使者来る
正式に就職することが決まった旨を家族に報告するためとこれから少なくなるであろう家族団らんの場を設けるために一旦私は実家に帰宅した。
いただいた時間は10日間、これだけあれば十分だろうと思います。主に美ショタな弟を愛でるために消費する。
どうやらこのふれあいが終わればお別れしなければならないということが分かっているようで、すり寄ってくる弟はもう何て言うかこの上なく天使でした。
フリージオ侯のお屋敷とうちはかなり遠いというわけではないけどそう足繁く往復できるわけでもないみたいな距離だし。何より私住み込みで“働く”訳だし。奉公ですし。
いくら年齢的には小5といえどもその辺はしっかりしないといけないですよね!
で。
今日、2日目。
「フェリール公爵家の遣いの者です。
突然のご無礼をお許し下さい、アイリア子爵様はご在宅でしょうか」
予想通りやってきましたよ、フェリール公爵家。
ゲーム版でうちの弟の養家になるお家。通称白の公爵家。この国には白の他に黒、赤、青、緑、黄色、紫と通称される公爵家があってそれぞれの分野で優秀すぎる人間を輩出しまくっている。
白の公爵家ことフェリール家は、音楽の天才たちを数多く生み出す家系だ。
「このような辺鄙なところまでご足労いただき申し訳ございません。
どうぞこちらへ」
遣いの者と名乗った人を家の中に招き入れる。いくらうちが庶民派といえども応接間みたいな所はあるのでとりあえずそこにご案内。
近くに通りすがった母上殿にお茶を頼んで私は父を呼びに行く。弟は寝てる。寝顔が天使。兄貴はご学友と遊んでくるらしい。知らん。
「フェリール公爵家!?一体何の……」
「さぁ……。早くしてくださいな」
かろうじて人前に出ても恥ずかしくないような服を着せて急かす。
たぶん養子の話だと思いますとは勿論口が裂けても言わない。
フェリール公爵家の当主様が齢3つにして既にヴァイオリンの天才と名高いうちの弟に目を付けてうちに「養子に来ないか!」と言い出した、フェリール家なら更に才能を伸ばす教育を受けらるぞ、みたいな内容をもっと丁寧に回りくどく説明した使者様の言葉に、案の定父親の目は秒速5mで泳いでいた。
でも必死で絞り出したらしい言葉が「こればかりは本人の意志を尊重しなければならないことなので私の口からは何とも……」だったのは評価しても良いと思う。
一つ頷いてさっくり帰って行ったフェリール公爵家の使用人を見送っていたら昼寝から覚めたらしいローランがぽてぽて近寄ってきた。
「おきゃくさま……?」
「ええ」
「だぁれ?」
「フェリール公爵家の方よ」
その家の名前を聞いてか、弟はぱっと顔を輝かせた。あのねぼくねセルドバ・フェリールさまのがくふがね、と舌足らずにまくし立てるうちの弟はやっぱり天使でした。でもごめんお姉ちゃんその話されてもわかんない。誰セルドバ様。知らん。
「なにしにきたの?」
その質問に親父と母上が詰まった。まぁそうだな。この年の子に養子がどうこうとか言う話をするのも親としては気が引けるだろう。
「ローラン」
「?」
しゃがみ込んで視線を合わせる。少し驚いたような顔になってからにっこり笑った美ショタが天使過ぎて喉からなんか変な音が出た。
咳払いを一つ。
「ねぇローラン、貴方フェリール公爵様のお家で音楽の勉強をする気はある?」