瑠璃の分析・瑠璃の視線で
瑠璃が一言、そう吐き捨てるように言った。
白磁の言うことをそのまま聞いていられなかった。その言葉がその場の氣を変えていたことに本人は気づいていない。
真っ青になっていた真朱の肩を抱いて言った。
「ほんとにバッカみたい。こうしていたら、とかこうなれば、なんて言ってたらきりがないじゃない。実際はそうならなかったんだから、ならないのよ。真朱ちゃんは他の人の魂なんか犠牲にしてまで自分が助かろうなんて絶対に思わないっ」
瑠璃は最高にイライラしていた。
白磁が今までの恨みをシアン王にぶちまけて、それでも恨みが消えないならシアン王も死ぬ、それはわかっていた。本来なら、ここで口を挟まずに言いたいことを言わせておく方がいいのだろう。しかし、このまま白磁の言うことを聞いていても、こんな愚痴では恨みは絶対に消えないことがわかった。
この甘いことを言っている一人悲劇の爺さんは、常にネガティブな、たらればの世界に生きている。それでは決して解決しない。このままではシアン王はなんとか言い含められて、この白磁にその命を捧げなくてはならなくなる。それなら、いっそのこと、はっきりとこの老人の独り舞台をぶち壊してやろうと考えた瑠璃だった。
「自分が王だったらよかったとか、新しい王が父親と違っていたからとか、自分がこの国を作ったみたいなこと、よくグチグチと言えるよね。独りよがりの甘ったるい爺さんとしか思えない。よほど甘やかされて育ったみたいね。それとも逆に放っておかれたとか? ああ、だから他の人からの関心を受けたいんだ。そっか」
瑠璃の発言は周りの者を混乱させているようだ。誰も口を挟めなかった。言われている本人の白磁でさえ、ぽかんと口を開けてみている。
「なんかさ、聞いてると本当に自分中心じゃなきゃいられなかったんだね。かわいそう。すっごくファザコン(ファーザーコンプレックス)だし、こうしてくれない、ああしてくれないっていう閉鎖的で一方的な愚痴、いや、違う。なんか、この人、もっと程度が低い」
そうだ、わかった。これはまるで非行に走るティーンエイジャーの主張のようだった。
「表向きは優等生なんだけど、何か心が満たされないからって、裏で悪いことをする中学生っているよね。きっとその優等生という自分自身に自信があって、自分が褒められたり、注目されるのが当然だと考えていた。けど、自分よりも劣る生徒が注目されるとむっとしちゃう。なんだよってことになる。おもしろくない。勝手に僻み、勝手に妬んだ。だから、裏で嫌がらせをしたりするんだ。それってさ、優等生だったってこと以外、自分に自信が持てないからだよね、きっと」
「おい、瑠璃。オタク、何言ってんだよ」
「いいから黙ってて。私なりに理解しようとしているの。こんなにお爺さんでもやっていることは青臭いティーンエイジャー並みなんだから」
瑠璃は三人の守り役に目をむけた。この三人が白磁の弟たちだ。ずけずけとはっきり言うが、その性格はお茶目で憎めない。
しかし、白磁は違う。思っていることを決して口にはしない。特に自分の非を認めるようなことは絶対にだ。プライドが高いのだろう。親はどう思ったのか。この白磁と三つ子を同じように育て、同じ笑顔をむけていたのだろうか。
「たぶん、白磁さんっていつも完璧な子供だったんでしょうね」
ぽつりと言う。
瑠璃が白磁のことを「さん」付けで言ったから、紫黒が突っ込んでくる。
「こいつを白磁さんなんて言うなっ」
「わかってる。でも呼び捨てはしたくない。さん付けの方が言いやすいの。紫黒くん、話の腰を折らないでよね」
そういうと紫黒がなんだよ、とつぶやき、勝手にしろとばかりにそっぽをむいた。
「すっごいことに気づいたの。王様も王妃さまも、白磁さんの後に生まれた三つ子ちゃんに手いっぱいだったんだと思う。直接世話をしたのは侍女たちだとしてもね。親としては手のかかる三つ子に関心がいくのは当然でしょ。その点、白磁さんは親を困らせることなく、完璧ないい子だったんじゃないの?」
白磁はすぐさま肯定した。
「あたりまえだ。いくら子供でもこのわしは大人の手を煩わせるようなことはしない。聞きわけがよく、その先まで読んで行動していたのだ。わしは父王に一度も叱られたことはない。そこにいる三人とは違う」
白磁は三つ子を見て、フンと鼻で笑った。
やはりと思う。
「ねえ、はっきり言っちゃうけど、そういう子供って、大人から見ると可愛げがないの。僕はなんでも完璧にこなし、一人でできます。子ども扱いしないでください的な子供。頑張れば頑張るほど親に振り向かれないタイプ」
白磁が、瑠璃を凝視していた。この娘は一体なにを言っているのか、一生懸命に理解しようとしてもわからない、そんな表情。
「なぜ、そんなことがわかるのか。あの父が、わしのことを?」
「白磁さんも気づいているんでしょ。いくら自分が完璧にこなしても親に見てもらえていないことが。自分が一番よく知っているんじゃない? なにがいけないんだろうって必死だったんでしょ。特に三つ子ちゃん達を軽蔑していたんなら、気づかないよ、絶対に。親はだめな子ほどかわいいの。放っておけないから、口では叱っていても子供らしいところがかわいくて仕方ないの。大人びた子供らしくない白磁さんはまったくかまってもらえなかった。自分を見てくれないのは三つ子ちゃんのせいだと決めつけた。そこがまた、自分のことを見直そうとしないで、人のせいにする悪い癖」
「おい、いいのか、そんな事言っちゃって・・・・」
紫黒がぼそりと言った。
白磁は怒りにブルブル震えていた。
「だって、この人、絶対に気づかないもん。ファザコンで、その後、王になりそこなったのはアッシュ王のせいだと思っている。自分の思い通りにならないことを常に誰かのせいにしているのよ」
ふと、瑠璃の手が温かくなった。左手が光っていた。手を広げてみると王妃の水晶玉が浮かび上がっていた。どうしたのだろう。まったく意識していなかったのに、なぜ王妃の水晶玉が今、現れたのかが不思議だった。その玉の光は、白磁の異空間にも届く。柔らかな光が白磁の方へ向かっていた。
その光が見せたものは、白磁の父である藤黄と母の紅梅の姿だった。
白磁が驚愕していた。混乱している。
「ええい、こんなものを見せてもわしの恨みは決して消えはせぬ。もうわしはシアン王が死ななければ恨みは消すまいぞ」
白磁はそう息巻いていたが、守り役たちが膝をつき、父と母の映像に頭を下げた。白磁はそれを汚らわしいものを見るかのようにしている。
瑠璃はため息をついた。そういう白磁の態度でもわかる。
この二人の映像は瑠璃が故意に出したものではない。きっと王妃の魂が黙っていられずに見せているのだろう。
それでも白磁は、父と母の映像を見ていた。目が離せない様子だ。それを打ち消すかのように怒鳴っていた。
「本物の父上、母上ではない。お二人はもうとっくに崩御された。どうせ、幻想の作り物。このわしを惑わそうとしても無駄だ。わしには通用しない」
真朱の口が開いた。
「白磁、許してほしい。親としてもっとそなたに向き合うべきでした」
その口調はあきらかに別の人のもの。きっと母親の口調だったのだろう。白磁がはっとして黙った。
「そなたは子供として扱われるのを嫌っておりました。何度その小さな体を抱きしめたいと思ったことか。けれどそなたはそんなことを望んではいませんでした。王から直接、褒めてもらいたいのだとわかっておりました。だから、大人のように扱っていたけれど、そんなことを気にしないで抱きしめておけばよかったと後悔しています」
白磁の髪が逆立っていた。心がかなり揺さぶられているのが見てとれた。その目は宙を見つめていた。
瑠璃が王妃の水晶玉を白磁の前に晒す。それは光を増した。少しでも癒されるかもしれないと思ったから。
白磁が、子供の頃の自分の姿を思い出しているのがわかった。三つ子のように、母に甘え、父の腕の中に飛び込んで行きたかった。三つ子ばかりを見ている父と母に傷つき、強くなる、大人になると決めた心。そして弟たちを子供だと軽蔑していた。そうすることで自分の心の傷に直接触れないようにしてきた。
アッシュ王を憎んだのは、アッシュが自分と同じ兄弟のように思えたからだ。先代の王がアッシュを王に選んだかのように思い込んでいた。だから、嫉妬の念に駆られていたのだ。
白磁の姿に変化が見られた。深く刻まれた皺が伸び、その顔に張りが出る。その姿勢もピンと伸びて髪の色も濃くなっていく。
一体なにが起っているのかわからなかった。
紫黒が水晶玉をみる。
「おい、瑠璃。なにやってんだ」
「え、私? なにもやってない」
「ってか、なんで白磁が若返ってんだよっ。どうすんだ」
それは本当だった。百歳を超えた姿の白磁が見る間に若返っていた。五十代、四十代、銀朱の姿の三十代にもなった。
このまま若返って、その能力と体力が蘇ったら、この異空間が壊されるかもしれないと考えた。そんなことになったら大変なことになる。
《いや、そうではない。心配は無用》
シアンも王の水晶玉を手の平に出していた。そのシアン色の光が瑠璃の光と絡み合う。
白磁はその姿を青年から少年へと変えていった。白磁自身もなにが起っているのかわからない様子だ。あっという間に若返り、五、六歳の子供になっていた。白磁は老いていくときも狼狽していたが、子供の姿に戻ってしまった今も同じだった。
「今更、なんだというのだ。元に戻せ。このような姿になるのなら、もっと年を取り、干からびていく方がいい」
「そんなこと言われてもわかんない」
瑠璃がそう言った。白磁が睨んできた。
「その姿で、お父さんとお母さんに会うことに意味があるんじゃないの?」
そう言われて、白磁は両親を見た。
「今頃、こんなことになるとは思ってもみなかった。当時、わしは父や母の関心を受けたくて頑張ってきた。褒めて欲しかった。そうだ。弟たちのように甘えてみたかった。抱きしめて欲しかったのだ。けれど、あなたたちは私を見るとその笑顔が強張った。それは痛かった。その顔に背を向け、もっと頑張ろうと決意した。けれど、どんどんあなたたちは遠くなっていった。それでわしはその腹いせに弟たちを嫌っていた。同じように扱われたくなかった。自分の本心を固い殻に押し込める必要があったのだ」
それが白磁の本心だったのだ。子供の頃から満たされない心、それを隠すようにして頑張ってきた。それでも健気に王を尊敬し、尽くしていた。
瑠璃はそんな白磁をかわいそうだと思った。アッシュ王への恨みや違法なる医療行為を行ったことは許しがたいが、悪者にもそれなりの事情があったことがわかった。
真朱は茫然としているが、その目は涙で潤んでいた。母なる心も持ち、女性として襲われそうになったその魂を持つ転生だった。複雑な思いがあるのだろう。




