄暗いじめじめした部屋で腕を後ろ手に拘束された俺は、延々と続く斬原の独白を聞きながら静かに情報を吟味していた。
どうも斬原は今から一月前に候補者の一人と出会ってからその支援を行っていたようだが。
(女王選抜試練が始まったのは2日前のはず、一月前にプリンセスがいるはずはないはず、何かの裏技でフライングスタートを決めてたやつがいたってことか?)
ナニィからスタートの時間がそれぞれ違うなんて話は聞いてないし、学園で最初に遭遇した赤髪の少女も待ち伏せしていたという感じではなかった。
しかし、確かに斬原は候補者との出会いを一月前と明言している。
俺の思考を無視して、斬原は演説を続ける。
「彼女は私にこの刀を授けてくれた。この刀ね、本当にすごいのよ? 鉄でもバターみたいに切れるし何よりも、すごく手に馴染むの……私は彼女の指示に従って隣町で事件を起こしたって訳。知ってるかしら? 最近巷を騒がさせている通り魔の噂」
キンと刀の鍔を鳴らして子供がおもちゃを見せびらかすように持ち上げる。
「おい、待て。それって時雨さんの」
「ええ、ええ!あれは傑作だったわ。私が襲った相手が何の因果なのか私の病院に入院してきたのよ、笑いをこらえるのが大変だったわ」
「お前、それで時雨さんが、マルがどんだけ辛い思いをしたのか分からないのかよ?」
白い病室の中で、悲しみを笑顔に包み込む親子を思い出す。
そんな光景を作り出した奴が目の前にいると思うと怒りが収まらない。
「とても悲しいことだわ。でも、私は止まらない。止まれないのよ、もう」
「てめぇ狂ってるなっ!」
狂った表情をほんの少し陰らせながら、それでも斬原に停滞の意志はない。それが分かってしまったら、もうこいつは敵でしかない。
「彼女は私の候補者よ。私は自分の願いのために、彼女は彼女の願いのためにお互いを利用し合う。私にとっての彼女は、貴方にとってのあの白髪の女の子……ナニィちゃんって呼んでたかしら?……彼女と同じなの」
候補者。女王選抜試練を勝ち抜き世界の覇者足らんとする少女達。ナニィとの出会いから始まり、学園で襲い掛かってきた赤髪の少女に続く3人目のプリンセス。そいつがどんな容姿をしていて、どんな性格をした少女なのかは分からない。だが、人を監禁するような奴と手を組んでいるという時点でお察しというものだろう。そいつが今ここにいるのだとしたら。
「くそっ、ナニィ」
昨日の夜に、格好つけたこと言ったばっかりなのに力になってやれないなんて不甲斐なさすぎる。犬歯を剝き出しにして威嚇するが、じゃりじゃりと音を立てる鎖が外れる訳でもない。これでは首輪をつけられた犬と一緒だ。
「ふふっ、抵抗しても無駄よ? いまごろ私の候補者が貴方の愛しい候補者に会いに行っているところだわ。でも候補者が他の候補者を蹴落とすのがこの女王選抜試練のルールって奴なんでしょ? じゃあ私の候補者が貴方の候補者を蹴落としたとしても何の問題もないと思うけど」
「そういう問題じゃねえんだよ。あいつはもう俺の友達だ、俺は俺の友達に手を上げる奴を絶対に許さない」
俺が意志を込めて睨むと、斬原は露骨に鼻白んだ。
「貴方は随分と自分の候補者に入れ込んでいるのね、でもそれはとても危険な感情よ?所詮候補者達は私たちの世界とは別の世界からやってきた異邦人。世界鏡とかいう胡乱な代物がこっちの常識を彼女達に与えたのだとしても、それは候補者一人一人が胸に抱く価値観を変容させるものにはなり得ない。常に争いに晒され続けた世界の、それを背負って立とうとする候補者達の心を、平穏を享受してきた私達に理解してあげられるのかしらね? 友愛の精神なんて抱いたところで高貴なる者の存在から見れば迷惑そのもの、花に群がる羽虫じゃないかしら?」
「ナニィはそんな奴じゃない。俺は、あいつの傍に居てやれると思ってる。例え俺とあいつが違う世界の人間で、違う価値観を持っているのだとしても、俺はあいつと笑いあっていけると信じてる」
ドジだしウジウジするし突拍子もないことをするやつだけど、その本質に悪意はない。なら、俺とナニィはきっと手を取り合っていけるはずだ。まあ、飲み込んだ宝珠が相当に自身の身体に影響を与えていると知った今となっては唯一の手掛かりともいえるナニィを手放せなくなったという打算もないとは言わないが、決して嫌いな少女ではなかった。
「ふふっ、まあいいわ。あの子たちが楽しむ間、私達は私達で楽しみましょう? 斬っても斬っても死なない相手なんて私得だわ」
話は終わりだ。言外にそう滲ませながら、狂気に瞳を輝かせて、斬原は刃物を高く構え……勢いよく振り下ろした。




