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白磁・その戦い

 なにやらいけ好かない雰囲気が漂ってきた。もうここは後宮の寝室ではなくなっていた。白く広い別の空間とでも言おうか、そんなところに白磁たちはいた。

 そこには久しぶりに見る白磁の弟たち、三人がいた。滑稽なほど年を取っていた。こうなるとただの口やかましい老人でしかない。

 奴らはニヤニヤ笑ってこっちを見ている。

 宍、雄黄、琥珀の三人だ。アッシュ王の犬になり、昼夜務めていた。そんな地味なことで満足しているバカな三人だった。


「長兄よ。久しぶりだな」

 宍がいう。


 フンとバカにしたように鼻を鳴らした琥珀。

「宍、このような化け物を長兄などと申すな。こいつはもはや人ではない。すなわち我らの兄でもないのだ」


「確かにそうだ。人の生気を吸い取り、若返ったつもりでおろうが、我らにはその実態が丸見えだ。いくら隠してもその本当の姿は醜い」

と雄黄。


「まったくじゃ。いくら誤魔化してもわしらの目は誤魔化せん。醜い姿にべったりと化粧を施している醜鬼のよう。まだお面の方がましじゃ」

 琥珀がそういうと三人が一斉にケタケタと笑った。三人ともその背格好も全く違うのに、笑い方はそっくりだった。


 なにがそんなに可笑しいのか。耳障りだった。無視しようとしているが、その笑いが昔の子供の頃の三つ子の笑いと重なった。あの頃のことが次々と脳裏に蘇ってくる。腹の底からせりあがるような思いだ。神経がざらつき、猛烈に苛立っていた。


「のう、白磁。我らに久しぶりに会って、感動で声も出せぬのか」

 琥珀がそう言った。


「うるさい。笑うなっ。お前たちに会いたくはなかったっ」

 

 バカにした言い方とその笑いは白磁の勘に触った。昔から大嫌いな弟たちだった。守り役として王宮に入り浸っていたが、その行動は自由奔放で、王にも言いたいことしか言わない。それでも王は、奴らを側に置き、慕っていた。


 そうだ。わしが満たされないのはこいつらのせいでもある。アッシュ王も恨んでいたが、一番の原因はこの三つ子だったのかもしれない。怒りが白磁を貫く。さっきの火の玉を再び投げ込んでやろうと思った。


「お前たちが守りたい者どもと一緒に葬ってやる」


 白磁は弟たちが自分を攻撃してこないことを充分承知していた。

 女人たちを殺した後で、三人の弟たちにもじっくりと昔の恨みをはらさせてもらう。

 そうだ、やっとわかった。満たされぬ心は、いつもこの三人がいたせいだ。こいつらが白磁の笑顔を曇らせ、幸せな感情を奪い取っていたのかもしれない。父や母の側でこいつらが笑い、まとわりついていた。そしてアッシュ王にも一目置かれていた。アッシュ王が嫌いだったのは、こいつらを王が認めていたからかもしれないと気づいた。


 その怒りと大地のエネルギーを手の平に集め、巨大な火の玉を王妃たち、三人の老木たちに勢いよく放った。今度こそ皆が黒こげになる。

 業火が奴らを包み込んでいた。一人一人の影が燃え盛っているように見えた。

 ふっと気が緩む。溜飲が下がる思いだ。後は王を殺すのみ。


 しかし、白磁はふと前にかざした自分の手を見た。その手はまるでカサカサの木で作られた手のようだった。以前、瑠璃とやり合った時、自分の手がそうなったのを思い出していた。

 血管の浮き出たしわしわの老人の手だ。まさかと思った。その手で自分の顔を探る。顔もさっきまでの張りのある三十代の顔ではなかった。皺とたるみ、かさかさのしなびた皮膚が、手をざらつかせた。

 それに気づくと急に力が抜け、その背も曲がり、よろめく。

 老人の姿に戻っている? どうして、なぜだ。



 目の前の業火に焼かれていると思っていた王妃たちと三つ子は涼しい顔をしてこっちを見ていた。

「なぜじゃ」

 今度こそは黒こげになったと思ったのに、その髪の毛一本も焦げてはいなかった。


 白磁は自分の空間と王妃たちがうずくまっているそちらの空間に何かがあると感じた。今まで真朱たちから漂っていた恐怖の香りが途絶えたからだ。

 まさか、まさか。

 祈るような思いで毒の念を送り込んだ。しかし、それは目に見えるように真朱の前で何かにぶつかり、こっちへ跳ね返ってきた。


 その時、白磁は自分が特殊な時空に閉じ込められていたことに気づいた。白磁を封印するための別の時空。そして白磁を挑発し、その能力ちからを使わせ、弱らせて、本来の姿に戻すためにだ。黒い念や他人から生気を搾り取ることもできない特殊な時空。

 白磁はその三人の言葉かけに返事をしてしまったせいで、彼らの罠にはまり、特殊な時空に覆われてしまったとその時やっと気づいた。


 迂闊だった。あれほど気をつけていたのに、あの弟たちにまんまと乗せられた。白磁は全てを悟り、歯噛みする。落胆していた。しかし、このまま落ちぶれた姿で命乞いをするものかと最期のあがきのように、なんでもない顔をして女どもをにらみつけていた。


 そこへ見覚えのある潤という男が現れた。

「今晩は」

と、この状態で人を食ったような言い方をする。

 そしてさらにこの王宮の衛兵の一人がそこに現れた。ああ、この者が瑠璃の意中の男だと気づいた。その背後にはもう一人、がっしりとした男もいた。


「お前たちは一体・・・・」

 白磁にも彼らが助けに来てくれたとは思っていない。


「そっ、オレ達はあんたを助けにきたわけじゃない」

 名も知らぬ、一衛兵が白磁の心を読み、生意気な口を利いた。


「お前たちには能力ちからが、あるのか」

 白磁は驚いていた。

 そんなはずはないのだ。白磁は王宮に務める一人一人をチェックし、能力のある人間を探し出していた。わずかでもあれば訓練をさせ、重臣に引っ立てた。その能力を白磁のため使わせ、本物の王宮からの攻撃に応えるために洗脳していた。しかし、強い能力のある人間は数少ない。その殆どが幼少より黒い森で修業し、王宮の息がかかっているからだった。

 タンぐらいなものだ。あれだけの能力を持ちながら普通の人間として暮らしていた。幼い頃から修練していれば、かなりの使い手になっただろう。


 タンの周辺にいたこの男たちも、白磁自身が探った記憶があった。しかし、どこにでもいるような普通の人間だったはず。それなのに・・・・・・。

 はっとした。相手の能力は、白磁の上をいく者だと気づいた。自分の力を隠せるほどの能力者だったということに。

 白磁は長い間封印されていた。世の中を知らなかった。その周りには普通の人間しかいない。昔の能力者より、今現在の方がずっと進化していた。


「そっ、そういうわけ。あんたの探りって時代遅れだったんだ。それって、もぞもぞしてくすぐったくってさ、笑いを堪えるのが大変だったよ」

 なんて人を食った奴らだ。何者だ。まさか・・・・。


 白磁の心を読み、すぐさま自己紹介をしてくる。

「僕は烏羽と申します」

「オレ、紫黒。どうも」

 二人がぺこりと頭を下げる。その動作もこっちをバカにしている。


 烏羽、紫黒。その二人の名前に聞き覚えがあった。現在の王の側近だった。もっとも白磁が恐れていた二人だったのだ。やはり、この近辺に侵入していた。

 そしてその傍らにいた男も一歩前に進み出た。

「わたくしは黄の国のシルバーと申します。今、不在の王の代りを務めております」

 知らなかった。こんなにも白磁の側に能力者が潜んでいたとは。しかも黄の国は白磁が狙っていた次のターゲットだった。そんなことまで知られていたのかと愕然とした。

 

 しかし、そんな緊張の場で、ひそひそと会話が交わされた。

 紫黒が瑠璃になにか言っている。

「オタクさ、無鉄砲にもほどがある。たった一人でこんなところへ怒鳴り込むんだからっ」

「え、ああ。ごめんなさい。でも一人じゃないよ。ここへは真朱ちゃんと一緒に・・・・」

 瑠璃が心配をかけた罪の意識など全く感じさせない口調で答える。


「そういうことを言ってんじゃねえよ。オレ達を待たずに先に行っちまったことを言ってんだっ」

 紫黒がいきなり怒鳴ったから、隣にいた真朱がキャッと声を上げた。瑠璃は、そんな紫黒から真朱を庇うようにし、口を尖らせて言った。

「ちょっと大声出さないでよね。まったく野蛮なんだから。だって頭にきたんだもん。紫黒くんも助けに来るならもっと早く来てよね」

 たちまち紫黒が目を剥いた。

 瑠璃の腕を捕まえようと手を出すが、寸前のところで逃げられていた。


 あっけにとられる。

 一体何なのだ。この会話は、この二人は。


 瑠璃が烏羽に助けを求めるかのように、その後ろに隠れた。

「烏羽さん、庇うなよ。今日という今日は絶対に瑠璃を小突く」

 烏羽が紫黒をなだめる。

「まあまあ、二人とも。紫黒もそうあからさまに叱らないで。瑠璃ちゃんの突発的な行動のおかげで、時間が稼げた。その間にこんなすごい罠が張れたんだからさ」

 烏羽がそう言って、白磁にしたり顔を向けた。


 そう、その罠は確かにすごい。白磁のその周りは別の時空となっている。生意気な小娘たちはすぐそこにいるのに、手出しができなかった。今度は一介の森の中に閉じ込められるそんな封印ではないらしい。誰もいない、白磁だけの時空に閉じ込められたと悟った。


 白磁は長い年月、洞窟の中に封じ込められたあの苦しみを思い起こしていた。年は取る。その体は段々しなびていき、ミイラのようになっていった。それでも激しい憎しみは持っていたから、その念を使ってわずかな空気の流れをたどり、外の動物たちの生気を吸って生きていたのだ。いや、今思うとあれは生きていたのか定かではない。


 今度は違う時空に閉じ込められた。もう白磁の甦る可能性はなかった。もうすでに本物の肉体は百歳を超えている。

 そこに閉じ込められ、苦しみながら死を迎えるのか。いや、白磁は死なないだろう。ずっとその恨みを持って意識だけが生きていくのだ。それは果てしない苦しみだけが続く、気の遠くなるような永遠の意識。


「いっそのこと、わしの息の根をとめればいい。殺せ。お前たちは自分の手を汚すことが怖いのだ。そうだろう」

 そう言い放った。


「いや、そうではない。今、一思いに殺してしまえば、そちはその恨みを持ったまま、いつかは生まれ変わるだろう。その魂は恨みの理由も知らず、満たされぬ思いに苦しみ、犯罪を犯すかもしれぬ。それを防ぎたいのだよ」

 そう声だけが聞こえてきた。

 王の側近たちが中央の場をあける。

 そしてその声の主は徐々にその姿を現せた。


 青い髪を持つ穏やかな表情の優男。その男にもシールドが張られている。そして白磁には見えた。その男の胸に、白磁の恨みのサビが突き刺さっているのを。

 それで誰なのかわかった。初めて見る今世の王だった。


「シアンだ。白磁、久しぶりというのは無理があろうな。ここでは初めましてと挨拶させてもらおう」

 前世の記憶があるシアンにとって、白磁は自分の息子であり、その近習でもあった。そして裏切り行為をした罪深い男でもある。


 シアンの背後に三人の守り役たちが付き添う。シアンの体はまだサビに侵されていた。きっとシアンは気づいている。無理やり白磁を殺せば、その刺さったサビも爆発することを。密かにほくそ笑む。終いにはシアンを道連れにできるのだ。


 真朱が涙にくれていた。シアンがそこに現れたからだとわかった。まだ闘病中の痛々しい姿、真朱は自分のせいだと再び自分を責めている。

 白磁はそういう念を拾おうとしたが、ここまで届かない。なんとか重い念を拾い、自分の憎しみを増幅させるつもりでいたのだが。この空間は王の側近たちや三つ子、それぞれの封印の技が幾重にも重なってできているらしい。それらを一つ一つ破ることは難しいと感じた。


 クックッと笑いがこみ上げてきた。自分が滑稽だった。もう観念するよりほかはないらしい。いくら優れた能力を持った者でもこの特殊な時空には手出しができないだろう。


 それでは残された時間、できるだけの愚痴を吐かせてもらうことにする。

 白磁はシアンの目の前に立った。その存在は触れられそうで触れない。お互いが別のシールドと時空にいるのだ。

 

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