白磁・王妃たちを殺す
さて、これからどんどん投稿していきます。終わりまでおつきあいください。
瑠璃の張ったシールドはもう穴があきそうだった。そこへさらに毒の塊を放った。
「これでどうだっ。ヒャハハ」
愉快だった。笑いが止まらないほどに。王妃の水晶玉はおしいが、もうどうでもよかった。この二人の息の根を止めることが先決だった。
どんどん黒い塊を放つ。シールドの向こうでは、怯えた表情の瑠璃たちがこっちを見ていた。その怯え、最高だった。
怯えよ。もっと恐怖を、もっと恐れるのだ。小娘のくせに、生意気だ。この程度のシールドしか張れぬのに、この白磁に逆らうなどと。
黒い念を絞りだす。今まで受けた屈辱、長い年月を一人、洞窟に封印され、閉じ込められていたことを思い出していた。その年月を、復讐するためだけに、生きてきたのだ。もうこの国がどうなろうとどうでもよかった。王妃たちを殺せればそれでいい。
真朱がその恨みの心を感じ、床にうずくまっていた。瑠璃だけが応戦しているが、その顔にも焦りが見える。
ふと考えた。簡単に殺してはつまらない。もっと恐怖を味わせ、その苦痛も感じさせてやる。そして死んでいく時、王妃たちもこの世を呪い、恨みつらみの心を残してくれればもっといい。
「恨め、お前たちがこんな目に合っているのは王のせいだ。王が守ってくれないからこんなことになっている。王は今、どこにいる? 一番安全な黒い森の奥、診療所で老いぼれ達に守られているのだ。王は怖くて出られないのであろう。王妃たちがどうなろうと関係ないのだ。この国はたとえ王妃が亡くなっても王は一人で生きていかれるからのう」
そんな挑発的な言葉に、恐怖のどん底にいる瑠璃が勇ましくも口答えしてきた。
「違うっ。王は私達と一緒に苦しんでるの。あの人は自分だけ安全なところにいるわけじゃない」
瑠璃がそう言うと真朱までが叫んだ。
「そのとおり。王が今、黒い森を出たら、また流行病が人々を襲う。シアン様はつらいお気持ちでこれを見ておられる。手出しできないことが悔しくてたまらないのじゃ」
なんとも小賢しい小娘たちだった。それと同時に、二人が王を庇う発言は癪に障る。王がこれを見て苦しんでいるなどと口走った。奴らが助ける気があるなら、もうとっくにこの場に来て助けているだろう。その気配がないということは、この王妃たちを犠牲にすることにしたのだ。そのことをこの二人に知らしめてやる。
もし王妃たちの言う通り、王や守り役たちがこれを見ているのなら、もっと悲惨な目にあわせてやろうと思った。以前にも白磁を殺さず、封じ込めておいたことを後悔させてやる。この者たちが恨んで憎んでの末、白磁が殺されるなら本望だった。
きれいごとばかり並べているこの国だ。この極悪の白磁をどう裁くか、それを世間はどう受け止めるかも注目するところだ。人を癒すには慈愛の心だと? 笑わせる。生ぬるい。慈愛で人が裁けるのか。人々の秩序を保てるというのか。
大体、車や飛行機も敢えて持たずのその考えも気にくわなかった。父に進言したことがある。他の国のように車を走らせ、便利な国にしようと。しかし、すげなく突っぱねられた。これはショックだった。
自然と共に生きるなどと言っているから、他の国に後れをとっているのだ。歯がゆい思いだった。もし、戦争になったらこの国はすぐに負けるだろう。
まずは真朱へ映像を送った。真朱自身が毒の池に落ち、その顔を醜く焼きながら身を沈めていく姿だ。
たちまち、真朱が悲鳴を上げた。実に簡単だった。その顔を押さえ、身をもむようにして床に倒れた。赤子の手をひねるように苦しませることができる。
カスミが、苦しんでいる真朱の肩を抱く。
「ああ、真朱さま」
その顔は醜くただれていた。真朱はそう思い込むだけで、いとも簡単に受け入れ、その通りに姿を変える。
「真朱ちゃんっ」
次は瑠璃だ。真朱のその顔を見てもシールドが疎かにならなかったことは褒めてやろう。
この娘の一番恐れていることは・・・・。その頭を探る。今までの瑠璃は誰かの手で、別の記憶を植え付けられていた。本当の瑠璃ではなかったのだ。しかし、今は全ての記憶が戻っている。瑠璃の心中を覗くことができた。
真朱のこと、病床の王、そして見慣れない若者の顔が浮かんでいた。誰だ。
さらに探る。そうか、王に連れられて二十三世紀に来たが、王は病気のままだ。いつしか、この護衛としていつも一緒にいる若者のことが好きになっていた。その感情に罪の意識を感じ、ひたすら隠そうとしていた。
面白い。瑠璃には毒は利かない。そしてたぶん、真朱と同じような映像にも引っかからないだろう。それなら、言葉の暴力でやる。
「お前は・・・・王よりも他の男を意識しておるのだな」
その言葉にさすがの瑠璃もギョッとして意識をむけた。おもしろいほど動揺していた。なぜ、そんなことがわかるのかという心。心の動揺が伝わってくる。
「それならお前はいっそのこと、さっさと王に死んでもらった方が都合がよいのではないか? まあ、王が死ねば、王妃もそう長くは生きていないのが通常だがな。せいぜい数年というところだろう。しかし、そのわずかな年月をその男と楽しめるであろう。ヒャハハ。人間の奥底に潜んでいる心など、皆このようにどす黒いのだ。もっとさらけ出せばいいのじゃ。のう、瑠璃。ヒャハハ」
瑠璃は、自分の心が読まれたと知り、怒りで顔を真っ赤にしていた。ギュッと拳を握りしめていた。
「あんたに、あんたに何がわかるのよ」
最初はぼそりとつぶやくように言うが、キッと白磁を睨みつけ、激しい口調になる。
「バッカ野郎っ、ホントにバカ。自分のことしか考えていないあんたなんかにわかるはずないっ。女性はね、好きな人のことを大切に想う、それだけでいいの。その心だけで生きていくこともできる。その人の幸せを願えるのよっ。愛することに見返りを求めないのっ。何にもわかっていないくせにっ」
瑠璃がポロポロと涙を流していた。
瑠璃を泣かしてみたが、なんとなく面白くなかった。この娘の言うことはいちいち癇に障るのだ。
お遊びはこの辺で終わりにしよう。一気にこの三人を片づけてやる。王たちが見ている前で、殺してやる。
ぎりっと奥歯を咬む。スウと息を深く吸いこんだ。
「王よ、お遊びは終わりだ。これを見るがいい。王妃たちの最期だ」
白磁は両手を大きく手を振りかぶった。火の突風を吹かせ、女どもを焼き尽くしてやる。
母なる大地からのエネルギーを足元から取り込み、それを一気に自分の全身に流し、両手に蓄えこんだ。火の玉が手の中に現れる。
驚愕した表情で瑠璃もそれを見ていた。次は何が起こるのかを悟ったらしい。声にならぬ悲鳴を上げていた。
そうだ。これは前世王のアッシュと戦い、奴に致命傷を与えた術だった。それを瑠璃や真朱ごときが防御できるはずもなかった。
これですべてを焼き尽くしてやる。王よ、真っ黒焦げになった王妃たちを見るがいいぞ。
頭上の手が熱く燃えている。吸い込んだ息を一気に吐き出すと同時に、火の玉を目の前の王妃たちに投げ出した。
ゴウという音とともに火の玉が瑠璃のシールドを突き破った。
「キャアア」
瑠璃たちが悲鳴を上げる。そうだ、その火に包まれ、その身を焼くのだ。
しかし、白磁の放った火の玉は、王妃たちを取り込んだが、見えない何かに覆われていて焼けずに炎までが消された。
「なんだ?」
術の失敗ではない。
その場の氣が変わっていた。
瑠璃たち、三人がお互いを庇い合い、そこにうずくまっていた。しかし、何ごとも起らなかったと気づき、瑠璃が顔を上げる。白磁を見た。
白磁でさえ、なぜ炎の術がかわされたのかわからなかった。
真朱のただれていたはずの顔が、見る見る間に治っていく。本人もなにが起ったのかわからないまま、ぽかんとしていた。
見えてきた。何者かが放ったシールドに王妃たちは包まれていた。




