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小説

婚約破棄をされたらしい

作者: 重原水鳥

婚約破棄からのざまぁがしたかったけど書いてみたらなんか違った

さらっと読んでください

九姫(くひ)! 君との婚約は、今をもって破棄とする!」


 堂々たる風格で、そう宣言する男———ジークフリードを九姫は無感動に見返した。


 ジークフリードと九姫は婚約者だ。

 九姫は、この世界にある人以外の種族である妖怪、その中でも強い力を持つ九尾の狐が支配する「九尾国」の姫の一人だ。九尾国の力をおそれた各国は、人質として九尾国に各国の王子や姫を送り出していた。


 人の国の中でも特に大きいブリーカ王国は、現在の王の姉が九尾国の貴族に嫁いでいる。その関係もあり、今回、九尾国を治める一族の姫たる九姫が、特別にかの王国の王子と婚約するに至った。

 九尾国の中では九姫が人間に嫁ぐなんて反対だという声も多くあがったが、そもそも寿命が違うため、一人の王子が死ぬまでの間ぐらいならば九姫も人の国での生活をしてもいいと思った。

 そういう裏事情のもと成立したこの婚約だったのだが、どうやら王子はそのあたりはあまり考えていなかったようだ。


 王子の横には一人の少女がいる。少女のことを、九姫は知っていた。

 名前は確かアリスといい、このところ九姫の神経を逆なでする愚か者だった。といっても、九姫からすれば赤ん坊ぐらいの年齢の子供だ(その考えでいくと、ジークフリードも赤ん坊になるのだがこの際おいておく)。なので九姫は、彼女の子供じみた嫌がらせも、イタズラも、すべて不問に付していた。


 ……のだが、どうやらジークフリードはその嫌がらせなどはすべて、アリスが九姫に(・・・・・・・)したのではなく、九姫がアリスに(・・・・・・・)したのだと思っているようだった。


 九姫は黙って、周囲の人間の様子を観察した。

 九姫のすぐそばには、小さな童の姿をした従者が二人(二匹?)、左右にいる。それだけでなく、実際には九姫の座っている場所にできている影や、そのほかこの建物の中の至る所の影の中に彼女の護衛役の狐の(あやかし)たちがいるのだが、それはこの場———王宮で開かれているパーティ———にいる人間たちは気づいていない。知っているのは、そのことを契約する時にいわれ、承諾した王と王妃だけだ。その王と王妃は、現在ジークフリードが立っている演台の後ろ、王の座で顔を青くして息子を見ている。


 周囲の人間の様子は、それぞれだった。

 まったく事情を知らない他国はなにが起きたのかと不思議そうにしているし、

 反妖怪派だろう一派は「もっとやれ!」という顔をしている。

 対して、親妖怪派………というよりも、妖怪の恐ろしさをよく分かっている者たちは王と王妃同様顔色を悪くしている。


 ジークフリードのすぐそばには、ズラズラと騎士団長の息子、宰相の息子等々六人の王国の重要役職の子弟たちが立ち、皆一様に九姫を睨んでいる。睨むのはいいのだが、彼らは今の自分たちの状況を理解しているのだろうか。

 九姫はパッと扇を広げ、顔を隠した。元々長い髪であまり見えないようにはなっているのだが、これ以上彼らの顔を見るのも嫌気が差していた。左右の従者たちはそろって九姫の着物を持ち上げる。九姫がいつ移動し始めても問題ないようにだろう。


「お言葉ですが」


 九姫が一言発しただけで、パーティの広間は無言に包まれた。人間の一言と妖怪の一言、どちらが重いか。しかも、高々一国の王子と、妖怪たちの間で強い発言力と力をもつ九尾の狐の姫と。明らかに後者であることは、会場の人々の行動で示されていた。


「わたくしと殿下の婚約は、殿下の意志は関係のないところでございます。すべては我らが親方様と、陛下、王妃様の御意志かと。……そうである以上、殿下がわたくしを好いていなかろうが、ほかのご令嬢を好いていようが、この婚約を破棄することはできません。そうでなくて?」


 先ほどまで王子が吐き出していた暴言をすべて見逃すという破格の対応であることが、今の言葉すべてに込められていた。

 王子が言っていた言葉はなにも、先の「婚約破棄」だけではない。その中には、九姫を誹謗中傷する言葉が多く入っていた。だというのに聞かなかったことにした九姫の寛大な言葉で我に帰ったジークフリードの父であり国王であるランス王は、立ち上がると手に持ったステッキを掲げて高らかに宣言した。


「いかなる理由があろうとも、ジークフリードと九姫殿の婚約を破棄することは、許さぬ!」

「父上!」


 信じられないとばかりに目を丸くしてジークフリードが声をあげる。それにアリスもあわせるように声をあげた。


「国王様ぁ! わた、私……九姫様にいじめられたんですぅ……。そんな、そんな悪質なことをする人を王妃にするんですかぁ……?」


 見る者が見れば嘘泣きだとすぐに分かる様子に、九姫はあきれた。王もどこかひきつった顔をしている。

 九姫は数歩、ジークフリードたちに近づいた。


「それで殿下。もし、わたくしとの婚約を破棄するとして、吾子はどうするのです?」

「へ?」

「あ、あこ?」


 九姫の言葉にジークフリードは素っ頓狂な言葉を上げ、アリスは聞きなれない言葉を繰り返した。


「ええ。わたくしとジークフリード様の子供ですわ」

「なっ!」

「ど、どういうこと? まだジークとあなたは結婚してないでしょう!? それなのにあなた、まさかジークに迫ったっていうの!? 王様ぁ、今のを聞きましたか!」


 九姫の醜態だと思ったのだろう。キラキラと輝く瞳でアリスは王を見上げる。が、王はアリスには見向きもしない。

 ジークフリードは、口を開けたままいわゆるアホ面というのを晒して黙っている。

 そんな様子に、九姫はあきれたと言わんばかりにため息を吐いた。


「わたくしは、人ではありませんの。よろしくて?」

「だ、だからなによ!」


 そもそもこの娘、この世界共通の礼儀すら知らないのだろうか? 九姫は思った。

 この世界では———といっても平民にはあまり関係ない、貴族の世界の話だが———通常、上の階級のものが先に言葉を発する。身分が下のものが上のものが喋るよりも先にペラペラ喋るだなんて許されないことは、貴族とそれに関わっている人間であれば最初の最初にたたき込まれる礼儀の一つだ。だというのにアリスは先ほどから自分よりも身分が高い九姫や王に対して、ペラペラと喋っている。

 九姫は自分の顔を隠した扇の下で嘲笑した。


「妖怪は、人のように交わらなくとも子がなせるのですわ」

「は?」

「わたくしは、殿下の”気”さえあれば、殿下の子供が産めますの。以前ご説明いたしましたよね、殿下?」

「あ、ああ……」

「そしてわたくしは今、殿下の子供を身ごもっていますわ。今この国の王族は、王と王子をのぞいて皆、以前の流行病で亡くなったとお聞きしておりますゆえ、次期王妃として子を沢山成さねばならないと思いましたの。ですから、わたくしは今殿下の子供を身ごもっていますが、殿下と交わった訳ではありませんわ」


 アリスが信じられないものを見る目で九姫を見つめる。


「……という理由から、確かわたくしは殿下にこう申し上げたと思うのですが。………殿下も男ですから、どうしても欲が抑えられない時がございましょう。ですので、わたくしは殿下が妾を幾人か抱えることは反対しません、と」


 カッとジークフリードの顔が赤くなる。おそらくそのときの会話を、たった今思い出したのだろう。

 はぁと九姫はため息をそれ見よがしに吐いた。


「陛下? この件はどういたすおつもりでしょうか。場合によってはわたくしは、親方様にご報告しなければいけなくなりますわ」

「っ!! 九姫、どうかかの方に言うのだけ待っていただけないだろうか?」


 親方様という言葉に王も王妃も顔色をさらに悪くした。王妃など、未だに卒倒していないのが不思議なほどだ。

 親方様という言葉に過剰反応したのは、なにもその二人だけではない。他国の人間までもがその言葉に反応した。

 アリスはきょとんという顔で、その言葉に反応して土色の顔になったジークフリードにしなだれかかる。その様は、どこぞの娼婦のようだった。


「ジークぅ〜、親方様ってだれぇ〜?」

「っ、そ、それは……」

「おや。殿下の妻となろうというものが、親方様が誰かも知らぬか。これは愉悦愉悦」

「っ、し、知らないわよぉ〜、どうせ、たかだかあんたの知り合いか誰かでしょぉ〜?」

「アリスッ!!!」


 はっとジークフリードが、アリスの言葉を遮る。突然大声をあげたジークフリードにアリスが驚いた顔をした。


「ジーク?」

「お前、本当に知らないのか?」


 瞬間、九姫はジークフリードや、その後ろにいた宰相の息子などの耳から黒い蛇のようなものが出るのを見た。

 さっと自分の影にいる護衛にささやく。


「捕らえ」


 さっと影が移動するが、会場の誰も床など見つめていないためそのことに気づいたものはいなかった。


 アリスはまるで自分を拒絶するように一歩二歩と離れていくジークフリードに、不思議そうな顔をした。


「ジークぅ〜?」

「っ、さわるな!」


 ジークフリードはそう叫ぶと、アリスの手を叩き落として演台から転がるように降りた。

 それにアリスは驚いた顔をし、後ろの重役の息子たちも皆不思議そうな顔をする。ただ一人、宰相の息子だけはその輪からすっと逃げ出した。

 ジークフリードははっと九姫の方を見ると真っ青な顔色のままーーーそれでも土色よりはましだと九姫は思ったーーー彼女へと近づいていった。


「九、九姫……」

「いかがなされました? 殿下」


 首を傾げると、殿下がガクリと倒れる。


「す、すまない、わ、私は……」


 ガクガクと震えているジークフリードが九姫は哀れに思えた。そっと着物の中から九姫は両手を出して、九姫よりも大きく、ゴツゴツとした手を覆う。

 初めて二人が出会ったときは、九姫よりも小さな手であったなと九姫は柄でもなく思った。


「ジーク様!?」

「っ、くるな!」


 演台を駆け下りてこちらに寄って来ようとするアリスを九姫は睨みつけた。左右の従者がアリスに立ちふさがる。ジークフリードはまるで子供のように自分よりも体の小さい九姫に抱きついていた。


「頼む、見捨てないでくれ………頼む、九姫………」


 九姫はそっと、自分の子供の頭をなでるようにジークフリードの頭をなでた。

 影から現れた九姫の従者や護衛たちが、アリスを捕らえる。それに怒って暴れだした宰相の息子以外の重臣の子弟たちもまとめて押さえるのを見ながら、九姫は嘆息した。

九姫(くひ)

九尾の狐の娘の一人でお姫様。見た目は幼い少女だが、その実そこらへんにいる人間よりは年上。

なんだかんだとジークフリードと彼の両親のことは気に入っているので早々見捨てはしないと思われる。


■ジークフリード

王子。九姫の婚約者。婚約破棄をしてアリスと結婚しようとしていたが、何やら術にかけられていたみたい?

実際には姉のようで母のようである九姫に捨てられることをとても恐れている。


■王様と王妃様

ジークフリードの両親。親方様(きゅうびのきつね)と交渉して娘の一人を息子に嫁がせてもらった。

二人とも普通にいい人。


■アリス

ヒロイン()。ジークフリードと結婚しつつ、ほかの相手ともいい関係を続けるつもりだったが多分もう無理。

ゲーム()では九姫は名前しか出てなかったのでそっちの事情はさっぱりわからない。


■重役の子弟たち

宰相の息子以外はみんなこの後廃嫡されてアリスとともに放り出されると思われる。


■親方様

九尾の狐。九姫の親であり、九尾国のトップ。

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