シアンと白磁
「では、聞こう。そちの恨みを思う存分、さらけ出すがよい」
シアンが白磁の心を読んだ。白磁は薄ら笑いを浮かべる。
「わしが恨み言を言って、それを聞いてくれるというのか」
シアン王は本気なのか。それともバカにしているのか。
「洗いざらいぶちまけて、それで気が済むのであればいいと思ってな。それでもその恨みがどうしても晴れないというのなら、私の命を捧げようぞ」
そう、シアン王が言った。
一瞬、耳を疑った。目の前の若造が白磁の恨みが晴れなければ、死んでくれると言ったのだ。
「シアンッ」
「王っ、なんてことを」
その言葉に側近どもも動揺しているからそれが真実だとわかる。いつも落ち着きをはらった烏羽でさえ狼狽の色を隠せない。
白磁はシアンの顔を見ていた。その言葉には嘘はなかった。この若造は本気でそんなことを言っていた。
面白いと思った。シアンというこの王は、父ともあのアッシュ王とも違っていた。今まで悪を封じ込めるために自らの命を捧げようという王、女王は、この七つの国を探してもいないだろう。
気に入った。
シアンは、白磁がそう思ったことを悟っていた。
「ただし、そちはおとなしくこの世界から手をひいてもらうことになる。ずっと別の時空を一人で、その生涯を終えてもらう」
有無を言わせぬ口調だった。それでもいいと思った。目の前で王を死に追いやれることができたなら、本望だ。
「さあ、その胸の内をすべて吐き出してみよ。そちはもう存じておろうが、わたしと真朱はエンパスとしても生まれている。そちの思い、その心情に共感できる。すべてを話し、それでもまだ恨みを抱いているのなら、わたしを殺すがいい」
「シアンッ、バカなことを言うなっ」
紫黒という若造が悲痛な声で叫んでいた。
紫黒はシアンの弟だとわかった。横顔がよく似ていた。ちょっと探るとその能力もなかなかのもの。これほどの逸材に気づかなかったとは、もはやこの世は白磁の時代ではなくなったということなのだろう。自分の能力も大したことはないと悟った。
「大勢がシアンを助けるために、そしてこの白磁を葬るためにここにいるのだ。それだけ慕われている王を目の前で殺すことができたら、そう、この恨みは消してもよい」
そう白磁がいうとシアンは笑みを浮かべた。それでこの約束が成立したのだ。シアン王と白磁の間で行われた、誰にも阻止できない約束事だった。
三人の守り役たちも他の皆も、愕然として見ていた。
「では、始めさせてもらう。王よ。知っての通り、わしは二代前の王、藤黄と王妃、紅梅の第一王子として生まれた。その能力は幼い頃より周囲に認められ、常に注目される存在だった。一度修行に出され、再び王宮に呼び戻された。最高管理役としてな。この国のために、父である王のためにも頑張っていた」
白磁はそこで言葉を切った。
チラリとシアンの後ろにいる三人の守り役を見た。血を分けた三つ子の弟たちだった。昔からこの三人が嫌いだった。なぜこんな者たちが肉親なのか疑問だった。この三人と一緒に遊んだ記憶はない。
「わしは父を尊崇していた。父への名声が自分のことのようにうれしかった。そんな父の近習としていられたことが誇りだった。父の功績はわしが頑張ったからだとも思っていた。そんな父が崩御された時、深い喪失感を乗り越えるのに時間がかかった。だが、父が再び王として生まれ変わり、玉座につくまではわしがこの国を支えなければならないと思い直した。生まれ変わった王は再び父のような人だと思っていた」
白磁は父の姿を思い出していた。そこまでを父へ送る言葉のように訴えかけていた。しかし、・・・・。
その顔がアッシュの顔になる。アッシュ、あの若造を。
「父が再び蘇るのなら、それでもよかった。だが、実際は・・・・アッシュには納得できなかった。どこの馬の骨ともわからない子供が連れてこられ、それが王だという。確かにその口からは父でしか知り得ないことが出て来た。しかし、違う。父ではないのだ。そしてアッシュはわしが尊崇する王でもなかった」
誰も口を挟まない。皆、黙って聞いていた。
「アッシュが王でいられたのはわしの功績なのだ。わしが父である王に一生懸命、尽くしたからこの蒼い国があった。なぜ、王は生まれ変わるのか。なぜ、その嫡男が王座を引き継がないのか」
白磁は段々自分の語りに熱を帯び、感情もこもる。まるで一人、舞台に立つ俳優のようだった。
「このキャンベルリバーにリンゴを植え、外国にも輸出できるようにまで繁栄させたのはこのわしなのだ。洪水に被害をもたらされた土地があれば、まず、わしが駆けつけて現場を調査し、人々を助けた。王ではなく、このわしだった。わしが頑張れば頑張るほど、王が褒められ、何かしくじれば、すべての責任がわしのところへ来た。それにアッシュは人の心を知ろうとしないワンマンな王だった。自分に過剰なる自信があった。あの若造がわしを見下していた。妻である王妃を大切にしなかった。連日のようにいろいろな不満がたまり、それから憎むようになった。わしはこの国を乗っ取ろうと企んだ。陰で違法な医療行為を行い、金を貯めようとな。守り役としてやってはいけないとされたことをやった。それらは金になった」
琥珀が吐き捨てるかのように言った。
「そちは人を買い、その命を引き換えに病を治していた。それは治療ではなく、命を差し替える悪魔の行為」
ただ聞いているだけでは我慢できなくなったのだろう。白磁は琥珀に目を向ける。
「そう、だからどうしたと言うのだ。わしは他国から貧しい子供を大金で買った。その家族は大喜びだったぞ。貧困に負けて一家心中をしようと思っていた父親もいた。口減らしもできて、金までもらえる。その子供もわしが与えた食べ物をおいしそうに頬張り、暖かなベッドで幸せそうに寝た。つかの間でもいい思いをさせてやったのだ」
そういうと瑠璃などはあからさまに怒りを露わにしていた。その怒りの念が白磁に届かないところが残念だった。その念はさぞかし苦みが利いてうまいだろう。
「お前たち三人は、いつもなにかやらかして父や母を困らせていたな。わしはお前たちが大嫌いだった。いつも、お前たちなどいなくなればいいと思っていた。父がわしに目を向けても、すぐにお前たちがきて、その関心を奪ってしまう。お前たちなど、生まれてこなければと何度思ったことか」
突然向けた三人への憎しみだった。しかし、奴らはどこ吹く風と言ったようにお互いの顔を見合わせて、肩をすくめた。そんな軽い仕草も気に障った。
白磁は真朱を見る。
「のう、王妃よ。あの時、そなたはわしに助けを乞うために森へ入ってきたのであろう。あの時の侍女の命と引き換えに、自分に隠れていたサビをとってくれとな」
真朱の感じる恐れがたちまちひろがった。誰かが恐怖に駆られるのはたのしい。その心の弱さをさらけ出していた。
「ちがう・・・・。あの時はただ、何かにすがる思いで黒い森に入ったのじゃ。どうすれば治るのかと。誰かの命を犠牲にしようとは思っていなかった」
真朱が泣きそうな声をだした。瑠璃がその体を抱きしめる。
「わしがもし、あの時、そなたのサビをとる代わりに、侍女の命を捧げろと言ったら、そなたもそうしたであろう?」
真朱が真っ青になっていた。答えられないのだ。もし、そう言われたら、そうしたかもしれないと考えるのが普通だ。
人間の心などはそんなものだ。特に上に立つ人間は傲慢にできている。自分の命と侍女の命、重みが違うと考えてもおかしくはない。
「わしが、そなたの母でさえ差し出せと言ったら、きっとそうしていたであろうな。そんなものなのだ。人は弱い。自分の損得でその心を変えてしまう。裏切り、裏切られ、今度は人を陥れてやろうと思う。もう二度と信頼しないと誓う・・・・・・」
白磁の語りに心が惑わされていた。真朱は涙にくれている。共感能力のため、白磁の語る心も入ってくるのだろう。どちらが自分の本心なのかわからなくしてやる。
白磁はシアン王を見た。
いいのか、シアン王よ。こんなふうに人は言葉に誘導されていく。白磁の毒は直接届かなくても真朱、カスミなどはもうすでに影響されているぞ。
ニヤリと笑う。次の瞬間、その隣のきつい顔をした瑠璃と目があった。
「ばっかみたい」
その生意気な小娘はそう言った。




