終焉
「よし!これで終わりっと!」
川で洗濯をしている1人の少女
名はエレナ・ヴィスコッティ
鮮やかな蒼色の瞳、軽くウェーブのかかった美しいブラウンの髪が自慢の、自然に囲まれた小さな村に両親と共に住む村娘である。
そんな今日の私は上機嫌。そして、普段は物静かな村も今日は少しだけ慌ただしい。
それもそのはず、今日は私の16歳の誕生日なのだ。そこで、村人たちが私を祝おうと、わざわざ広場で様々な準備をしてくれている。村人たちが日頃から協力し合って暮らしているこの村だからこそのイベントだろう。
本当に感謝の言葉しか浮かんでこない。
なので私は皆から、「呼ばれるまでは広場に来てはいけない。」という命を受けたので、大人しく、しかし内では心踊らせながら、自宅付近で待機していることにしたのだ。
「みんな優しいなぁ…私、この村に生まれて本当に良かった…!」
「洗濯は終わったかい?エレナ。」
私の後ろからひょっこり現れた髭を蓄えたもの優しげな男性
彼は私の父親のグラム・ヴィスコッティ。自身の著書により、ヴィスコッティ家を支える家族の大黒柱だ。
「パパ!うん、もう終わったよ!」
「そうかそうか。エレナはいいお嫁さんになるな。」
「お…お嫁さんなんてまだ早いよ!!///」
「ははは。しかし、今日は誕生日だというのに、洗濯をさせてしまってすまないね。」
「ううん、私がやりたいって言ったんだし。それに毎日やってることだから、やらないとなんだか落ち着かなくて…。」
「……パパは嬉しいよ。エレナみたいな優しい娘を持てて。心の底からそう思う。ママとエレナ…そして、アクアのためなら、パパは何でも出来る自信がある。」
そう言うパパの目は僅かながら潤んでいるように見えた。
「パパ…。」
「誕生日おめでとう…。エレナ。」
「ありがとう。パパ。」
「あらあら、お邪魔しちゃったかしら?」
「ママ!」
私たちに声を掛けたのは、テスリア・ヴィスコッティ。エレナの母親である。150cm程の小柄な体型ながら、家族を優しく包みこみ、癒しを与える偉大な存在だ。
「ママは急にどうしたの?」
「エレナにこれをあげようと思ってね。」
そう言うママは背後に回していた手を突き出した。
その手には小さな小包が載せられている。
「これは?」
「パパとママからのプレゼント。」
その言葉を聞いて、思わず顔が紅潮してしまう。恥ずかしいけど、顔が勝手に綻ぶ。
「開けてもいい!?」
「あぁ。」
可愛らしい包装を丁寧に剥がすと、小さな箱が姿を現した。
その箱の中身を優しく開け、中を確認する。
「これ…!」
箱の中に入っていたのは、可愛らしくも上品さが漂う美しい髪飾りだった。
「パパ!ママ!ありがとう!付けてもいい!?」
「勿論さ。」
その返事を聞くや否や、私は自身に髪飾りを付けた。
ブラウンの髪に淡く翡翠色に光る髪飾りが良く栄えている。
「あらあら、これは想像以上に似合ってるわね!ね?パパ。」
「あぁ、本当に良く似合ってる。可愛いよ。エレナ。」
「ありがとう!パパ!ママ!」
「改めて言おう。」
「エレナ、誕生日おめでとう。」
「ありがとう!」
今日ほど嬉しい日はなかった。
「あとは、アクアお兄ちゃんがいれば最高だったんだけど…。」
ポツリと呟く。
アクアとは、私の3つ上の兄の名である。
3年前に突如、姿を消し、そこからは行方不明となっている。
一時は村の総力を挙げて捜索したが、手がかりは何一つ得ることが出来なかった。
「心配するな。アクアも良く出来た自慢の息子だ。きっと、考えがあって居なくなったのだろう。目的を果たせば、きっと帰ってくるさ。」
「うん…そうだね。」
お兄ちゃんの行方、それだけが家族に陰りをもたらす要因であった。
「あら、もうこんな時間だわ。エレナ、もうじき、迎えの人が来るはずだから、準備しときなさいね。」
「うん、わかった。と言っても、心の準備をするぐらいだけどね。なんか緊張するなぁ…。」
「なに、エレナは堂々と祝われる準備をしておけばいい。」
「うん!」
その時だった
「……!…!……!!」
村の方が何やら騒がしい。
「あら、随分と賑やかになってきたわね。準備が出来たのかしら?」
「……ちょっと待て。」
パパが一瞬にして怪訝な表情を浮かべる。
「パパ…どうしたの?」
「これは…祭りの音じゃない。何か…悲鳴のような……。」
「…きゃー!……来るなああ……!」
ハッキリと聞こえた。
女性の悲鳴、何かに慄くような男性の叫び声が。
「パパ…!」
「お前たちはここにいろ。私が様子を見てくる。」
「待って!行っちゃダメだよ!」
「そうよ!私たちは待機すべきだわ!」
必死に静止する私たちに対してパパは物寂しげな、しかし、強い決意に満ちた表情で話し始めた。
「確かに向こうには危険があるかもしれない。しかし、向こうにいるのは誰だ?他でもない、私たちが今迄、お世話になった…助け合ってきた人々だ。そんな彼らが今、窮地に立たされているやもしれん。そんな現状を知りながら、何もしないことはパパには出来ない。私が行くことによって、1人でも助かる可能性があるならば…パパはその可能性に賭けたい。」
「ただ…父親としては失格だな。」
色々、言いたい。
パパがいなくなったら私たちはどうしたらいいの?
家族は大事じゃないの?
どうしてわざわざ、危険な場所に行こうとするの?
嫌だよ…ここにいてよ……
しかし、パパの表情を見て、私は一言しか発することが出来なかった。
「行ってらっしゃい。」
あぁ…私は馬鹿だ。
「あなた…どうかお気をつけて。」
ママも苦虫を噛み潰したような表情でただ一言、そう言った。
「あぁ。なに、様子を見てくるだけだ。すぐに帰ってくる。」
そう言うとパパは走り出した。
私たちは森の中へと消えていくパパの背中をただただ見つめていることしかできなかった。
パパが走り出して5分後、次第に広場の方向から濛々と煙が立ち込め、火の手が上がり始めた。
この森を抜けた先の広場でただならぬことが起きているのは誰の目を見ても明らかであった。
「パパ……。」
今はただ、パパの無事を祈ることしか出来ない。
そんな無力な自分が恥ずかしく、悔しかった。
「ねぇ、ママ……。」
「どうしたの?」
「私、パパを迎えに行ってくる。」
「なに馬鹿なこと言ってるの!?森の向こうは危険なのよ!?」
「わかってる。だけど……。」
「私、またパパとママ…、そしてお兄ちゃんと一緒にご飯食べたい。喧嘩したい。笑いたい。だから、パパを放っておけない。私たちはみんな揃ってないといけないから。みんな揃って家族だから。パパがいない未来なんて、私は耐えられない。」
「やめなさい!あなたは私とここにいるの!!もう誰も行かせない!!」
「ごめんね…ママ。大好き。」
「エレナアアアアッッッ…!!!」
走り出したら止まらなかった。
母の絶叫も、森の木々も、煙も、炎も、何物もエレナの足を止めることは出来なかった。
凄まじい速さで私は森を突き抜ける。
そしてエレナ・ヴィスコッティはやってきたのだ。
地獄へと。